陰陽醒戦ブライトネス!

-戦鬼伝×陰陽道外伝-
鈴奈
鈴奈

公開日時: 2021年6月4日(金) 20:00
文字数:4,200

かくいうわけで三人は、その週の土曜、早速準備に取りかかった。まずは、それらしい地域を絞り込む。やつらの活動範囲から、武蔵市、江戸市、鎌倉市、下総市。さらに、セツカのうろ覚えの情報から、店も家もなく、森と川のある辺境の地域をいくつか絞る。

朝栄家の居間で話し合っていたのだが、昭治や弟子たちが廊下を通るので、大変だった。足音が聞こえるたび、三月末に卒業旅行で行く遊園地のパンフレットで地図を隠し、遊園地について話し合っているようにふるまった。ひやひやしっぱなしだったが、なんとかバレずに済んだようだ。

 

彼らは土日を使い、絞り込んだ十の地域に足を運んでみることにした。

彼らとは、幸輝、遥、セツカ。そして――光のことである。

光は、「好きにしろ」とは言ったものの、心配で、いてもたってもいられなくなったのだ。

幸輝は、「ついてきてくれてありがとう」と言った。光は、「当たり前ぇだろ」と答えた。

一週間に及んだ男と男の冷戦は、その二言であっさり終わった。

 

一週目の武蔵市の三地域は外れだった。二週目の江戸市の二地域も外れだった。しかし、三週目の土曜日の午後、江戸市のとある地域の駅に降り立つと、セツカが、「ここかもしれない……」と見渡した。

辺境も辺境。駅さえ無人。石造りの階段を三段降りると、森に続く道が、茂みに埋もれている。

三月十一日。彼らの住まう武蔵市、江戸市の街中は、アスファルトの粉雪が溶け、寒さも暖気を含み、やさしくなってきていた。しかし、ここは山奥だからだろうか。茂みや枯れ木に雪やつららが絡まり、骨身に染みる寒さだった。春めいた薄着でやってきた幸輝と光は、我が身を抱きしめ、ぶるぶるした。

先導の遥は、ずんずん歩いた。奥に行けば行くほど、道は道らしくなくなり、雪は深くなっていく。とうとう、本当に道はなくなってしまった。枯れ枝の上の雪山が時々ぼとりと落ちる音、小鳥のチュンチュン話す声、そんな微かな音ばかり。見渡す限りが木々であり、どちらに行くべきか、見当もつかない。セツカは少し考えて、「多分、こっちよ」と右斜め前を指さした。

びしょびしょの足下を気にして歩いていると、幸輝と光はだんだん、遥とセツカと離れてきた。それをいいことに、光はこしょっと、幸輝に耳打ちをした。

「んで、お前、ホワイトデーどうすんだ。遥に」

「ホワイトデー……あっ、今週か! って、ひかっちゃん、知ってんの? なんで? おれ、言ったっけ?」

「まあ、それはそれとしてよ。ここで一旦、何か返してやったほうがいいぜ? 不安にさせたままじゃ、いくら遥でもかわいそうだろ?」

「うん、そうだよね……。何を返そうかな。セッちゃんにもお返しした方がいいよね? はるちゃんがつくるの、手伝ったって言ってたし」

「オメ、なんでセツカがでてくんだよ! いいんだよ、セツカは! お前は遥に何を返すか、何て返すかだけ考えろ! この、足らずがっ!」

「ちょっと。名前、呼ばないでくれる? 吐き気がするわ」

 二人はハッとして顔を上げた。蔑むような遠くのセツカの視線が刺さる。大分離れていたが、光の吼え声は、届いてしまっていたようだ。幸い遥はゴマ粒ほどにしか見えないほど遠くにいるので、おそらく聞こえてなさそうだ。一向に足を止めもしない。

