陰陽醒戦ブライトネス!

-戦鬼伝×陰陽道外伝-
鈴奈
鈴奈

十二

公開日時: 2021年5月21日(金) 20:00
文字数:1,883

一週間後。夜風に崩された体調を万全に整え、幸輝はいざ、遥に挑んだ。

「はじめ!」

「やーっ!」と高い声が重なる。遥は、いつでも本気である。めんがねの奥の瞳に、天真爛漫さは微塵もない。鋭い決意と殺気が閃く。眼光そのものが刃であると言っても過言でない。

触れ合う竹刀の先端から、ビリビリ緊張が走ってくる。

幸輝は、フッと息を吐いた。小刻みに震える心音が聞こえなくなる。ただ、しんと、目の前の遥しか見えなくなる。

「やっ!」

声をあげて、左足を蹴り、ぐんと攻まる。面に伸びる竹刀を防ごうと、わずかに遥の腕が上がる。隙ができた赤い胴へ、幸輝は即座に、竹刀をまわした。だが、遥は読んでましたとばかりに幸輝の竹刀を叩き払い、そのままどんっと重い籠手を食らわせた。

ほんの、一瞬の出来事。パパパッと周りの赤い旗が挙がった……。

剣道の勝負は、先に二本取った方が勝ち。だが、一本さえ取れれば、幸輝の弟子入りは叶う。

次の勝負に、全てを賭ける!

「二本目、はじめ!」

「やーっ!」

 幸輝の武器は、しなやかな手首、瞬発力、どんなに動いても、ぶつかり合っても、まっすぐぶれない芯だった。これまで戦った同年代との試合では、合い面は必ず一本を決めていたし、さっきのフェイント技だって、決まらないことはなかった。だが、遥は機転が利く上、瞬発力も剣裁きも段違いだ。

遥から一本を取るには……一体、どうしたらいいんだ!

いつもはそんなもやもやを抱えて、二本目を迎えていた。

 だが、もう、考えない。心に灯す想いはひとつ。

―絶対に、取る。陰陽武士に、なる!

 幸輝の左足が、両腕が、眼光が、まっすぐのびる。遥も、まっすぐ飛び出し、迎えうつ。

まっすぐ、まっすぐ、まっすぐ……! 

二人の竹刀が、まっすぐ交差し、そして、その真ん中を取ったのは……!

「面あり!」

振り返って、構えて、左側の二人の審判を目に映すと、片方が赤、片方が白の旗を上げていた。

ゆっくり、主審を見ると……彼は。


なんと、白旗を上げていた!


「……っ!」

ッしゃぁあ―! と叫びたい気持ちを噛み殺し、幸輝はぱたぱたと開始線に右足の爪先を揃えた。蹲踞して、竹刀を納めて、下がって、礼して……。面を取って、幸輝は、ぐぐっとこぶしを握った。

「……っしゃ……!」

だが。叫ぼうとするより先に、遥の凄まじい泣き声が道場中に響き渡った。遥は面を脱ぐや否や、頭に巻いていた手拭いを瞼に押し当てわんわん泣いて立ち上がり、ぼさぼさの髪を揺らしながらダーッと走って外に出ていった。道場の壁がドスドスと妙な音を立てたかと思うと、頭上でどしんと音がした。遥は嫌なことがあると、外壁をよじ登って屋根の上で泣きじゃくるらしい。

遥はいなくなったものの、あんまりあからさまに喜ぶのも悪い気がして、幸輝はそっとこぶしを緩めた。騒ぎたいほどうれしかった心が、たちまち静かになってしまった。

どうしよう、遥に何か、声をかけにいったほうがいいかな……。

そう考えていると、目の前に昭治が正座した。

「おめでとう! とても綺麗な面だったよ。これで、こうちゃんは僕の弟子だ。どうぞよろしく」

 すっと左手が伸ばされる。ぶくぶくと、マグマのように、うれしさが再熱する。陰陽武士への第一歩を踏み出すことができる。その実感を確かに伴って、心臓がぞくぞくする。

「よろしく、おねがいします……!」

伸ばされた手に、右手を重ねる。昭治の手が、ぎゅっと、ぶるっと、祝福を伝えた。

それだけで、胸がはちきれそうなくらい、一〇〇パーセント満足だった!

 

 遥は二〇分ほど泣き喚いた後、ペチカを抱いて、縁側で光の迎えを待つ幸輝の隣に座った。幸輝はぶっ叩かれるんじゃないかと身を縮めたが、遥は、

「こうちゃん、おめでと。でも、もう二度と、一本取らせないからね」

 と唇を尖らせて言うだけだった。鼻水をずるずるしながら、ペチカの白毛をこねこねしていた。

ほどなくして、光が紺色の裏庭に降り立った。目元を真っ赤に腫らして、つんとすねる遥を見て、光は「お?」と幸輝を見つめた。

「はるちゃんに……っていうか。昭治先生の、弟子になったよ!」

「お……おぉー! ほんっとかよ!」

光は幸輝に駆け寄った。バシバシと左腕を叩いて、そして。

「やるじゃねぇか! おめでとさん!」

ニッ! 満面の笑みが、咲きほこった。

 

 ――……ドキッ!

 

 心臓が兎のように宙に跳ね、遥は思わず、胸を押さえた。

ばくん、ばくん。大きな心音が、手のひらを痺れさせる。

 戸惑っていると、光と目が合った。光は、勝ち誇ったような顔で、ニヤリと笑った。

「何よ!」

ぶっ叩いてやりたかったが、手も足も出なかった。

心音が小さくなるよう、必死に、胸を押さえ続けた……。

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