足下に絡まる木の根を、体に襲いくる木の根を、八の字を描き殲滅しながら、ピンク色の輝きとなって、遥はカンジュに突っ込んだ。
カンジュは、幸輝と刃を重ねて押し合っていた。幸輝の背後から、手首めがけて伸びる閃光に、カンジュは咄嗟にヒールを蹴って、背中を反らす。遥の刃はうまくよけたが、がら空きの胸を、幸輝の刃が捕らえていた。黄金色の刃が、一直線に、カンジュの胸を浅く斬りつけた!
だが、幸輝は気付いた。これは、木だ。
みるみるうちに、カンジュの体が、枯れ木になっていく。つまり、最初から、いや、いつの間にか、だろうか―アダザクラの幻想を見せられていたというわけだ。
だとすると、カンジュの本体は――。
考える間も、見渡す間も、二人にはなかった。二人の足に、細くも頑丈な木の根が絡まりついたのだ。ぐいっと体が引っぱられる。ドスンと尻餅をついて、二人は、「いったぁ!」と一緒に叫んだ。いつのまにか、手首にも木の根が絡みついている。まずい。刀を動かすことができない!
二人は、赤い森の奥へと引きずり込まれていった……。
アダザクラの硬い刃に食ってかかりながら、光は、体中から風を噴き上げた。息ができないほどの風がアダザクラの仮面を揺らす。いよいよ足も耐え切れなくなり、やつは目を細め、風に押し出されるまま、地から脚を離して後退した。
「食らいやがれ!」
光が手のひらを振りかざし、風の刃を潜めた竜巻を巻き起こす。だが、やつの体を絡めとった途端、やつの体はバラバラになって、散った。肉片が、血潮が、桜の花弁になって、むせかえるような桜の香りとともに、光の顔を覆う。「うぇっ!」と右腕で拭い、目を開くと―かちゃり。
こめかみに、冷たい音が押し当てられる。眼球を左に動かして、敵を見る。
だが、それは、敵ではなかった。
敵なはずがない。大切な人。時間が戻るなら、もう一度、会いたかった人―。
「なお、え…………」
「よぉ。久しぶりだな、光」
息ができない。心臓がばくばく動く。嘘だ。そんなはずない。だけど……。
いつものいやらしい笑み、しわくちゃなスーツ、手入れされない無精髭、橙色の煙草の火。
嘘じゃない。本当だ。本物だ……!
生きて、いた。そうだ、あんなの、夢だったんだ。生きて、いたんだ―!
直江の顔に手を伸ばす。視界がぼやけてよく見えない。
直江の指が、引き金にかかる。
ダン!
セツカの足が、高く、直江の腕を蹴り上げた。直江の体が散り散りに、花弁みたいに散っていく。
――ああ、やっぱし。やっぱし、そうかよ……。
光は、ぐっと唇を噛むと、飢えた獣のような目を剥いた。ありったけの力で、セツカの肩に掴みかかる! 爪が食い込み、ほんのわずか、袖に血がにじむ。
「てめぇ、神宮団……。直江を、直江たちを……! ゆるさねぇ!」
「いッた……! 離しなさいよ! 私たちがもめてる場合じゃないのよ!」
「うるせぇ! 何が仲間だ、神宮団! 俺の大事な人を傷つけたやつは、絶対、絶対に、赦さねぇ! また、俺の大事な人たちを、てめぇらは、殺すつもりなんだろ! これ以上、させねぇ! てめぇらは、ここでぶっ潰す!」
光の体から、黒い風がぶわりと吹き上がる。セツカはギリッと歯噛みすると、素早く右足をまわして、光の左脇腹を蹴り飛ばした。結構な衝撃。光の手がするりと離れ、体がふらりと揺れる。
その脇腹の背後から、黒いナイフが素早く伸びた。
わずかなかすり傷に、一瞬ぎゅっと瞼をつむり、目を覚ました時。光は、やっとハッとした。
光の背後を狙ってきたアダザクラの手首を、セツカが掴み、押さえていた。だが、アダザクラのナイフは、セツカの脇腹に、ずぶりと突き刺さっていた!
「セツカ!」
「貼りなさい!」
かすれた声に促されるまま、光は慌てて封印札を取り出した。しかしアダザクラは、ナイフを勢いよく引き抜き、ハイヒールを蹴って、華麗に宙を舞い、後退してしまった。
ぼたぼたと、赤い露が落ちる。セツカの傷は深くはないが、どくどくと血が溢れていた。
「おい! 大丈……」
「黙って。触らないで。離れて。汚い」
目も見ず、四連フルコンボ。光は言葉を失った。
だが今は、言葉を探している場合ではない。
セツカの目線の先には、余裕の笑みを浮かべるアダザクラが、セツカに手のひらをかざしていた。
「あんたは、私たちの手では殺さない。だってそんなことをしたら、鬼神様への奉納品の一部になってしまうもの。あんたは鬼神様に奉納する価値もない裏切り者。だから、ここで、自害なさい」
アダザクラの右手中指の石が、黒い手袋から透けて輝く。
セツカの瞳に、赤黒い何かが注ぎ込まれる。
セツカの中から、忌まわしい記憶の海が流れ出した……。
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