 唇を尖らせ、じとりと睨む幸輝に、光は「悪ぃ悪ぃ……」と小さく謝った。

 幸輝と光は、しゃくしゃく雪を踏みながら、息ほどの声で会話を続けた。

「今んとこ、遥のことはどうなんだよ」

「分かんない。はるちゃんと一緒にいると意識しちゃって、何にも考えられなくって……」

「あー、ギクシャクしてるよな、お前だけよぉ。ありゃ遥、気にしてるぜ? 早いとこ、普通になれよ。遥だって気まずくっても、頑張って普通にしてんだからよ」

幸輝は「うん……」としょんぼり俯いた。分かってはいる。だが、簡単ではないのだ。

「ま、とりあえず、普通に接してよぉ。好きかどうかは、ゆっくり考えていきゃいいんじゃね? 今はあんなでも、成長したら多分あいつ、結構カワイくなると思うぜ? 顔はまあまあいいからよ」

「じゃあ、ホワイトデーは何て言えばいいかなぁ?」

「そうだなぁ……」とあれこれ考え、ついでに渡すものも色々案を出し合って、歩き続けること約二時間。セツカは「もうだめ……」と大木に寄りかかってしゃがみこんだ。遥も、三人が立ち止まったのに気が付いて駆け戻ってきた。奥の方も、家ひとつ見えないらしい。雲行きが怪しくなってきた。今にも雪をこぼしそうな灰色の雲の下、彼らは途方に暮れていた。セツカの曖昧な記憶でここまで来たが、間違っている可能性もある。だが、この先を進めば、あるのかもしれない。先に進むと、何時間かかるか分からない。しかし、後に引いても二時間はかかる。

「じゃ、時間決めよ! あと一時間歩いてみて、何もなかったら引き返す。夕方になっちゃうしね」

 一時間……。途方もない時間である。

 四人はしりとりをしたり、卒業旅行の計画を詰めたりしながら歩いた。卒業旅行はいよいよ、再来週の日曜日。旅行と言っても江戸市の遊園地に行くだけなのだが、四人とも遊園地に行くのがはじめてだったので、ワクワクしていた。「ジェットコースターで幸輝がちびるだろうな」とか「お化け屋敷で幸輝がちびるだろうな」とか、そんな話で盛り上がる。

 セツカはほとんど無視を決め込んでいたけれど。

 結局ずっと、幸輝は遥にだけぎこちなかったけれど。

 遥は、時々さみしそうに、顔を曇らせたけれど――。


そうこうするうちに一時間が経った。白樺の樹が一本生えているのを見て、セツカが足を止めた。

「これ、覚えてる。この木の左の方に行くのよ。あと少しだわ」

 四人はかじかむ手で、汗ばむ額を拭い、うなずいた。時刻は十六時を過ぎていた。すっかり日が落ち、天気も相まって、あたりはすっかり紺闇に沈んでいた。

 三十分ほど歩くと、彼らは、ハッと瞳をまるくした。黒い煉瓦の屋根が見えたのだ!

 タッと駆け寄ると、崖の下に、真っ黒でぼろぼろの巨大な洋館が佇んでいた。赤い電気の灯りが、一階の窓からわずかにこぼれていた。ここが、神宮団のアジト……。光の喉が、ごくり、と鳴った。

遥はスキーウェアのポケットから、使い捨てカメラを取り出し、封を切った。シャッターを押すと、カシャッという音があたりに響き、フラッシュが放たれた。遠いから大丈夫だとは思うけれど、これだけ敵の陣地に近づいてしまうと、周りに団員たちがいるのではないかと不安になってくる。

「撮れた? 早く帰るわよ」

「撮れたと思うけど、でも……これだけじゃ神宮団のアジトって分からないかも。せっかくここまで来たんだもん。あたし、窓覗いて、中撮ってくる」

 幸輝と光が「はぁっ?」と口を揃えた。そんな、バレたらひとたまりもないような距離に飛び込んでいくなんて、危険すぎる! しかし遥は「大丈夫」と笑って、スキーウェアを脱いだ。いざとなったら、背中の朱鸞刀を抜刀し、戦えばいい。

