陰陽醒戦ブライトネス!

-戦鬼伝×陰陽道外伝-
鈴奈
鈴奈

十二

公開日時: 2021年5月28日(金) 20:00
文字数:2,792

「と、いうわけで、こうちゃん、ひかっちゃん! シズクサマを救い出そう! 協力して!」


と、いうわけで。幸輝の初恋は三日で散り散りに散った。


幸輝はこらえていた涙を、光の背中で噴出させた。涙は風に流れることなく、光の赤いパーカーの肩が受け止める。光は、いつもより少しゆっくり、宙を漂った。男子たるもの、失恋の涙など、親には見られたくないものである。

「すぐ泣かないで、えらかったじゃねぇか。よくこらえたってもんだぜ。ほら、フードで鼻かめよ」

 幸輝は濡れた声で「ありがどぅ……」とつぶやくと、遠慮なく、光のフードで鼻をチンした。途中、カラスのような有象無象な鬼たちがやってきたが、幸輝が戦闘不能なので、「うるっせぇ、ひっこんでろ!」と叫んで、風の刃を潜めた暴風を解き放ち、追っ払った。

くるっと一回転して、どこかの家の瓦屋根に着地する。満天の星光を浴び、二人は並んで座り込んだ。ぐずぐずと涙を落とす幸輝の肩を、光は力強く、ぽんぽん叩いた。

「まぁよ。初恋っつーのは、叶わねぇもんだぜ。もっといい女と恋すりゃいいじゃん? お前の近くには、結構いい女がいるんだからよ」

 幸輝はえぐえぐ涙をすすり、肩をひくつかせながら、真っ赤に腫れた顔を上げた。

「……づらいげど、でぼ、でぼ……セッちゃんのごど、ぎだがら、おで、おで、うぅっ……シズグザマだずげで、セッちゃんを、笑顔にずる……セッちゃんが、幸せなら、おで、ぞれでいい……」

 再び顔を膝小僧に埋めて、すっかり小さな三角形になってしまった幸輝を、光はぎゅっと抱き寄せた。

「幸輝よぉ……お前、本当にいい男だぜ。お前の女になるやつは、幸せもんだ。胸張って生きろよ」

「ゔん……ありがど、ひがっぢゃん……」

 

 たっぷり初恋の苦みを味わった幸輝であったが――その誓いの通り、遥の作戦に、きっちり協力をした。


 セツカによると、シズクサマは読書家らしい。江戸市第一地区には、本屋と古本屋が集う街がある。彼がどこに住んでいるかは分からないが、この本屋街に訪れることもあるだろう。

そういうわけで休日、四人の予定が合う時に、この本屋街で張ることにした。もしもシズクサマを見つけたら、つかまえて、神宮団を抜けるように説得して、影宮神社か朝栄神社に匿ってあげる作戦だ。セツカも素顔を見たことがないらしいが、仮面をしていても美しいと思うような輝き溢れる美少年なのだから、雰囲気できっと分かるだろう。そう遥は踏んでいた。

「美少年っぽい人を見つけたら、とりあえずセッちゃんに見せにきて!」

「わっかんねぇよ、そんなもん。もっとなんか特徴ねぇのかよ?」

「見たことないっていってるでしょ。うまくいくはずがないわ。こんなことして……シズクサマに見つかったら、私、殺されるに違いない……」

「大丈夫。背中に帯刀してるもん。セッちゃんはあたしが守るよ! こうちゃんも、万一の時は抜刀してね!」

と、遥が幸輝を目に映すと、幸輝の背中には、何もなかった。「陰陽刀、持ってきてね!」と言われていたのを、綺麗さっぱり忘れていたのである。相変わらずの足らず具合に、誰一人、ため息さえ吐かなかった。

