デビルオン

悪魔が来りて鐘が鳴る。
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継ぐもの(5)

公開日時: 2021年5月3日(月) 11:32
文字数:4,555

「ふうぅぅうう」

 桜は腹式呼吸をして精神を落ち着かせる。

「姫、どう動かせばいい?」

 リリス姫は頷く。

「今から、桜の脳に起動キーをインストールする」

「ぐっ!! アァアアアアアアアア!!!」

 尻の中心に、何か棒状の物が入ってくる。

 この異物感を知っている。桜は知っている。しかし、あまりにも突然すぎる。心の準備もしないでいきなりこれでは、つい声も出てしまう。

「姫、今から生死をかけて戦うんじゃないのかよ……」

「もう情けない声をださないで。桜の中に挿入したのは半霊半物質のプラグ【サ・ヴァイブ】」

「バイブ? そんなものをよりによって何でこんな時に入れた」

 異物感に尻をよじった。

「サ・ヴァイブね……。尾てい骨に挿入するのに、男性の場合は尻が一番手っ取り早いし」

「挿入? 尾てい骨って尻尾のなごりだっけか」

「そう。人が進化上に必要ないと切り捨てたもの。それを我らは利用した。DNAに刻まれた進化の力、螺旋。それを尾てい骨から喰らい鬼神のエネルギーとする。その為に必要なのが接続プラグ【サ・ヴァイブ】よ。そして同時に必要なデータを脊髄を通し、脳に送る」

「……要するに必要って事か納得したぜ」

「起動時間は桜次第。脳に負荷がかかり天国にイキそうになったら戦ってる最中でも止めて、逃げるの」

「意外だな。悪魔なら死んでも戦えとか言いそう」

「それは空想状のイメージでしょ。生きて。お願いだから生きて。その為に我ら悪魔は鬼神を人に与えたのだから」

 それは嘘偽りもない真っ直ぐな想い。

「何故そこまで、人に肩入れする?」

「そんなの決まってる、人を愛してるからよ」



「はっ全く動かねえじゃねぇか、新人ビビってるのか」

「そんな事言わないで、初めての時はみんなそうだったでしょ!」

 微動だにしない黒い鬼神を見て、悪態をつく了を巴は窘める。

「初めてねぇ……巴やはり初体験は痛かった、の?」

 了のニヤリと下品に笑う挑発に、巴の頬はみるみる朱に染まっていく。

 ブンッと平手打ちが風を切る。

「ひゃっ、怖い怖い」

 了はそれを華麗にかわすと、巴の細い手首を掴む。

「何図星なの! ひひっ、なぁどっちの穴に入れた、の、か、な」

 ひゃひゃひゃひゃと、粘着性のある声で耳もとで囁いた。

「…………」

 隼人は傍観を決め込む。巴には自力で対処できる技を持っているのを知っているからだ。

「このっ」

 服越しとはいえ触れたくないが膝で股間を潰してやると、覚悟を決めた時だ。

 ビゴンッと、鬼神の瞳に命が吹き込まれる。



「そろそろ目覚めてくれないか」

 桜は脳にインストールされたマニュアル通りに、ルシファーを覚醒させた。

 薄暗かったコクピットに光りが入る。メインパネルと全天周囲モニターの電源がONになり、外の景色を映し出す。

「何だこれは……」

 周囲に見えるは倒壊した建物達。アスファルトの道路は所々陥没し、ゴロゴロと分厚い鉄筋コンクリートの塊が散乱していた。

 夢で見た光景に酷似している。

「ここで魔獣と戦う」

「酷いなこれ。何か滅んだ世界みたい」

「……」

 姫は答えない。

 この闘技場には雑草一つ生えていない。命の息吹が全く感じられず、死の気配しかしなかった。無機物しか存在する事を許されないのかと、桜が思うとメインモニターに映し出される景色が変わった。

