では、何故、鬼人警官と、不良にしか見えない金髪少年が、ともに行動しているのか。
それは、この金髪少年―ー伊達 光の過去に所以がある。
光は生まれつき、右手中指に石があったため、鬼人の子どもを隔離する施設に預けられていた。
こっそり実家に通い、窓の外から家族を眺め見る最中、光は、実弟が不治の病であることを知った。当時十歳だった光は、弟の病気を治すため、鬼と戦うことを決意した。鬼を倒し、その命を右手中指の赤い石に吸い取らせ、花の形に成長させれば、どんな願いも叶えられる。そんな、あてにならない伝説を信じて―。
しかし、二年後。光の赤い石が花咲く前に、弟の病気は治癒の見込みを得た。光は、自身の価値を見失った。同時に、心の底で、弟を治せば家族に受け入れてもらえるのではないかと思っていたことに気が付き、自分自身に絶望した。自暴自棄になった光は、施設を抜け出した。そして、路地裏でうずくまっていたところを、影宮 聡一郎という陰陽師に拾われたのだった。
腐ったビルの路地裏にいた頃、光は、何人もの不良の鬼人に喧嘩をふっかけられた。そのため、犯罪を起こし得る鬼人たちのアジトをよく知っていた。聡一郎が直江の兄貴分であったために、そして、かつて光が、自らの能力『風』で、ビル一棟を粉々に壊したことの償いのために、光は直江たち鬼人警官に協力し、犯罪臭のするアジトに直江たちを案内する役を買っていたのである。
この日、光が案内したのは、街のはずれにある、一軒家三棟分ほどの機械工場であった。
波打った薄い鉄製の壁は、赤く錆びて剥がれかかり、時折中から火花が見える。
鬼人警官と金髪少年は、暗闇に隠れながら、足音を潜めて、鉄階段に近づいた。先頭の前田が爪先をかけると、カン、と澄んだ音があたりに広がった。彼らは一瞬、息を止めた。鉄音の響きが鎮まると、冷たい静けさが広がり、中にいる鬼人たちの声がわずかに漏れ聞こえてきた。
水原の右手中指の石が、淡く輝く。つむじから一本のまっすぐな角が伸び、耳の先が鋭く尖る。
彼の能力は『聴収』。周囲の音を、余すことなく聴き取ることができる力だ。
「……うん、間違いないね。ここは穴竈団のアジトだ。息の数からして、十八人。まだこちらには気付いていないようだよ。応援を呼ぶ?」
「冗談言うな。俺たちだけでいける。な、千田」
肩に近づく直江の手をぺっとして、千田は、光に笑いかけた。
「ひかるくん、今日もお手柄ね。あとは、水原先輩と一緒に……」
「……あっ! 危ない!」
水原の声と同時に、二階部分の壁が大破した。
光は、右手中指の石を輝かせた。額から一角を出し、両手を掲げる。風がぶわっと巻き起こり、彼らの頭上に降りかかった残骸の雨が、瞬時に一掃された。
「久しぶりだな、メリ犬小僧。サツの仲間になり下がりやがって。もはや、ただのシャバ犬だなぁ?」
見上げると、二階の壁があったところから、巨体の男と十人ほどのお供が覗き込んでいた。全員、「穴竈団最恐」という黄色い刺繍が二の腕に入った、赤色のつなぎを着ている。しかも全員、ぱっくり開いた寒そうな胸元に、じゃらついた金色の鎖を首に垂らしている。その上全員、パンチパーマがかかっていて、前髪がもっこりしている。久しぶりと言われたが、こんなナウい髪型の男たちは五万といるので、光はこいつらと、いつ、どこで会ったか、何も覚えていなかった。一体、誰だ? 眉間にしわを寄せ、首を傾げて睨み上げると、お供の男たちは、おずおずとかかとを後ろに下げた。
「ビビってんじゃねぇ、シャバ憎どもが。あいつらの情報はぜーんぶ調べてあんだからよ」
「なんだと?」
「はっ! ちょいとこの辺をうろちょろしすぎたなぁ? てめぇら鬼人警官の見た目、能力、戦い方、武器。ぜーんぶ他の組の戦いで見せてもらったぜ?」
「はぁん? 手の内が分かっただけで勝った気になるたぁ、随分な自信だな? んじゃ、ちょいと腕試ししてやろうかねぇ?」
直江が、腰から拳銃を抜く。錆びた屋根に向かって―ダンダン!
