陰陽醒戦ブライトネス!

-戦鬼伝×陰陽道外伝-
鈴奈
鈴奈

公開日時: 2021年5月28日(金) 20:00
文字数:2,992

朝栄神社から応援要請の式神が飛んできたのは、その日の深夜二十三時二十二分のことであった。

 朝栄神社に駆けつけた隙に、影宮神社が襲撃される可能性もあり、光が朝栄神社に向かうことになった。


「世界を危機に陥れようとするやつには、厳しく」。聡一郎の言葉を胸に刻み、光は一人、空を駆けた。


社務所の上に着地すると、朝栄神社の広い参道に、黒装束の鬼人―または人型の鬼か、よく分からない者が四人、遥と五人の弟子たちと対戦していた。昭治は、本殿を守るように、階段に足をかけ、月光を映す眼鏡の奥から、戦いの行方を見据えている。

 弟子のうち二人の男は、淡い白光を刀身にまとう陰陽刀を振るっていた。一方は問題なさそうだが、もう一方は痛手を負って、苦戦している。脇腹の流血を押さえ、うずくまる男に、黒装束が黒い刃を振り上げ迫りくる。光はタッと飛び発ち、黒装束に手のひらを向けた。たちまち、暴風が黒装束の体を勢いよく押した。黒装束は、大木の幹に背と後頭部を打ちつけ、「グッ」と鳴った。

「式神、捕縛! 急急如律令!」

 光の指から放たれた式神が、紐になって、黒装束と大木をひとつにまとめる。ザクッという嫌な音が聞こえ、右に首をまわすと、日本刀を構えた弟子が一人、腕を斬られて血を流していた。一緒に戦っていたもう一人の弟子が、日本刀で敵に斬りかかっているが、黒装束は腕が鋼なのだろうか、びくともしない様子である。

「式神、捕縛! 急急如律令!」

 光が再び、式神の紐を飛ばす。鋼の右腕に巻きつけ、ぐいと引っ張ると、黒装束は少しバランスを崩した。それをチャンスに、弟子は下がり、間合いを取った。手に持っていた紐の端を近場の大木に巻きつけ、光は無傷の日本刀男に、「二人の怪我を頼みます!」と叫んだ。捕縛の紐は、どんな力を使おうと、どんなに刃を立てようと、術をかけた者、つまり、光にしか解くことはできない。光はこの二人を放置して、光の名前を呼ぶ方へ、びゅんと飛んだ。陰陽刀を振るうもう一方の弟子が黒装束に勝利し、組み伏せ、両手を掴んでいたのである。光は再び「捕縛」を唱えると、黒装束の手首を巻きつけ、紐の端を弟子男に投げ渡した。そのまままっすぐ、遥の方へ飛んでいく。

 遥は、背の低い彼女にはあまりに長すぎる、三尺の太刀を悠々と構えていた。ピンク色の輝きを激しく放つ湾刃に、山茶花の模様が浮かび上がっている。対峙する黒装束は、陰陽刀を前に、手も足も出ない、といったところなのだろうか。腰を低めて構えつつ、体をわなわな震わせている。

「遥! 応戦するぜ!」

 隣に着地した一角鬼をちらりっとだけ目に映し、遥は、唇だけで微笑んだ。

「大丈夫! 捕縛担当のひかっちゃんがこっち来るの、待ってただけだもん。じゃ、捕らえてくるね。ちょっと待ってて。名前呼んだら、捕縛出してね!」

 左足をガッ! と蹴って、遥が敵に飛び込んでいく。硬い地面が、深くえぐれた。

遥は、たしかに強い。陰陽刀も、鬼の前では無敵である。そうとはいえ、実践は光に比べてまだ浅い。

何か、力になってやらねば! 光はまっすぐ手を伸ばし、風を吹かせた。遥の背中を押すために。だが、風が遥に到達する寸前。遥の体がくるりと回転し、ピンク色の閃光が、鮮やかに、風を斬った。