 それは闘技場の端を映していた。

 加工された巨大な白い石が隙間なく積まれ、壁になっている。メインカメラはその壁を、下から上へとアングルを移動する。

 壁の頂上に白銀の人工物が見えた。それがぐるりと闘技場を覆っている。その前面は全てガラスになっており、内部には椅子がズラリと均一に並び広がっていた。

「観覧席かよ……俺は見せ物か」

 モニターには、観覧席にいる三人の学生服の少年と少女が映し出された。

「巴……!」

 眼鏡の少年が巴の腕をつかみ、拘束していた。

 桜の頭に血が登った。



「このッ!」

 巴は了の小汚い股間を潰してやると、重心を軸足にかけ安定させる。

「暁先生直伝、あかつキッ……」

「オラぁッ眼鏡ッ!」

 必殺技を解き放とうとした刹那、鬼神の瞳が赤く光り少年の怒声が闘技場に響いた。

「一真さん?」

 隼人は一真の名前を呼ぶが頭を捻った。

 声質は似ているが、イントネーションが明らかに別人の物だからだ。

「てめぇ、巴になにしてる。今度は尻に拳をぶち込むぞ」

「ヒィッ会長ぉ! 違います誤解ですよぉぉ」

 情けない悲鳴をあげ巴の拘束を解くと、勢いよくあとずさる。

「先にちょっかいかけてきたのは巴……今度は……!?」

 声の主がやっと一真でない事に気づく。

「桜さん」

 巴は嬉しそうに笑みを浮かべると、深々と鬼神にお辞儀する。

『ゴーンゴーンゴーン』

 地獄門の黄金の鐘が、警告音のように激しく鳴った。

「来たか」

 隼人は門を睨みつける。

「けひぃ」

 了は不気味に笑い、くいっと眼鏡のフレームを触る。

「会長。桜先輩をお守り下さい」

 巴は両手を平坦な胸の前で組み、行方不明の一真に祈った。



「うっさ!」

 桜は耳を塞いだ。

 シーンと音が止む。しばしの静寂。

 聞こえるは自分の呼吸音だけだ。

「次元を超えてついに来るぞ桜……魔獣だ」

 地獄門の扉が、ゆっくりと開く。

『ギィィィィィィィ』

 魔獣の唸り声が、闘技場に堕ちていく。

 ゆっくりと、観音開きの扉が開かれていく。

 そこから見えるは、ドロドロとした粘着性の強い漆黒の闇(泥)。

 グルグルグルグルと、反時計回りに泥は渦を巻いている。

 泥を内側から突き破り門の縁を掴んだのは、ゴツゴツした硬い鱗に覆われた異形なる両腕であった。

「あれが敵か?」

「うん。このエデン世界を死の世界にしようとする黄泉の使徒。魔獣」

「オオオオオオッ! ルシファービームッッッ!」

 泥から出ようと蠢く魔獣目掛けて、奥義の一つである熱光線が額の中央から放たれる。

「ああっ! いきなり消費力激しい技を。魔力は無限じゃないよ!」

「そう? これで倒せればよくない?」

 喧嘩は先手必勝、どんな手段使っても勝てばいい。それが桜の考え方である。しかしこれはその様な子供の遊びではない。生物という種の生死をかけた戦争であった。その現実を桜は今から思い知る事となる。

