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その三日後の深夜十一時。
代助は着慣れたパーカーに身を包むと、こっそりと自宅から抜け出した。
この時間、中心街の方ならば宴もたけなわと言った時間帯だが、深夜の住宅地はさすがに人通りもなく、しんと静まり返っている。
代助は薄暗い公園のベンチに座ると、ARデバイスでメッセンジャーを開いた。
今日の昼間に届いた、ある既読済みのメッセージを読み直す。
「続報が届いたのはいいけどよ。まさか時間が深夜〇時で、しかも場所が〈オールド・トウキョウ〉とはなぁ……。あそこ、今はG社が管理する〈巨大無人都市〉だろ?」
かつての首都東京は、ナノマシン兵器によって機能を失い、その中心部は完全な廃棄都市となっていた。
G社のテクノロジーによってナノマシンが除去された後も、G社は『国からの委託』というていでオールド・トウキョウの管理を続けている。
都下や外縁部には、今も頑なに住み続ける人がいるが、そうした例外を除けば、トウキョウは殆どの人にとって大戦の記憶を思い起こさせる〈近寄りたくない土地〉だった。
『うむ。いかにもきな臭いシチュエーションだな』
「何だよ。お前、今回のことやっぱり疑ってるのか」
『念のためだ。杞憂で終われば、それに越したことはない』
「ふーん。……ってーか、〈オールド・トウキョウ〉なんかに行って、ナノマシンに感染しないだろうな?」
『データ上では、完全に除去されているはずだ。心配なら定期的にARデバイスのナノマシンカウンターを確認しろ』
「へいへい」
代助は生返事をしながら、これまで数えるほどしか起動したことの無いその機能をどこから呼び出すのか思い出そうとした。
呼吸などにより体内に取り込まれた非殺傷型ナノマシンは、ある一定の濃度までであれば、身体の代謝によって外部に排出される。一定の濃度を超えると自己増殖を始めるのだ。
その濃度を検知するのがナノマシンカウンターと呼ばれる機能だ。
除去技術によりナノマシン兵器が陳腐化しかけている今、もはや無用の長物となった機能だが、ARデバイスには必ず搭載されるのが慣習となっている。
『それより、〈正義感〉を切らすなよ。何度も言うが、お前の中の〈正義感〉が増幅されるほど俺はお前に力を貸せる。逆に、この前のように、お前のその変態的欲望が心を支配すれば、力はゼロになってしまうんだぞ』
「誰が変態だオイ」
『お前だお前……。数日間で微量の正義感はチャージされているが、チャージ分を使い切れば再変身もままならん──』
「わあってるって」
代助は手を振ってオリハルコンの言葉を遮った。
「俺だって、この街の現状に納得してるわけじゃねぇさ。俺の出来る範囲でお前に協力もする。前に、そう言ったろ?」
『…………そうだな。すまなかった』
代助は伏し目がちに「ふ……」と微笑を浮かべると、
「……まぁ、今回の目的は酒池肉林だけどね」
『やっぱりか変態』
「さて……」
代助はオリハルコンの抗議を無視しておもむろに立ち上がると、準備体操のように膝を伸ばしたり腕を振ったりした。
「ったく、ひとを呼びつける場所じゃねぇぜ。トウキョウまで電車が通ってるわけでもねぇのに」
『我々なら行けるだろう』
「まぁね」
代助が口元だけで微かに笑ってから右拳を高く掲げ、
「ジャスティスチェンジ!」
その全身が一瞬の眩い光に包まれる。
直後、深夜の住宅街の小さな児童公園に、〈最強、無敵。宇宙の戦士・オリハルコン〉が見参した。
マントの下にはスマートな戦闘服。顔の下半分はマスクのようなもので隠されている。その全てが輝く正義の白で統一されていた。
「じゃあ、いっちょ行きますか!」
『行くぞ! 宇宙の彼方へ……!』
「トウキョウまででお願いします!」
オリハルコンと一体となった代助は思いっきり空へと跳躍した。
マンションの屋上まで一気に飛び上がると、建物の屋根を飛び越して夜空へと舞う。
満ちつつある月を背景に、代助は鳥のように空を飛翔した。
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