──熱い。
意識が暗闇に沈みそうになる中、クロリスの体を燃やすような熱が駆け巡っていた。
まるで内側から焼き尽くされるような感覚。
死にゆくのか?
それとも、変異して「影」になるのか?
──どちらでもない。
これは……"生き残る"ための、何かだ。
ドクン──!
心臓が大きく跳ねた。
次の瞬間、冷たく重かった体に、異質な力が満ちていく。
クロリスは、ゆっくりと目を開けた。
視界がぼやけ、耳鳴りがする。
だが、さっきまでの苦痛は嘘のように消えていた。
「……俺……?」
自分の声が、妙に響いて聞こえる。
そして、すぐに違和感に気づいた。
──軽い。
体が、異常なほど軽い。
それに、どこも痛くない。
あれほど深く抉られたはずの傷が、もう存在していない。
クロリスは、おそるおそる自分の手を見た。
皮膚が僅かに透き通るような色を帯び、血管の奥から"光"が脈打っている。
指先を動かすと、妙にスムーズで、違和感を覚えた。
「……なにこれ」
それだけではない。
視界がクリアになり、暗闇の中でも細かいものがはっきりと見える。
耳を澄ませば、焚き木が爆ぜる音や、遠くの波の音までもが鮮明に聞こえた。
手を握るだけで、指の節の動きが今までとは全く違うことが分かる。
──まるで、別の体だ。
クロリスは、ゆっくりと立ち上がろうとした。
しかし、思ったよりも強く踏み込んでしまい──
ドン!
「うわっ──!?」
地面を蹴った瞬間、思いもよらぬ跳躍をしてしまった。
体が宙を舞い、数メートル先の岩場に激突する。
──これは……俺の体なのか?
異常な身体能力。
今までとは違う「感覚」。
クロリスは、しばらくその場に座り込んだまま、呆然と手を開いたり閉じたりしていた。
「クロリス……?」
震えた声が、耳に届いた。
ポポルだった。
彼は、信じられないという顔でクロリスを見ている。
「お、お前……その体……」
クロリスは、ポポルの視線を追い、自分の体をもう一度見下ろした。
──確かに、変わっている。
以前よりも細く鋭くなった体躯。
まるで"影"に近づいたかのような異質な感覚。
「……変異、したのか?」
クロリスは呟いた。
だが、黒化はしていない。
意識もあるし、記憶もある。
じゃあ、俺は……?
「わかんねぇ……でも、なんか……」
言いかけた瞬間、体が勝手に反応した。
──何かが来る。
クロリスは咄嗟に飛び退った。
その瞬間、背後の瓦礫が鋭い爪で粉砕された。
「チッ、避けたか……」
低く唸る声。
クロリスが振り向くと、そこには──ロゼがいた。
ロゼの体には、先ほどと変わらぬ黒い瘴気が渦巻いていた。
しかし、その瞳は、わずかに揺れていた。
「クロリス……お前……」
ロゼが、躊躇するように言葉を漏らす。
彼女の中に、まだ"ロゼ"がいるのか?
クロリスは、一歩踏み出そうとした。
しかし、ロゼはすぐに顔をゆがめ、苦しげに頭を抱える。
「……ダメ……だめだ……!」
唸るように呟くと、彼女の体から瘴気がさらに濃く噴き上がる。
その瞬間、ロゼの表情から、迷いが完全に消えた。
──そして、彼女は跳んだ。
「くっ……!」
クロリスの体が、反射的に動く。
だが、ロゼの速度は、先ほどの比ではなかった。
ドガッ!
重い衝撃がクロリスの腹部を貫いた。
次の瞬間、彼の体は宙を舞い、背後の瓦礫に叩きつけられる。
「がっ……!」
肺から息が漏れ、視界が一瞬暗転する。
ロゼは、そのまま爪を振り上げ、追撃を仕掛けてきた。
──速い。
しかし、クロリスの視界は驚くほどクリアだった。
ロゼの動きが、"見える"。
まるで時間が遅くなったかのように。
「……ッ!」
クロリスは咄嗟に身をひねり、寸前で爪を避ける。
ロゼの爪は地面を削り、土煙を巻き上げた。
──俺は、戦えるのか?
今の自分の体は、これまでとは違う。
恐怖よりも先に、体が"動きたがっている"のを感じる。
バキィッ!
ロゼが再び踏み込んだ。
クロリスは反射的に拳を振るう。
拳と爪が激突し、鋭い衝撃が走る。
「……ちっ!」
ロゼが苦しげに後退する。
クロリスもまた、拳を開閉しながら、自分の力に戸惑っていた。
──こんな戦い方、したことないのに。
まるで、本能的に"この力"が馴染んでいるかのようだ。
これは、本当に自分の体なのか?
「……クロリス……お前……」
ロゼが、ぎりぎりと歯を食いしばる。
その瞳に、一瞬の"迷い"が戻った。
「やっぱり……まだ、戻れるんだ……!」
クロリスが叫ぶ。
しかし、その言葉が届くよりも早く、ロゼは再び頭を抱え、唸り声を上げる。
「うあああああああっ!!」
闇が、さらに彼女の体を覆った。
──もう、時間がない。
クロリスは、歯を食いしばる。
ならば、俺の"力"で……!
その瞬間、彼の腕が燃え上がった。
青白い炎が、クロリスの体を包み込む。
──これは?
彼の意識が、"何か"を理解し始めた瞬間だった。
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