幸輝は抜刀していた陰陽刀で女の刃を受け止めた。横に払おうと力を入れる。だが、ひどく重くて耐えるのにいっぱいいっぱいだ。身長の差もあり、下へ、下へと押し潰されていく。ぎゅうっと歯を食いしばって、膝が曲がらないように踏ん張っていた、その時。
女の首に、目にもとまらぬほどのまわし蹴りが襲った。セツカだ。しかし女は首を傾げてさっとよける。セツカは体をひねらせ、めいっぱいかがんで着地すると、足を払わんと靴の先を伸ばした。女は軽く跳んでよけたものの、おかげで、幸輝を押していた刃がわずかに軽くなった。
今だ! 幸輝は、さっと手首をまわすとわずかに左腰をかがめ、女の体を斜め上に斬り上げた。しかし、女は俊敏に体を後ろへ反らしてしまい、幸輝の刃は、服を掠めるにとどまった。女はそのまま三度バク転し、四度目に身をひるがえした時、三本のナイフを二人に飛ばした。
――セッちゃんを、守らなきゃ!
幸輝は、セツカの前に身を乗り出した。刃の輝きがひと周り増し、カキンと音を立てて、三本のナイフをいっぺんに弾き飛ばす。ぱらぱらと力なく散らばるナイフを、セツカはさっと握りしめた。
黒仮面の女と睨み合う幸輝とセツカの背後に、光が降りてきた。だが、風を納めると、たちまち遥の体重がずっしり左肩にのしかかり、光は地に足をついた途端、ぐらっとしてすっ転んだ。式神の床に頭を思いっきりぶつけ、ぽよんぽよんと背中が跳ねる。
「いったーい! もう! ちゃんと降ろしてよ!」
「うるっせぇ! てめぇが俺の頭掴んでっから、何も見えなくてバランス取れなかったんだろうが! ぷるぷる震えてしがみついてやがったくせに、生意気なこと言ってんじゃねぇ! このぷるぷる女!」
「なんですってぇ! 絶対絶っ対、ゆるさない!」
「ふざけてる場合じゃないわ! アダザクラとカンジュ、二人とも、神宮団の幹部よ!」
こぶしを振り上げ、喧嘩をおっぱじめようとする二人を、セツカの鋭い声が制す。
短髪女の黒装束――カンジュの隣に、長髪男の黒装束――アダザクラが並んでいた。体はそのままに、性別と名前を交換したかのような奇妙さに、幸輝はぞわりと背筋を震わせた。
「セツカ。陰陽師のお情けで生きながらえるなんて、お前、恥の塊だな」
「せっかく私たちが拾ってやったっていうのに、ただの生き汚い娘になり下っちゃって」
「まあ、拾ってやった責任は、僕たちがとってやるよ」
「ええ。今ここで、死なせてあげる」
アダザクラが、赤い唇をゆがませ、両手を空にかざした。たちまち、灰色の夕空と影をまとう地面とが、守壁もろとも、赤錆色のもやに変わった。崖も、黒染めの洋館も、全てが消え、赤い森に囲まれる。薄づきの雪は血の塊のようになり、真っ黒な幹にこびりついて、不気味な露を垂らしている。アダザクラの、『幻想』の力である。やつを倒さない限り、この空間から脱け出すことはできない。
「はん! 幹部のくせに大したことねぇ力だな! 俺が片をつけてやる!」
光が、びゅんと飛び出した。ミリタリージャケットのポケットから大量の封印札をわしづかみ、二人に向かって紙束を撒き散らす。
そう。撒き散らした、はずだった。
だが、みるみるうちに白い紙が黒に染まり、蝙蝠のような鬼に変わって、一斉に、光に襲いかかった! 光は動揺しながらも、腰のナイフを抜き、ザッとやつらを斬り裁いた。白い紙屑が、光の頬に貼りついた。幻覚に、目を騙されたというわけか。光は舌打ちをして、足裏の風を一層強く、噴き出した。
カンジュが青い唇をゆがませ、アダザクラと同じような長い角を伸ばした。ハイヒールが根となり、地に埋もれ、たちまち、有象無象の木の根がうごめき沸く。そして、無数の根が、鞭のように光に伸びていく。
「ひかっちゃん!」
幸輝が素早く、遥より速く、飛び出した。一直線に駆けて、黄色い閃光を、足に絡まる地の根に一筋、光に伸びる根に一筋、刻みつける。木の根は小さな粒となり、消えた。
「助かったぜ!」
「おれが道をつくる! 行こう、ひかっちゃん!」
「っしゃあ! 頼んだぜ!」
光がアダザクラに、幸輝がカンジュに突っ込んでいく。二人とも、敵のナイフと刃を交えた。だが、やはり神宮団の幹部。子どもの太刀筋など、おちょくるような剣裁きで受け流す。
遥はセツカを守るように山茶花の花を咲かせていたが、もう、我慢の限界だった。
「セッちゃん! あたしについてきて!」
セツカは、右手に握りしめていた黒いナイフから目を上げ、ふっと笑った。
「いやよ」
セツカは、もとは神宮団である。戦闘訓練も受けてきた。
鬼人の力は使えない。だが、ナイフを振るうことならできる。
こうなった以上、戦わなければ生き抜けない。セツカは青いコートを脱ぎ捨て、ワンピースのポケットに、ナイフを二本突っ込んだ。
「アダザクラの方なら、援助くらいはできるわ。あんたはカンジュの方に行きなさい」
遥は、「うん」とうなずいた。
二人はタッと地面を蹴って、それぞれの道を走り出した。
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