「ひぃ新入り負けちまった」
「くっ!」
「何処に行く?」
カードを握り、決意を決めた表情で駆け出す巴を、隼人は止める。
「無駄だぜぇ巴。僕達の意思で鬼神に乗ることは、模擬戦以外では不可能よぉ」
「分かっているわ。でも誰かがやらないと」
「落ち着け。俺達は今だにここにいる」
それはまだ、魔獣狩りが終わってない事を示していた。
『ヒギィ』
魔獣の引きつった唸り声が聞こえた。
三人は会話を中断し、闘技場に集中する。
ぎちぎちぎちぎち。耳障りな音が鳴る。
「な、なんじゃありゃあ」
「馬鹿な……鬼神……ルシフェルなのか……」
ぎちぎちぎちぎち。
了の額から大量の油汗が噴き出し、隼人の体がガタガタと震えだす。本能的な恐怖を感じた。
「先輩! 桜先輩! さくらさんッッ!」
巴の悲痛な叫び声がこだまする。
『あぎぃぃぃぃぃぃぃぃる』
黒い鬼神は、吼えた。
殺戮が始まった。
『我が名はサタン、悪魔王サタン』
サ・ヴァィブを通してインストールされるは、闘争本能。
人が進化する上で必要ないと、切り捨てた純度の高い獣の力だ。
「……!!……」
桜の瞳が、赤く輝く。
「サタン!?」
姫は桜の意識の中に、悪魔王の気配を感じた。
「六!」
桜の座るコクピットシートの背後から、巨大な角が現れる。それは周囲を無数の刃で覆った禍々しい竜の牙。
ズドンッと鈍い音をたて、脊髄に喰らい込む。
「やめて!」
「六!!」
ヌゥゥゥと、新たなる牙が背後から伸びると、ズドンッと首筋を喰らう。
ガクンと衝撃で身体が揺れる。
半霊半物質。故に肉体にダメージはないが、魂に受ける衝撃で肉体が反応するのだ。
「666の封印を解くには、まだ早すぎる! 桜の魂がもたない」
『リリス姫。我が妻の化身よ、四柱が崩れれば全てが虚無に帰す。これは桜の意思でもある』
「………」
メインデッキの上でリリス姫はうなだれる。
「六!!!」
三本目の牙は脳を喰らった。
尾てい骨。脊髄、首筋、脳。
四本のサ・ヴァィブが桜を犯す。
「あぎぃぃぃぃる」
桜の声でサタンは吼えた。
「666……桜……私の……」
姫は泣く。自分では何もできず愛する人間達の力になる事ができない。それが悔しくて申しわけなくて、涙を流す。
『ぎぃぃぃぃぃぃるるるるる』
ルシファ―は、地に臥した状態で吼えた。
頭部から腰までにかけて背中に亀裂が走った。
『ぎちぎち』『ぎちぎち』
歯軋りめいた音が体内から聞こえた。
黒い濃霧が、亀裂から漏れだす。
『ぎちぎち』
霧は鳴いた。
鳴きながら、黒い濃霧は形づいていく。
八本の角と赤い複眼、六本の腕に指の先端が鉤爪の手。
腰から下は長い尾となっていて端はルシファーの体の中にある。
黒い鱗状の外皮骨格に覆われたその姿は、神話に登場するドラゴンそのもの。
『あぎぃぃぃぃる』
殺戮が始まった。
『ひっ』
魔獣は、異形なる進化を遂げた鬼神を見上げて、本能的な恐怖を感じた。
圧倒的な力の差。戦えば待っているのは、虚無。
逃げろと本能が告げていた。
否。
魔獣は使命を背負いこのエデン世界に受肉した。例え虚無に帰る事が確定していても逃げる選択肢などなかったのだ。
『ギャオオオッ』
鬼神に立ち向かうが、ブンッと頭上から降ってきた掌にあっけなく潰された。
ルシファーはつまらなそうに潰れた魔獣を持ち上げると、バリバリバリバリと喰らいだす。咀嚼を何度も繰り返し美味そうに飲み込んだ。
『ゴーンゴーンゴーン』
地獄門の鐘が鳴り響き、観覧席を覆う防御ガラスが消えた。
行き止まりであった通路は開放され、闘技場へと降りる階段が現れる。
魔獣狩りは終わった。
闘技場に入ってきた三人を出迎えたのは、一面に漂ってくる血の臭いと片膝をつき停止している無傷の鬼神だった。
「ひいっ! やっぱり」
了は、機体の足元に力無くぐったりと座っている桜を確認すると、情けなく悲鳴をあげ逃げ出した。
「お前が新しい生徒会のメンバーだな。俺は二年の神威隼人だ」
右手を差し出し握手を求めるが、桜は見向きもしない。
「桜さん」
尋常でない様子に巴は不安を感じ、強引に桜の腕を取った。
「巴……悪ぃ今話す余裕ないんだ……」
わかってますと桜に肩を貸す。
「ここから出ましょう」
二人は粒子となり、闘技場から離脱した。
「すまない。一人にしてくれ」と心配する巴を帰し、桜は校舎裏にある森林スペースの大木の下で、再びうずくまる。
この場所を選んだ理由は人気が無いからだ。独りになりたかった。気持ちが落ち着くまでは、家には帰りたくなかったのだ。
「桜」
何故ここがわかったのか、舞姫が近づいてくる。
彼女は何も言わず桜の隣に座り込む。
「俺は……一真になれなかった……」
桜はぽつりぽつりと話しだす。
「……もう少しで魔獣に……七瀬さんを……世界を……」
(何言ってんだ俺、泣きごとなんてみっともない)
「うりゃ」
ぐいっと左腕を強く引かれた。
ぱふっ。舞姫の太ももに頭が乗る。
「な、なにを」
見上げると見事な二つの山脈があり、その隙間から舞姫と視線が合った。
「いい眺めでしょ?」
えへへへと舞姫は笑う。
「ご、ゴメン」
慌てて視線をそらし景色を見る。
「いい眺めでしょ。桜が守ってくれた世界だよ」
「……っ……っ」
桜の瞳からポロリと、涙がこぼれる。
「何だ何で俺、涙が……」
ポロリポロリと、一度溢れた涙は止まらない。
舞姫と話してる内にやっと気が緩んだのだろう、戦いの恐怖を思い出し激しく震えだす。
「あれっあれっクソッ」
「ありがとう桜」
舞姫は桜を膝に乗せたまま優しく髪を撫で続けた。
つづく
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