陰陽醒戦ブライトネス!

-戦鬼伝×陰陽道外伝-
鈴奈
鈴奈

公開日時: 2021年6月4日(金) 20:00
文字数:3,830

三日後、水曜日。陰陽武士の稽古の日である。


 幸輝は、順調に成長していた。刃も、シズクサマとの戦いで放った時と同じくらいの輝きを、常に保てるようになった。体裁きも上達し、素早く間合いを詰めたり、相手の動きを見切って反応したりできるようになってきた。刀と一体になっている感覚も、確かなものとなっていった。

だが、遥にはまだまだ遠く及ばない。遥は、大人の陰陽武士たちの誰にも負けないし、陰陽刀を使って守護術を練ることもできる。刃の切っ先を地面に突き立てて、霊力を花の形にし、その周囲の全ての鬼と鬼人の力を無効化する、及び、近づけなくする、あの技である。あれはどんなに霊力があっても、うまく流し込まねば成功させることができない、難しい術だ。幸輝は、ひたすら練習を繰り返した。休憩時間も、カン、カン、と失敗を繰り返していると、昭治がやってきて、ひそひそ助言をしてくれた。

「きちんと流し込めているよ。あとは、それを保つことを意識しながら、守りたいって心を強くしてごらん」

 幸輝は、お腹に力を入れて、念じた。


守りたい、守りたい、守りたい、守りたい、守りたい――!


胸がぐっと力んだ、その瞬間。なんと、足下の霊力が花らしい形で浮かび上がった! 一瞬のうちに消えてしまったが、幸輝はとても嬉しくて、ぱあっと昭治を見上げた。昭治も、満足そうに笑い返す。

「いい調子だね! こうちゃんは本番に強いところがあるから、大切な人の顔を思い浮かべて、守りたいって強く想うといいかもしれないね。さて、誰の顔が思い浮かぶ?」

 誰だろう。考えながら目を泳がせると、遥の顔が、目に入った。遥はつんと唇を尖らせて、じとっと昭治を睨んでいた。遥が幸輝の方に目を動かそうとした途端、幸輝は、ぱっと目をそらした。幸輝を観察していた昭治が、確かめるように後ろを見ると、父娘はばっちり目が合った。だが、遥はすぐに、そっぽを向いた。そして、尖らせた唇はそのままに、道具をしまいはじめてしまった。稽古はまだあと三十分残っているというのに。

「あれ? はるちゃん、どうしたの? 具合悪い?」

「別にいいでしょ。どうせお父さんは、あたしに何にも教えてくれないんだから」

 遥は、剣裁きも体裁きも難易度の高い守護術も、全て、我流で獲得したらしい。どんなに教えてもらってもなかなか体得できない幸輝にしてみたら、すごいことだと思うけれど……。

「じゃあ、ストーブつけて、温かくしててね」

 昭治は優しく言葉をかけた。しかし。

「お父さんのバカ! 分からずや! 大っ嫌い!」

遥は顔を真っ赤にしてそう叫ぶと、ビシャンと扉を勢いよく閉め、走り去ってしまった。

ふ、とさみしそうな息が聞こえる。見上げると、昭治が静かに微笑んでいた。

「ついにきちゃったか……。いやあ、うちにセッちゃんがいてくれて本っ当によかった! セッちゃんが手厳しいおかげで、随分慣れていたからね。このくらい、へっちゃら! セッちゃんにありがとう! はるちゃんの反抗期にありがとう! はるちゃんの成長に、ありがとう!」

合掌を天高く掲げる昭治を、幸輝はぽかん、と眺めた。眺めながら、いいな、と思った。

あんな態度をうちでとったら、こぶしでずん! だ。怒鳴られて、ああしろこうしろってがみがみいわれて、こちらの気持ちや考えなんて、結局全部押し潰される。何も言われないなんて、羨ましい。それなのに、どうして遥は、あんなに不満そうなのだろう? 幸輝は不思議でならなかった。


 だが、遥が出ていって、幸輝は正直、ほっとした。昨日、あんな恥ずかしいことがあったから、なんとなく気まずかったのだ。

 

心穏やかに三十分の稽古を終える。光ももう迎えにきているはずだ。

 安心しきって身支度を整え、道場を出ると――突如、誰かに、後ろからマフラーを引っ張られた!

いわずもがな、遥である。

首が締まって息ができない! そう言いたいけど、声も出せない!

遥は幸輝を引きずって廊下を走り抜けると、パンッと最奥の部屋を開けて、幸輝を中にぶん投げた。哀れな幸輝が「ぶぇっ」と畳に転がって、大の字に伸びる。やわらかくて甘い女の子の香りが、体中を包み込む。

これ……セッちゃんの香りだ!

慌てて体を起こし、右を見る。ワンピース、ブラウス、スカート……。丸窓が隠れるくらい、たくさんの少女服が釣り下がっている。壁端に置かれた棚の上には、鏡やドライヤーが置かれ、お化粧品やマニキュア、香水瓶がびっちり並んでいる。棚の中にも、服がいっぱい詰まっている。

まごうことなき、女の子の部屋!