「間合いが変わる! 邪魔しないで!」

体の中に、風がぶわっと戻っていく感覚が走り、光は思わず、身震いした。これが、陰陽刀の、鬼や鬼人の能力を「無効化」する力……。

遥はもう半回転すると、地面に右手をついてトンと跳ね上がった。黒装束が真っ黒な手袋を振り上げると、ワンテンポ遅れて、遥が空中にピンクの線を刻みつけた。金属がこすれ合う音が響いたかと思うと、ぼとぼとと三本のナイフが地面に落ちた。おそらく、この黒装束の力は、物体を『透明化』するものなのだろう。見えないナイフを、遥がどう見極めたのか、それは誰にも分からない。

遥は再び右手を地につき、小さくかがむと、黒装束の足下に素早くまわり込み、背後から、煌々と輝く刃文を腹に滑らせ、切っ先を喉元に近づけた。黒装束は石のように固まって、びくともしない。

「ひかっちゃん! 足首!」

「式神、捕縛! 急急如律令!」

 式神の紐が、シュルシュルと黒装束の足首に巻きついた。ぐいっと引き寄せると、黒装束はどしんと倒れ、背中と頭を土にぶつけた。

封印札を飛ばして貼りつけ、透明化の力も封じ込めた。

ずるずると手繰り寄せると、黒装束のフードがめくれた。やつは、黒い仮面で目元を隠した女だった。しかし、目は赤くないし、角も、牙もない。つまりやつは、鬼ではないのだ。

二人は、困惑した。影宮神社にも朝栄神社にも、以前二度ほど、黒装束のやつらが襲ってきたことがあった。しかし、いずれも人型の鬼だった、はずだ……。

光が手繰り寄せるのをやめ、紐の端をナイフで地面に留める。やつは、空いた両腕で地面を掴み、上身を起こそうと指を動かした。すかさず、遥の刃がやつの首元に伸びる。

「動かないで! 教えて、あなたたちは鬼人? 何かの集団? どうしてあたしたちを襲うの?」

 やつは、唇を開かなかった。強く噛み締める唇を、ただ、わなわな震わせていた。額から一筋、冷たい汗が流れ落ちていくのが見えた。

その時。やつの右手が素早く腰にまわり、短いナイフを抜き取った。光は、ハッと察した。あのナイフの握り方は、遥を狙ってはいない。反対方向―自らの腹部へ伸ばそうとしている!

「遥! 見るな!」

 光は、飛び出した。左手のひらを、遥の瞼と額にあてる。そのまま遥の背後にまわり、後ろ頭を引き寄せる。遥の視界は、がっちりと暗闇に閉ざされた。


 ――はぁっ? 何、これ! ひかっちゃんの手が、力強く顔いっぱいに触れて……! それで、後ろ頭に当たってるの、これ、何? ……ひかっちゃんの、胸? 信じらんない! ナニコレ! ちょっと! 信じらんない!


 遥の鼓動が、高く、大きく、ドクドクする。心臓を、体を、突き破ってしまいそうなほどに。頭の中が真っ白で、息もろくにできなくて、遥は泣きそうになりながら「離して!」と叫んだ。目元を覆う方の手腕を掴むも、鬼人の状態だからだろうか――びくともしない。パンパンに張っている筋と、熱い皮膚と、太い骨が、遥の小さな手のひらをときめかせる。ますます息が苦しくなって、遥は「離してってば!」と、光の脇腹めがけ、左肘をお見舞いしようとした。だが、大きな右手に捕らえられ、遥はますます泣きそうになった。

「いいから、黙って待ってろ! 子どもが見るもんじゃねぇ……!」

 黒装束の女は、自らの腹部を斬り裂いた。だが、自害したのは、やつだけではなかった。大木に括りつけていた黒装束の男も、舌の下に隠していた刃物で自らの舌を切った。そして、鋼化の男も、自らの右手を巨大なハサミに変え、自らの首を……。鬼人は命が尽きると、砂になって跡形もなく消える。しかし、命が尽きるまでは、のたうちまわる断末魔も、噴水のように溢れる血液も、痙攣しながら硬直してゆく肉体も、ひどく、むごいものである。

 全ての体が砂になった時、一人の少女の細い声が悲痛に響いた。

「いや……! 私は、いやよ……! 死にたく、ない……!」

 遥から手を離し、光は、黒装束の少女を見据えた。

遥も、大きく息を吸い込んで、目元にこびりついた光の汗と、にじんだ涙をごしごしこすってから、昭治の弟子に組み伏せられる少女を瞳に映した。


少女は、静かに、震えていた――。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート