──西暦二〇四八年十月三日 〈川崎アクロシティ〉 繁華街裏
無数のホログラム看板が浮かぶ深夜の繁華街。上空を飛び交う色とりどりのレーザー光に彩られ、表の繁華街は猥雑な喧騒に溢れている。
その光あふれる通りを一歩離れたかつての工業地帯は、悪の蔓延るアンダーグラウンド。名ばかりの法令を無視して建てられた怪しげな雑居ビル群や工場跡が、薄暗く複雑な立体迷路を作り上げている。
そのひと気のない路地裏の一角に、見るからに怪しい三人の男がいた。そのうちの一人は、停めた車──手動運転の旧型ライトバンに、何やら大きな荷物を積み込んでいる。
「へへ……。アニキ。最近の女子高生ってのは、いいカラダしてやがりますね」
男が口を開く。派手なアロハシャツを着た金髪の男だ。
キンキンと甲高い声のその男が抱きかかえているのは、荷物ではなく、なんと制服姿の少女だった。
荷台にゴロンと転がされた少女は、薬物で眠らされているのか、男の乱暴な扱いにも目を覚ます気配はない。
車の脇には同じように眠らされた少女が数名、無造作に地べたに転がされていた。
制服姿の者もいれば、私服姿の者もいる。
「シバタ。商品に手を付けるんじゃねぇぞ」
『アニキ』と呼ばれたスーツ姿のガタイのいい男が、たしなめるように言う。
彼は煙草を吸いながら、金髪の手下──シバタが積み込み作業を終えるのを待っていた。
「おい、ジロー。様子は?」
「大丈夫ッス! サツが来る様子も無いッス!」
アニキが、近くで表通り方面を見張っているもう一人の手下に尋ねると、ジローは親指を立ててそう言った。
柄モノのスーツにとんがった革靴の、見るからに反社会的な、違法感マシマシの連中だ。
眠れる少女たちがどういった経緯でこんなことになっているのかは分からないが、この先、およそろくな未来が待っていないであろうことは請け合いである。
これが、先進都市川崎アクロシティの闇の部分だった。
すると、その時──
「ちょ~~~っと待ったぁ!!」
声が響き渡った。
「っ!? だ、誰だ……!? サツか!?」
三人が慌てて辺りを見回すが人影はない。すると、ジローが頭上を仰ぎ見て声を上げた。
「あ、アニキィ! 上ッス……!」
「なにぃ!?」
三人が見上げた、低い雑居ビルの屋上。月の光をバックに悠然と立つ人影があった。
白い戦闘服に、これまた純白のマント。
古の正義のヒーローのような格好をした男だ。
「なんだアイツぁ!?」
アニキが言うと、金髪のシバタが何かを思い出したようにキンキンとした声で叫んだ。
「ああっ! アイツ、たぶんアレですよ! 『正義の白マント』! 〈青龍会〉もアイツに潰されたって噂の……!」
「なにぃ……?」
◆
騒然とする男たちを見下ろしながら、白マントの男はポツリと呟いた。
「うーん。この瞬間が一番気持ちいい」
すると、どこからか別の声が響く。
『馬鹿者。油断していると痛い目を見るぞ』
低い壮年の男の声だ。声だけでその姿は見えない。
「オイ、とにかく見られたんだ! 殺せ!」
眼下でアニキが叫ぶ。男たちは次々と懐から拳銃を抜き放ち、白マントのいる雑居ビルの屋上へ闇雲に発砲した。銃弾が火花を散らす。
「おわっ!? あぶねぇ!」
『だから言ったろう! さっさと行くぞ!』
「へいへい!」
間抜けに小躍りをして銃弾を避けていた白マントは、言いながら、首元に弛めていた戦闘服のマスクをぐいっと引き上げて顔の下半分を隠すと、一転、身を翻して屋上から飛び降りた。
「馬鹿め! 落ちやがった!」
風を切る白マントの耳に男の声が届いてくる。
「ふふん」
白マントは鼻で笑うと、男たちの目の前に膝を折ってしっかりと着地した。衝撃で、地面が小さく揺れる。
「なにぃ!?」
「あ、アニキィ! こいつ人間じゃない──ぐげっ!」
驚愕しながら銃口を向けようとしたシバタに、白マントの突き上げるようなボディブローが炸裂。白目をむきながら昏倒する。