はじめての空間に、幸輝の心臓はドッキンと跳び出しそうになった。

「じろじろ見ないでよ。気持ち悪いわね」

セツカの声が左からする。ハッと視線を移すと、襖の前に、遥とセツカが立っていた。

幸輝はまた、ドッキンとした。――はるちゃん!

さっきのこともあるし、やっぱり、なんとなく気まずい……。

だが遥は、幸輝の前に膝をつくと、ずいっと身を乗り出して、いつもの調子で正義を爆発させた。

「相談があるの! セッちゃんの腕輪のこと!」

「えっ……。でも、ひかっちゃん待ってると思うし……」

「まだきてない! だから、聞いて!」

遥の勢いに押され、幸輝は右下を向き、渋々承諾した。

セツカは朝栄家に居候して一年と約半年、じっくり時間をかけて、心の氷を溶かしつつあった。はじめは拒絶的だった態度も和らぎ、おかずも二品、つくってくれるようになった。昭治の仕事も、花に水をやる程度なら手伝ってくれる。遥とのお風呂や買い物だって、いやいやではあるが、付き合ってくれる。昨日はそのことを、証拠写真を用いて朗々と説いたのであるが、聡一郎は結局、首を縦には振らなかった。

「この腕輪があれば、セッちゃんは鬼や神宮団には襲われないよ。でも、もうこのごろは神宮団もめっきり来ないじゃん。それなのに縛り続けるなんて、この腕輪、セッちゃんを信用していないって言ってるようなもんじゃん! 見えない紐で繋がれてるっていうのも、セッちゃんの自由を奪ってる。あたしは、セッちゃんを自由にしたいの!」

 おずおずと、遥の向こうにいるセツカを覗き込む。セツカは、青いマニキュアで塗り固めた爪を弾いていた。ブルーのワンピース、リップで桃色に色づく唇、黒いマスカラで長く厚く飾られたまつ毛。幸輝はそれを「大人っぽいな……」とぽんわり眺めた。だが、大人びたお洒落の一方に、生きていくための虚勢を見た気がした。彼女の裏側に弱さを見つけた幸輝はたちまち、セツカの伏した細目が、憂いを帯びているように見えてきた。

 聡一郎がどういう意図で外さないのかは分からない。いくら聞いても答えてくれないのだ。しかし、遥の言う通り、この腕輪はセツカの自由を、そして笑顔を奪っているように思えた。

「お父さんは任せなさいって言うけど、失敗続きなんだもん。もう、お父さんなんかに任せておけない。あたしたちでやるしかないよ! だからね、こうちゃんパパがセッちゃんを信用してくれるように、作戦を考えよう!」

 遥の強い眼差しが迫る。幸輝は胸がドキッと鳴って、慌てて目線を泳がせた。むずむずするのを隠すように、鼻の付け根のあたりから「んー……」と潰れた音を出す。

「……神宮団の情報を、お父さんに教えるとか? この前教えてくれた蒼龍様の居場所とか」

「言ったわ。他の活動についても、全部話した。でも、だめだったわ。あと言ってないのは、神宮団のアジトの場所くらいよ」

 だが、セツカはアジトの場所をよく覚えていなかった。神宮団は、記憶を操作するために香を焚きしめる。その影響なのかもしれない。

「でも、そこにいくまでの景色とかは、なんとなく覚えてるんでしょ?」

「まぁ、ぼんやりとは。……あんたまさか、私に連れていけって言うんじゃないでしょうね」

 遥は屈託なく、にっこり笑った。

「言う! 連れてって!」

「ちょっとタンマ!」

叫んだのは幸輝だった。目線を移してきた遥から、さっと顔をそむけて続ける。

「それは、さすがに危ないよ……。せっかく向こうから来ることがなくなったんだから、こっちから襲いに行かなくたって……」

「襲わないよ! 目的は、セッちゃんを信用してもらうことなんだもん。まあたしかに、神宮団を倒して、もう活動しませんって約束させて解散させれば、世界の平和は守られるし、セッちゃんも命を狙われなくなるけど、さすがに四人じゃ難しいでしょ?」

「四人? おれと、ひかっちゃんと、はるちゃんと、セッちゃん? お父さんたちは?」

「行動するなら四人だよ! 反対されるに決まってるもん」

 おったまげ! 幸輝はひっくり返りそうになった。セツカは呆れて言葉もないという顔をしながら、青く塗られた右手中指の宝石を親指でこする。

「行きながら地図描いてさ、写真撮って帰ろうよ。それだけ体張って証拠をもってけば、聡一郎さんだって納得してくれるでしょ!」

 幸輝は、「えぇ……」と渋った。……でも、まあ、写真を撮って帰るだけなら、日中に行けば問題ないか。それに、幸輝も、セツカを笑顔にしたい。父のことは、たしかにすごい人だと思う。だが、セツカを信じず、縛り続けていることについては、意味が分からないし、正直ちょっとムカついていた。これでセツカに自由が戻り、心からの笑顔を見ることができるなら、やってみる価値はあるかもしれない。

だんだんとその気になってきて、幸輝は顔をそむけたまま、軽く「うん」とうなずいた。

 光もきっと、「やってみっか」と承諾してくれるだろう。幸輝はそう信じて疑わなかった。

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