「行け、てめぇら!」
巨体パンチパーマが巻き舌で怒鳴ると、背後の男たちが、角を生やし、棒やバットを片手に飛び降りた。同時に、一階の扉から、隠れていた下っ端どもも飛び出してきた。
あっという間に囲まれた。だがこの程度、窮地でもなんでもない。
光が足下から、風の渦を巻き上げる。彼らを取り囲む十七人は、砂と一緒に宙へ舞った。
「こうくると思ってたぜ! いけぇ!」
やつらは宙に浮かびながら、けたたましい雄たけびをあげ、ナイフをいっぺんに投げてきた。一人、口から棘を出す能力のやつが、すいかの種を飛ばすように小さな棘を吐き出してきた。汚ねぇやつ! 光が鼻にしわを寄せて睨むと、男は口をすぼめて吐くのをやめた。
「式神、守壁! 急急如律令!」
警官四人の声が揃う。途端に、真っ白な紙の壁が現れ、五人を包んだ。
これで、刃の雨は防げた。だが、風から解放された男たちが、壁をドカドカ足で蹴るやら、バットや棒で殴るやらしてくる。煩い音が、ドームいっぱいにダンダン響く。しかも、頭上が、ズシリ。巨大な重みでべっこり凹んだ。さながら、巨体男が体重量を増やす力を使ってのしかかってきたのだろう。まさに、八方ふさがりだ。
しかし直江はニヤリと笑った。右手中指が赤くきらめく。こめかみから二股の角が伸びる。そして、銃を上に掲げると、頭上の天井が、ぽよんぽよんと波打った。
直江の能力は『吸収』。一度手放した所有物を自分の手中に戻すことができる。直江は、最初に撃って屋根にめり込ませておいた二発の弾を動かして、自分の手中に戻そうとしていた。そして、ちょうどその軌道上にいる巨体男の厚い肉にめり込ませ、男の体をぽよんぽよんさせていた。
「おら! 降参しねぇと、体を貫くぞ!」
「んんぅ……! こ……こうしゃん、しましゅぅ……!」
野太い声が、たしかに白旗を上げた。鬼人警官は、式神を指に挟むと、うんと顔を見合わせた。
「いいか、光? 俺たちがせーので壁を取ったら、下っ端どもを全員風で後ろの方に押せ」
……せーのっ!
白い壁が取れたと同時に、光の風が、十七人を一気に押し出す。そして、四人の鬼人警官の声が、再び揃った。
「式神、捕縛! 急急如律令!」
前田の式神が紐のように伸び、頭上の大男の体に、何重にもぐるぐると巻きつく。前田の手元から、式神の紐が、銀色になっていく。前田の頭上には、いつのまにか、牛のような角が生えていた。前田の能力は『金属化』。手にするものを、金属に変えることできるのだ。
前田は、「うもぉおおおおおおおおお!」と牛のような雄たけびをあげて、傘のようになった巨体を工場と反対方向の空き地に放り投げた。
直江、水原、千田は、光の風にずいずい押される下っ端どもを、式神の紐で縛りつけた。一人あたり、三人。直江はさらに、もう片方の手で三人を捕えた。
ところが、捕え損ねた四人が、息さえできないほどの風圧をうまくかわして、飛び上がった。一人は黒い翼を生やし、一人は肉体を強化している。あとの二人は戦闘慣れをしているのだろう、身のこなしが軽やかである。翼を生やした男が光に、もう三人が直江たちに襲いかかった。
「オルァ! てめぇら! 離しやがれ、ごルァア!」
やつらは一斉に、釘が飛び出たバットを振りかざした。
光は足裏から風を噴射し、バットをよけると、男の翼と襟を掴み、脇腹に蹴りを入れた。男は顔をゆがめながら、片翼を器用に操作し、夜空高くに上昇し始めた。
「離しやがれメリ犬がぁ! 離さねぇと穴ぼこだらけになるぞオラァ!」
右手に持ち替えた釘バットで、光の首もとをガンガンと叩きつける。血が点々と、下へ落ちていく。バットの釘も、血にまみれる。
ガン、ガン、ガン!
最後に振り下ろされた、その時。光は、肩を上げ、釘のバットを受け止めた。
舌打ちがひとつ、重たく、鳴った。
「……ってぇなぁ、おい……。この羽、ちぎるぞ、この野郎……」
獣の唸りのような低い声に戦慄し、ハッと目を移すと―男は、息が止まった。
首の傷から跳んだ飛沫が、狂気的に顔を血濡らす。くぼんだ瞼の影に浮かぶ眼球は、殺気で黒く、そして鋭く燃えていた。
―死ぬ。切り刻まれて、死ぬ!
恐怖が、男の心を蝕む。上空の冷たい空気の中なのに、玉のような汗が全身から沸き出した。
光は、両足でやつの脇腹に、思い切り重たい蹴りをお見舞いした。そのまま、足裏から勢いよく風を噴射すると、光の手に握られていた方の翼が、ぶちぶちと音を立てた。ちぎられた無数の羽が、かつは舞い上がり、かつは舞い落ちる。だが、男はもはや、痛みより恐怖に顔をゆがめていた。翼を動かすこともせず、
「ひぃい! 殺さないでくれぇ!」
と、シャバ憎らしい悲鳴を上げて落ちていく。光は男を追いかけて、足裏から風を噴射する。
「く、くるなぁ!」
男がバッドをブンブンと振る。だが光は、バッドを掴む男の手元に足から突っ込み、思いっきり蹴り上げた。ちょうど、バッドの柄と指の間に爪先がヒットして、男の手からバッドが離れた。悲鳴をあげ続ける男めがけて、光は、ポケットから取り出した封印札を飛ばした。煩い口にぴったり貼りつき、角も牙も翼も声も、シュンと消えてなくなった。男の体はそのまま降下し、鋸屋根にべちょりと落ちた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!