陰陽醒戦ブライトネス!

-戦鬼伝×陰陽道外伝-
鈴奈
鈴奈

公開日時: 2021年5月21日(金) 20:00
文字数:1,988

足音が遠くなったのを確かめると、遥は光をキッと睨んで、激しく手招きした。

遥は背が低いので、縁側に立って並んでやっと、光と同じくらいの高さになる。遥は少しだけ腰をかがめて、光のピアスだらけの耳に、ひっそり唇を近づけた。

「こうちゃんの好きな人、聞いてくれた?」

「あ、聞いてねぇ」

「なんで? じゃ、こうちゃんがあたしのコト、どう思ってるかは?」

「あー、それも聞いてねぇ」

「なんでよ! けちけちけち! バカバカバカ! ひかっちゃんの、バカッ!」

バッシーン! 

 重い平手の一撃が、光の肩甲骨を鈍く鳴らす。光は転びそうになりながら、「ってぇー!」と本気で吼えた。骨の奥がガンガン痛む!

「協力してくれるって言ったじゃん!」

「あぁ? 言ってねぇよ! てめぇが一方的に押しつけてきただけだろ!」

「でも、分かったって言ったじゃん! ケチ! バカ! 聞いて! 今日、絶対、聞いて!」

「自分で聞けよ、そんなもん!」

「あたしが聞いたら、こうちゃんのこと好きってばれちゃうじゃん!」

「しらねーよ、ばらせよ!」

「はぁ? ひっどーい! 人の恋路を邪魔するやつは犬に噛まれてシネって言葉、知らないの?」


 それを言うなら「馬に蹴られて死んじまえ」である。


「別に、邪魔してねぇだろーが! てめぇみたいなしょんべんくせぇ野蛮なガキに割いてる時間はねぇっつってんだよ!」

「はぁあ? んもう! 怒った!」

 遥の両手が、怪獣のように、がっと襲いかかってくる。光は即座に、遥の指の隙間に自分の指を突っ込んで、両手をふさいだ。互いにぎゅーっと手を潰し、押し相撲をしていると、遥の脚が、光の急所を蹴り上げた。

「ッヅァア―!」

全身をがつんと巨大ハンマーでぶっ潰されたような、いや、そんなもんじゃない、言いようもない、すさまじい痛み……! 目の中が、頭の中が、真っ白になる。両手の指がびくっと跳ねて、光はぐらりと、その場にうずくまった。喘ぎながら、何人もの不良をひるませてきた真っ黒な三白眼に凄まじい怒りを込めて睨み上げる。しかし遥は、ふふんと勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

「てめぇ……ぶっ殺す……!」

「やれるもんならやってみれば?」

光は怒りのままに右手中指を輝かせた。額から一角が伸び、その身一体、憎悪の闇がまとわれる。光は、こめかみの脇にあった遥の足首を掴むと、そのまま、勢いよく後ろの方に放り投げた。鬼人の力を解放すれば、身体能力も治癒力も段違いに上昇する。子ども一人、五十メートル先の大木に打ちつけるくらい、ちょちょいのちょいだ。

だが、遥は、軽々身をひねらすと、大木の幹に両足裏をくっつけた。そのままわずかに身を縮め、思い切り蹴ったかと思うと、光めがけてびゅんと飛んだ! 

 まじかよ、ただの人間だろ、オイ! と、驚愕したのが命取り。

 遥の左手が光の肩をずんと押し込み、その反動で空中前転。着地前に身をひねらせ、硬い右こぶしで裏手打ち!

しかし、光は顔面すれすれのところで、遥の右手首を掴んでいた。着地と同時に動こうとした左手首も、思いっきり締め上げる。凄まじい蹴りの連打を、だぼついたジーパンで素早く防ぎまくる。

「痛い! 離して! 女の子に手ぇ出すなんて、信じらんない!」

「うるっせぇ! 男の急所を蹴り上げるようなやつは女でも何でもねぇ! 極悪人だ、この野郎!」

「なにぃ! 悪いのはそっちでしょ! この、野良犬!」

「ンだと、この……!」

 ぐっと力を入れて、ひねってやろうと思った、その時。

「やだもー、はるちゃんったら! 男の子と手なんか繋いで! あぁ。お父さん、なんだか涙出てきちゃった……。はるちゃんがお嫁に行っちゃう……」

 昭治と幸輝が、縁側沿いの大居間に立って待っていた。いつの間にいたのだろう。お互い夢中で、全然気が付かなかった。

「違うもん! 離してよっ!」

遥の重い右足が、光の腹の骨をゆがめる。あばら、ヒビ入ったんじゃね? そう思うほどの一撃。もう一発食らったら、確実に折れる! 光はぱっと手を離し、角をおさめた。

 遥は幸輝を目にすると、今にも泣きそうな顔で、瞳と眉根をぷるぷる震わせた。

「……違うもん、そんなんじゃないもん……! ひかっちゃんなんて、好きじゃないもん! バカ! こうちゃんのバカ! 勘違いするなんて、ひどい! ノータリン!」

遥の足下にあった座布団が、幸輝の顔面に跳んでいき、軽い電気をほとばしらせる。幸輝はただ、二人の激しい攻防をに心を奪われていただけなのだったので、もう、何が何だか分からない……。

畳の上で永遠にもひもひ鼻を動かすペチカを抱き上げ、ぼろぼろ涙を流しながら、遥は居間を飛び出していった。ただただ放心する幸輝と光に、昭治はにっこり微笑みかけた。

「はるちゃんと仲良くしてくれてありがとうね。気をつけて帰ってね。お裾分け、本当にありがとうございましたって、奥さんによろしく伝えてね」


 ゆっくり幕が閉じていくような口調に、二人は声を揃えて「あ、はい。さようなら」と答えた。

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