 ルシファービームは、門の中央の泥に大きな穴を開けていた。

 ズルズルと、獣が泥から這い出てくる。

『ギィッッ』

 重量に引かれ、魔獣は闘技場へと落ちていく。

「行くぜルシファー!」

 アクセルペダルを強く踏み込んだ。赤い瞳が強く光り輝くと、鬼神は走りだす。

「姫! 魔獣が落ちてくるタイミング計算できるか!」

「任せて!」

「よしっそれを俺に送れ……クウゥッ」

 視界が一瞬白む。サ・ヴァイブを通しコンマ零秒で脳に送信された。

「ウラァァァァ! ルシファーブーメラン!!」

 額の角を投げ飛ばす。

 魔獣が降り立ったタイミングを見計らって、角は弧を描くと頭部を切り裂いた。

『イギャアアアア』

 硬い岩のような皮膚の一部が抉れ、そこからドロリと緑色の血が流れ出る。

「さっきから何故叫ぶの? 確かに音声認識システムだけど、それはあくまでも補助。サ・ヴァイブが意思を読み取るから、そこまで大声じゃなくても」

「叫んだ方が燃えるだろ!」

 手元に戻ってきた角を回収し、再び額にはめ込んだ。

『ヂイイイッ』

 憤怒に満ちた表情で、魔獣は睨みつける。

 特徴的なのは頭部と肩から生える角。

 どっしりとした重量感溢れる体型を支える短く太い両足と、短く太い両腕。

 ゴツゴツした岩のようにみえた皮膚は、鱗が変化したものであった。

 異形なる姿をした魔獣の頭部は、皮膚がささくれのように剥けており、胸の中央には焼けただれた穴があった。

「イケる。むちゃくちゃな攻撃だけど確実にダメージを与えている」



「ぬっ」

 隼人は呻き声をあげた。先ほどからセオリーを無視し、初手から奥義を放つ戦いを見たことがなかったからだ。

「はぁぁ~いきなり大技って。素人丸出しじゃねぇか。それにありゃあパワータイプじゃ? おいおい死ぬぜあの新人」

 この世界に受肉した魔獣の体格を見て、了は引きつった笑みを浮かべる。

 そうだ。了の言うとおりだと隼人は思った。

 パワータイプなら巴のガブリエルが適してるのだが、全ては鬼神の意思で決まる。

「あの鬼神に乗り込む使い手は、何の覚悟もない素人。わかっているのか理事長、負ければ未来はないのだぞ」

 ギリッ。隼人は奥歯を噛み締めるしかなかった。

「リリス。桜先輩を導いて……」

 巴は自分達を使い手に選んだ、悪魔リリスに祈りを捧げた。



「オララァッ」

 助走をつけ、ルシファーは空高く舞った。

 腰からナイフを引き抜き、魔獣の頭部めがけて刃を振り下ろす。

『ギィッ』

 魔獣は向かってくる刃をかわさない。左掌を広げてそれを受け入れる。グッと力を込め貫いたナイフを固定すると、右腕で鬼神を全力で抱きしめた。

 ギシギシギシギシ。背骨が軋み悲鳴をあげる。

「くそがっ! 放しやがれ」

 桜は悪態をつくしかなかった。

(ルシファービームが使えたら……)

 無理である。二発目を放てる程のエネルギーは、桜には残されていない。

 そして魔獣もそれを理解していた。

 バチバチバチバチ。

 魔獣の頭部と両肩の角から、火花が散り雷鳴が轟く。

「……!……」

 桜の目の前が、真っ白になる。

 右目のメインカメラは割れ、左腕は肘から砕け落ちる。四肢を繋ぐ関節のジョイントは、全て焼き切れていた。

 魔獣は三本の角を使い、人工的に雷を発生させたのだ。

 拘束を解かれたルシファーは、地面に崩れ落ちる。

「…………」

『桜!!』

 返事はない。雷の衝撃で、桜は意識を失った。


 桜は朦朧とする意識の中で、夢を見た。

「はぁっ……はあっ……」

 黒い濃霧が立ち込める中で、七瀬の息使いが聞こえた。

「七瀬さん!」

 近づこうとするが体の自由がきかない。

 四肢に力が入らないのだ。

「はぁっ……いやっぁ……」

 霧がはれると、そこには美しい裸体を晒した七瀬が、なまめかしく蠢いていた。

 黒い大蛇が体に絡みついている。

 ヌルヌルした鱗を纏う太くて硬い一物が、艶がある瑞々しい柔肌に、まとわりついていた。

「……いやっ……」

 不快に満ちた吐息を漏らす。

 スルスルと滑らかに、それが股間を行き来してる。

 太ももを強く閉じて蠢きを止めようとするが、キツくすればする程、蛇は怒りで興奮し白雨で濡れている土手を、逞しく脈打つ身体でよじ登っていく。

 びくんびくん。

 ツンツンと鱗が小さな小石に躓くたびに、七瀬は声無き声をあげ体は敏感に反応する。

「んぐぅ」

 太もも、下腹部、腰、乳房、首へと絡みつき、最終的に蛇頭がイキついたのは、唾液で濡れている口内の中。

「んぐぅんんっ」

 蛇頭は内臓を喰らいつくそうと、喉の奥へと深く挿入を開始した。

「おぇあぁお」

 苦しみでえづき、ドクドクと脈打つそれを引き抜こうとするが、濡れた体液で力が入らない。

「てめぇぇぇぇっ殺すぞ!!」

 桜の視界が血の色に染まる。

『お前が負ければ大切なモノが壊される』

 少年の声が聞こえた。わかっている。この声が誰なのか、知っていた。

 蛇が消え七瀬も消えて、そこに立っていたのは……。

「一真ッ!」

 これは夢だ。目の前にいるのが、本人でないのは理解している。それでも桜の感情は、チクチクと痛くざわつく。

「何故だ何故俺の前から姿を消した! 一人で家を出て暁学園にいって! 俺は俺は……」

 ゆらりと一真の姿をした幻は、辛そうな表情を見せた。

『……いずれ真実を知るだろう』

「お前は誰だ?」

 強い意思を、幻から感じる。

『我が名はサタン。悪魔王サタン』


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