【東京イマジン】

現実改変ARバトルロワイヤル
Hyronet
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〈イマジレイド〉への招待

公開日時: 2022年1月30日(日) 11:27
文字数:2,576


 〈私立星野学園〉のある、神奈川県川崎市。

 未曾有の〈第三次世界大戦〉から、二十五年が経っていた。

 終戦の決定打となった、東京への〈非殺傷性大規模ナノマシン兵器〉の投下により、かつての首都が完全に機能を失って以来、水際で被害を逃れた川崎は日本でも有数の大都市となっていた。

 大幅に力を失った日本という国は、各大国、そして国家という枠組みを越えた多国籍巨大企業群の思惑が複雑に絡み合うモザイク地帯となっていた。


 政治の混乱。経済の崩壊。未だ混沌としたままの昨今。当然、都市の治安は悪い。

 とりわけ川崎の元工業地帯に聳えるスラム〈川崎九龍城砦〉周辺などは、盗み、殺し、何でもありの無法地帯・・…日本最悪と言っても過言ではない。

 しかし、中心地から少し内陸に離れればのどかで緑も多く、表面上は昔とそれほど変わらない日常が流れていた。

 この〈星野学園〉がある地域などは、まさにそののどかさの象徴とも言えるだろう。


 校舎三階、高等部二年一組の教室からは、ほのかに紅葉した木々が風にそよぐ景色が見て取れる。

 しかし、その趣深い景観とは裏腹に、窓際に座った少年〈長井代助〉は『むすーっ』とした表情で頬杖をついていた。


「ちくしょう、あのチンピラめ。思いっきり殴るわ蹴るわ……。三日も経つのに、お陰で口が痛くて飯が食えねぇ」


 小声で呟く代助の顔は、眼の上や頬に青タン、至る所に絆創膏と、満身創痍と言った感じだった。


『命があるだけ感謝しろ。まったく……。これに懲りたら、その変態性を改めることだな』


 姿の見えない男の声が、代助だけに聴こえるくらいの声量で言う。


「人の生きざまをとやかく言われたくないね」

『警察の介入で、少女たちは保護されたようだが……。大本の〈白虎組〉まで壊滅するのは今の彼らには難しいだろうな』


 このご時世、警察の治安維持能力は著しく低い。警官は平気で賄賂を受け取るし、軽い犯罪程度では動こうともしない。

 市民を守ることよりも、マフィアや犯罪組織と持ちつ持たれつ、どうやって私腹を肥やすかしか頭にないのだ。


「ま、ねーちゃん達を助けられただけでも結果オーライだろ」

『しかし、あの悪党のリーダーにお前の素顔を見られたからな。素性を暴かれたり、面倒なことにならねばよいが……』

「まさか。だいたい、〈正義の白マント〉がこんなところで普通に高校生活を送ってるとは思わねえよ」

『思い切り制服を着とっただろうが。だから着替えてからにしろとアレほど──』


 男の声が説教モードに入りかけた時、代助は後ろから声を掛けられた。


「よう。また独り言か? だからモテないんだぞお前は」


 先ほどまで席を外していた級友、太田はじめのからかうような口調に代助は、


「癖なんだよ。ほっとけ」と肩を竦める。

「それより、次の授業は陽子ちゃんだぜ。今日一日の唯一の癒やし……!」

「む……!? そうだった、忘れてた! くそ、前の奴と席変わってもらっとくんだった!」


 代助が腰を浮かせるのと同時に教室前方のドアが開いた。


「はーい、席につきなさーい」


 そう言いながら入ってきたのは女性教諭。それも、スラリとした長身に出るとこは出たナイスバディの美人教師だ。

 顔立ち自体はキツい印象というよりはどちらかと言うと温和そうなタイプで、意外にもロリロリしい声も相まって、そのギャップがまた青少年のリビドーを刺激する何かを醸し出していた。

 はじめが、前のめりで鼻息も荒く、彼女の肢体を凝視する。


「たまらんなぁ! 国語教師、南海陽子!」

「ふふ、落ち着き給えよ、太田くん。紳士たるもの、〈エロス〉はもっと粛々と享受するべきだぜ?」

「鼻血出てるぞ、代助」


 ……目を血走らせて胸やら尻やら脚やらに視線を上滑りさせる二人を見て、南海教諭は腰に手を当てて苦笑いした。


「はい、そこの思春期大爆発の二人も、学習端末を出しなさい。もう」

「うっす」

「へ~い」


 代助もはじめも、大人しく机から折り畳み式の液晶端末を取り出し、表面上は真面目に授業を受ける様子を見せた。怒らせると結構怖いのだ、この先生は。

 代助が南海の肢体を眺めながらよからぬ妄想を多角的かつ濃厚に繰り広げていると、その時、視界の隅に四角いアイコンが現れて明滅した。


(お……?)


 ARデバイスにメッセージが来た通知だ。

 教諭の目を盗んで視界の隅にこっそり指を運び、アイコンをタップする。

 代助の視界に、自分だけが見える半透明のスクリーンのようなものが現れ、様々な情報を表示していった。


 AR──拡張現実型のスマートデバイスは、今や全ての人の生活において必需品とも言える代物だ。

 スマートフォン全盛の時代に突然現れるやいなや、瞬く間に世界中に広がっていった。

 脳波とリンクすることにより、個人認証、電子通貨、ネットワーク通信などの様々な機能を、視覚や聴覚を介したARインターフェイスによって享受することが出来る。

 代助が装着しているモデルは、小さな本体を片耳にかけるタイプのものだ。

 ここの学生も、殆どの生徒が自分のものを所持していて、学校からの連絡などもこのデバイスを通して送られてきたりする。

 一応、学校内では電源を切る規則だが、まぁ当然殆どの生徒が守っているはずもない。


(メッセージ……?)


 代助がメッセージ機能を選択すると、受信済みのメッセージ一覧が開かれた。殆どが、友人や家族などとの当たり障りのないやり取りだ。


「……ん?」


 代助は新着として表示されたメッセージのタイトルに違和感を覚え、思わず小さな声を漏らした。

 タイトルはこうだ。


【長井代助様 並びに 宇宙の戦士・オリハルコン様 〈ゲーム〉へのお誘い】


「な……ななな、なにぃぃぃぃ!?」

『何だとぉぉぉぉぉ!?』


 突然大声を出して立ち上がった代助に、教室中の視線が集まる。

 目の前のメッセージは、代助の激しい動きに反応して自動的に不可視化されていた。


「ちょっ……。びっくりした。どうしたの長井くん。授業中よ?」


 南海先生が、教科書用の液晶端末を持ったまま目を白黒させていえう。

 教室がざわついていた。


「ねぇ、何か今、変なおじさんの声聞こえなかった?」


 一人の女子生徒が隣の友人にヒソヒソと話していた。


「あ……えーと…………」


 代助は冷や汗をだらだら流しながら言い淀み、


「か、下腹部を切ない鈍痛が襲っているので保健室行ってきまーーす!!」

「あ! こら……!」


 南海教諭の制止も聞かない内に、教室を飛び出していった。


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