「野郎っ……!!」
「許さねぇッス!」
アニキとジローが発砲しようとするのと同時に白マントの回し蹴りが旋風のように閃き、二人の拳銃が弾き飛ばされた。
そのまま流れるように繰り出された肘打ちがジローの鳩尾に抉りこまれる。
「ぐはっ……ッス…………」
ジローが昏倒。残るは拳銃を失ったアニキのみとなった。
「……テメェ、何者だ」
拳銃を弾かれた右手を押さえて後ずさりながら、アニキが問う。
「ふふ……俺はな……」
白マントは、不敵な笑みを浮かべてバサァッとマントを翻した。
「俺は……宇宙の戦士〈オリハルコン〉!」
「…………はぁ……?」
自信たっぷりに名乗った白マントを、ポカーンとした表情で見つめるアニキ。
「……おい、バカにされてるぞ」
『私のせいではない。お前が格好悪いだけだ』
白マントの呟きに謎の声が返す。
白マントは気を取り直すように咳払いをすると、アニキをビシっと指差した。
「とにかく、これ以上の悪行は許さん! 成敗じゃ!」
「ま、待て……! 金か!? 金で動いているなら、〈白虎組〉が倍額出す!」
「ふんっ! ベタな台詞を……!」
「そ、そうだ! 〈商品〉もくれてやるぞ! どうだ……!?」
そう言ってアニキがライトバンの荷台を指差す。
「な~にが商品だ! 覚悟し……ろ…………」
荷台を見た白マントの語尾が弱まっていく。
眠りこける少女の魅惑的な肢体。スカートから白い太ももが伸び、その奥の薄い布地までもがあらわになって…………。
「パ、パパパパ、パンチラ……! いや、パンモロ……!?」
両手をワキワキと動かしながら、よだれを垂らさんばかりに興奮し始める白マント。
「うっひょぉ~~!! エエのう! エエのうっ!!」
先ほどまでの凛々しさは見る影もない。
『あ、馬鹿者! 〈正義感〉を切らすな!』
謎の声が叫ぶ。
すると、それとほぼ同時に白マントの身体がまばゆく発光し始めた。
「うおっ……!?」
思わず腕で目を覆うアニキ。
二秒ほどして光が収まると────
そこには〈正義の白マント〉の姿はなく、〈学ランを着てスケベ顔をした、ただの男子高校生〉が立っていた。
「…………」
「…………」
『…………』
沈黙が辺りを支配する。
「…………えーっと…………。じゃ、僕はこれで」
「待てコラ!!」
「げばっ……!?」
顔面から冷や汗を滴らせながら踵を返した元・白マントの少年の背中にアニキ渾身のケンカキックがめり込む。少年はアスファルトで顔面をすりおろしながら吹き飛んだ。
先ほどまでと別人のように弱い。
「何かよく分からねぇが、ぶっ殺してやる……!」
指をボキボキと鳴らしながらアニキが詰め寄る。
「待って……! 話し合いましょう! 僕はただの善良なイチ高校生で──ごはっ!」
アニキのゴツいブーツのつま先が少年の鳩尾に喰い込む。
「半殺しにしてコンクリ詰めにしてやんぜ……」
青筋を立てながら物騒なことを言うアニキ。
「おい、どうにかしてくれ!」
『私は知らん』
「うぅ……しどい……! ……ちくしょう! こうなったら……!!」
「──!?」
少年の突然の眼光の煌めきに、アニキも警戒を露わにする。が────
「どうせ死ぬなら太ももに挟まれてからじゃーーー!!」
少年は反撃を試みるでも無く、突然ライトバンの荷台にダイブした。
「あっ、テメェ!」
アニキが襟首を掴んで少女から引っぺがそうとするも、少年は決死の形相で少女の足にしがみついたままジタバタと足を暴れさせる。
「いてっ! 離れろコラ!」
「うおぉ! 諦めるかぁぁぁ!!」
ボコボコに殴打されながらも、必死に少女に抱き付く少年。
『……はぁ……』
謎の声の溜息と、遠くから近づきつつあるサイレンも、くんずほぐれつする二人の耳には届いていなかった。
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