幸輝は光と共に、持ち場に移った。本屋街はメイン大通りがあり、そこから細枝のような小さな脇道が生えている。彼らは基本的に二手に分かれて、メインの大通りの入り口と出口で見張りをしていた。朝九時から、夕方十六時まで。お昼は、光が握った大きめのおにぎりと、セツカが握った可愛いおにぎりでお腹を満たして。九月十三日、翌週の九月十九日、二回とも彼らは粘ったが、一向にそれらしい美少年と出会うことはなかった……。

 三回目の、九月二十日。げっそりする三人を前に、遥は元気に提案した。

「もしかすると、脇道の方に入ってるのかも。脇道の方から道路の方にも出られるし。今日は、交代でパトロールしよ!」

「サンセー」の三声を受け、一組が入り口で待機している間にもう一組が本屋街全体をパトロールし、一周したらもう一組と交代する、という流れになった。遥とセツカが一周し、幸輝と光が一周して、合流した時。幸輝がモジモジ「トイレ……」と言って、直近の大きな本屋に走り去った。

 時刻は丁度十二時をまわろうとするところで、セツカはけだるげに、入り口ゲートの門柱に寄りかかり、卵のほろほろを混ぜた、可愛いおにぎりを食べていた。遥はすれ違う人の顔を無遠慮に確認しながら、「はぁ、美少年……」とため息をついた。

「お前さぁ、目的がシズクサマ見たさに変わってね? シズクサマのこと気になってんのかよ? あんまフラフラしてっと、取られっぞ」

「はぁ?」と睨み上げて、瞬間――遥の心臓に、ブワッと熱い花束が咲いた。


何、この、不機嫌なような、真剣な眼差しは……? 誰が、誰に、取られるっていうの……?


周りの音が聞こえなくなる。自分の鼓動が、耳の奥でリズムを打っている。

遥の揺れる視界の中で、光はふっと、バカにしたように唇をゆがめた。

「まあ、イケメンがお前を選ぶわけねぇよなぁ?」

「はぁっ? 何それ、どういう意味よ!」

 ガツン! と脛を蹴る。「げぇっ!」と叫んで痛みを抱え、光はぴょんぴょこ、片足で跳ねた。

「ってぇな! そのまんまの意味に決まってんだろ? てめぇみたいな暴力女、選ぶ男いねぇよ!」

「ひっどーい! 別に、誰彼構わず殴ってるわけじゃないもん! ひかっちゃんだけだもん!」

「なんで俺だけ殴んだよ! なめやがって! ぶっ殺すぞ、この野郎!」

 光がぐっと身をかがめ、威嚇する。顔が近づき、鼻が触れそうになって―ドキッ。

遥は、ンッと呼吸を止め、思わず半歩、後ろに下がった。

ちょうどそこに大人が居たのに気付かぬまま、トンとぶつかり、反動で、前に押し出される。咄嗟に体を起こした光の胸に飛び込む形になって、遥は、大きく目を見開いた……! 


右頬に、光の胸がくっついていて。光のお陽さまみたいな温かい匂いが、いっぱい、いっぱい入ってきて。自分の両腕が、光の腰にしがみついていて。全然力が入らなくって。光の腕が、自分の背中に添えられていて。心臓の音がばればれになっちゃってて……!


何、これ! 本当に、もう、頭の中がぐっちゃぐちゃ……!


「おい、いつまで貼りついてんだよ!」

 光が遥の両肩を掴んでぐいっと引き剥がすと、遥は顔を真っ赤にして、今にも泣き出しそうになっていた。

暴力を振るうし、髪型も性格も女らしくはないが、一応、恋する乙女である。そんな彼女にとって、さっきの言葉は心のナイフだったのかもしれない……。

 光は、耳元に垂れた金髪を掻き上げ、そのまま、うなだれる首を揉んだ。

「……悪かった。俺が、言い過ぎた! お前はそんな、顔は悪くねぇんだからよ。髪伸ばして女みたいな服着りゃ、普通に可愛くなるっつーの。だから、まあ……お前はとにかく、一途でいろ! イノシシトッシンなところが、お前の唯一の取り柄なんだからよ」


 それを言うなら、猪突ちょとつ猛進もうしんである。

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