無人の屋上にまろび出ると、代助は即座にメッセージを開きなおした。
『どういうことだ!?』
「知るか! 確かに、俺宛のメッセージに〈お前〉の名前が書いてあるぞ……!」
『そんな馬鹿な! 私が……〈オリハルコン〉がお前に乗り移っていることは、二人しか知らないはず……!』
「んなこと言っても、思いっきり知られてんじゃねえか!」
『まさか昨日の……? いや、ありえん。メッセージには何と書いてある』
メッセージに目を滑らせる。
「長いなぁ……。俺ぁ十文字以上の文章は読めない病気でな。代わりに読んでくれ」
『どうやって生きてきたんだ貴様は。ふむ……なになに?』
オリハルコンの低い声がメッセージを読み上げていく。
オリハルコンは代助と五感や神経を共有しているため、代助のARデバイスの表示も読み取ることが出来る。
『貴殿に、当社の主催するARゲーム〈イマジレイド〉に参加していただきたく、ご連絡差し上げました。〈特別な力〉を持つ者のみが参加を許されるこのゲーム。勝ち残ったプレイヤーには、主催者により〈願望の全て〉が与えられます────』
「なんだって?」
代助がむくりと起き上がる。
視界の移動に伴って、ARデバイスの表示も移動する。
『〈特別な力〉を持つものだけが参加出来るそうだ』
「ちゃうわ! 最後だよ、最後!」
『主催者より、〈願望の全て〉が与えられ──』
「願望の全てだとぉ!?」
ぼんやりとオリハルコンの声を聞いていた代助が、やおら立ち上がりメッセージウィンドウにかぶりついた。
急激な動作により、再び表示が消える。
「あぁ、くそ! セーフティ切っとくんだったぜ!」
全てのARデバイスには、所有者の安全のため、激しい運動や、乗り物の手動運転時など、半強制的に表示が消える機能が標準で搭載されている。設定によっては、短時間限定でその機能をオフにすることも可能だ。
『落ち着け。そんなことが本当にあるわけがないだろう。いたずらに決まっている。大体、差出人は……。む……? 〈ゴライアス・テクノロジー社〉だと?』
ゴライアス・テクノロジー社といえば、世界に先駆けてこの〈ARデバイス〉を開発・製品化した企業だ。
日本そのものを動かすような力を持つ、多国籍超巨大企業である。
──かの大戦で東京を襲った〈非殺傷性大規模ナノマシン兵器〉。
非殺傷性と銘打ったそれは、感染者の神経と脳に重篤な障害を起こしながら自己増殖する、非人道的とも言える兵器だった。
その時、被害を最小限に食い止めたのが、当時世界初の〈ナノマシン除去技術〉を実験段階ながら秘密裏に開発していた〈ゴライアス・テクノロジー社〉だったのだ。
「オイオイ、ご丁寧に〈G社〉の電子署名まで入ってるじゃねぇか!?」
『偽物……とは考えられんな。あの企業のセキュリティを抜けるのは常識的に考えて不可能だ。確かに、G社の情報網を駆使すれば我々の事くらい簡単に調べられるかも知れんが……。しかし、何故そんな事を……? それに、こんなキナ臭い〈ゲーム〉など──て、オイ。聞いているか?』
不審そうな声音のオリハルコンだったが、当の代助は呆けた顔で空中を見つめながらブツブツと何か呟いていた。
「うへへ……。〈願望の全て〉……。酒池肉林……。ねーちゃんや。パツキンねーちゃんで一杯のプールにパンツ一丁で……」
完全に危ない人である。
『コラ。信じてどうする馬鹿者。本当にそんな都合のいい事があると思うか』
「何言ってんだよ、天下のゴライアス・テクノロジーだぜ? 酒池肉林の一つや二つ、チョチョイのチョイよ」
『いや、そうじゃなくてだな……!』
「待て待て。メッセージに続きがある。えーと? 【このメッセージだけでは、信じていただけないでしょう。しかし、このメッセージに添付したアプリケーションを使用すれば、きっとこのメッセージが信用に値すると考えて頂けるはずです】……? おお。アプリって、これか」
メッセージに添付されたファイルを参照する。一応G社の署名が入ってはいるが、ARデバイスは脳波と直接リンクしている機械ゆえ、ソフトの導入には細心の注意を払わなければならない。のだが……。
「ほい。インストール、と」
『お、おい! もうちょっと警戒心を持て!』
「だいじょぶだって」
開始されたインストール処理のゲージがみるみるうちに一〇〇%へ向かって溜まっていく。やがて、インストール完了の文字が出てウインドウが閉じた。
「……? 何も起きねぇ──」
言いかけた瞬間。
「うわっ」
代助の視界は眩い光で遮られた。
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