一人で行こうとする遥を、光が慌てて追いかけた。もう日は落ちている。鬼人は力が出せてしまう。中に何人いるかも分からないのに、一人で行かせるわけにはいかない。

 灯りがこぼれる出窓を、そおっと下から覗き込む。薄いレースのカーテン越しに、真っ赤な内装が見えた。真っ赤なソファに、ベージュスーツのおじさんと、坊主頭の男の人が向かい合っている。ベージュスーツの方は、オールバックにしているので顔がはっきり見える。黒仮面を被っていない。どこかで、見たことがあるような気がした。坊主頭の人は後ろ頭しか見えなかった。着ている服は黒いけれど、あの黒装束かは分からない。これでは、写真を撮っても証拠にならない。隣の大きな窓を覗いてみよう。二人が頭を引っ込めた、その時。

「いらっしゃい。朝栄家のお嬢さん」

 男の女性らしい声が、背後から聞こえた。瞬時に振り向き、遥は抜刀、光は角と牙を剥き、式神を指に挟めた。黒仮面の長いウェーブ髪の男が、赤い唇をニヤつかせて立っていた。五メートルは離れているし、武器はないが、横に伸びた長い角が生えている。遥は剣先を地面に突き立て、二人の足下に、山茶花の輝きを咲かせた。光の角と牙がしゅんと納まる。鬼人の力はこの中では通用しないのだ。男は余裕を振り撒いて、ニヤニヤ笑ってばかりいる。

やつの背後の崖の上から、小さな悲鳴とともに、待機していた幸輝とセツカが落ちてきた。崖の上には、髪の短い、青い口紅をさした、黒仮面の女。そしてやつの周りには、無数の木の根が鞭のようにうごめいていた。

光は四十もの式神をばらまくと、印を切り、叫んだ。

「式神、へんじょうそうしょう! 急急如律令!」

式神の縄が、互い違いに重なって、大きな白い幕となる。間一髪、地面に落ちるすれすれのところで、幸輝とセツカの背中を受け止めた。

黒仮面たちが同時に、黒いハイヒールを蹴り、跳んだ。女は崖上から幸輝を、男は地上から、袂に潜めていたらしい脇差しほどの両刃刀で襲いくる。遥は地面から刃を抜くと、まっすぐ構えた。


くるならこい! 絶対、負けない! 


しかし、気概を込める遥の前を、かまいたちの暴圧風が吹き抜けた。咄嗟に両腕で身をかばう男の黒服が、すぱすぱと薄く切り刻まれる。あまりの圧に、やつはヒールを踏みしめ、動けない。

「行くぞ!」

えっと言う間に、遥の右腕を、角の生えた光がかっさらった。

「んぎゃぁあああああああああっ!」

突然の暴風飛行! 珍獣的悲鳴が、夕空高く響き渡る。声を追って、男がハイヒールを蹴った。こんなに高く飛んでいるのに、どういうことだ。ナイフを片手に、みるみる迫りくる! 

遥はキッと黒仮面を見据えた。光の首にしがみついていた右腕で、金髪をむんずと掴み、ぐっと押す。右足のモフモフブーツの底を光の左肩にかけ、小さな体を直立させる!

「おいっ!」

 光は慌てて遥の脚を頭と手とでぐっと押さえた。もはや遥に、怖いものは何もない。両手でまっすぐ構えると、黒い仮面を、長い刃で一閃、刻んだ。

その途端。男の姿はふっと消えて、大量の桜の花弁が散った。―本物じゃない!

光は、掴んでいた遥の足首を、ぐいと引っ張った。肩に座らせ、がっちり足を抱え込む。

「急ぐぜ! しっかりつかまってろよ!」

「は! つかまるってどこ……ンぎゃぁああああああああああああっ!」

 ハイスピードで降下する。まさに、ジェットコースター!


実は遥は、ジェットコースターが苦手なのであった……。

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