陰陽醒戦ブライトネス!

-戦鬼伝×陰陽道外伝-
鈴奈
鈴奈

公開日時: 2021年6月11日(金) 20:00
文字数:1,687

風呂から上がると、光は一人、仏間に入った。線香も焚かないし、仏壇の鐘も鳴らさない。ただ静かに、目をつむって手を合わせる。聡一郎の妻と、陽の父母の写真に向けて……。

「ありがとうな。光」

 ハッとして目を開く。振り向くと、襖からひょっこり、聡一郎が覗いていた。

「毎朝毎晩、しなくてもいいんだぞ」

光はにかっと、「俺がやりたいだけっすから!」と笑った。

聡一郎はふっと目を落とし、仏壇脇の押し入れの戸に、手首を押し当てた。

さっき、結婚式の話を出したためだろうか。結婚式の写真を見たくなったという。押し入れの奥にアルバムがあるらしい。光は、「俺が取りますよ!」と埃だらけの押し入れに、ピカピカの体を突っ込んだ。聡一郎は指が動かず、うまく取り出すことができないのだ。

「いや、いい。自分で取れる」

「いいっすから、やらせてくださいって! で、どれっすか?」

聡一郎はしわがれたため息を吐いて、赤く分厚いアルバムだと答えた。案外すぐに見つかって、引っ張り出す。部屋の灯りにさらし、砂のような埃を手のひらで払う。

「これっすか? 二〇〇二年……」

アルバムの表紙に刻まれた西暦に、光は、え、と息を漏らした。


十八年前。それって、つまり――。


「助かった。ありがとな」

厚い両手が、アルバムを挟む。だが、光は、離さなかった。少し濡れた金色の髪が、彼の俯く顔を隠す。恐る恐る、小さく、かすれた声が震える。

「……師匠、これ……師匠のじゃなくて……」

聡一郎は、むんと唇を結んだ。沈黙が流れた。二人の間に、こんなに長い沈黙が流れたのは、おそらく、はじめてのことだった。

やがて。聡一郎は、観念した。沈黙の痛みに、耐えきれなかった。

「……幸輝の、結婚式だ」

 光は、止まったままだった。下唇をきつく噛んだまま、眉間のしわを震わせたまま――。

 だが。すう、と深い息を吸いながら、光は、上を、そして、聡一郎を見つめた。

「俺も……見て、いいっすか」

 聡一郎は、ぐっと、眉間に深いしわを刻んだ。

「……めくって、くれるか」

 光は、そっとアルバムの束をなぞり、重い表紙を開いた。

 

 一枚目に出てきたのは、色あせた、小さな写真だった。結婚式ではない。見慣れた神社の本殿の前で、今よりほんの少し若い聡一郎、元気そうな聡一郎の妻、スーツ姿の青年と、綺麗な着物の女性が並んでいる。

光は、ふ、と息を吐くと、女性の、腰までに伸びた、長く、まっすぐな髪を、ゆっくり、そっと、指でなぞった。


ああ――。


「遥……」

 消え入りそうな息が、微かな言葉を形作る。

そのほんの少し後、光はふっと鼻息を漏らし、笑った。

「嘘だろ、こんななげぇの? 髪……。何年伸ばしたんだよ、あいつ……」

 遺影で、髪を伸ばしたのだな、とは思っていたけれど、こんなに長いとは思わなかった。穏やかで幸せそうな表情に、顎までしかなかったおかっぱ髪の、じゃじゃ馬娘の面影はない。

「……これ、何の写真っすか?」

「ああ、結納だ。遥一人だからいいと言ったんだが、遥の強い希望でな。遥は、立派にやり遂げた。幸輝はもう相変わらずの足らずで、直前になって、袴をクリーニングに出したまま、取りにいき忘れたなどとバタバタしおった。休日の早朝で開いていなかったからもう、つんつるてんのスーツでやらせた」

「ったく、あいつらしいな!」

光の目が細くなる。口の端が、に、と笑む。額のしわは、まだ少しだけぎこちなかった。

それでも、次のページに進む前に。光は、聡一郎の瞳の奥を見上げた。

「……師匠。あの、俺……もし、師匠が話すの、嫌じゃなかったら……俺、聞きたいです。俺がいなかった間の、あいつらの、幸輝と、遥のこと……」


本当は、ずっと、聞きたかった。知りたかった。二人との間にできてしまった、もうどうしようも埋まらない隙間を、つなぎ直したかった。自分のいない間の二人の人生を知ることで、ほんのわずかでもつなぎ直せる気がしていた。

でも、聞いたらきっと、聡一郎がつらくなる。そう思って、ずっと、聞けなかった。


だから、これはチャンスなんだ。


話してもらえることだけでいい。哀しくならないことだけでいい。

だから――。

 

冀うような瞳に、聡一郎は、深くうなずいた。

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