「……んっ……いやっ……はあはあはあ……」
セーラー服を着た少女が切なそうにあえでいた。
少女は座席に腰掛けて、下腹部から襲い来る快楽に身を委ねていた。
くちゅくちゅくちゅくちゅと、淫靡な音がスカートの中から聞こえてくる。
実に奇妙な光景であった。両手は肘掛けを強く掴んでいた。下腹部を触っているわけではない。
道具か。違うその手の器具ではない。うっすらと染みが浮かび上がる下着に乱れはなかった。
妄想や空想で人はここまで淫靡になれるのか。
少女の頬は朱に染まる。薄い唇は半開きになり糸が張る。
ゆらりと、眉の上で綺麗に切りそろえた前髪が、頭を動かすたびに揺れ動く。
「んっ……行く……行けそう……はぁはぁはぁ」
少女は快楽に身を委ねるのを止めて、視線を前方に動かす。
球体型の全天周囲モニターがそこにはあった。
ギィィンギィィンと起動音が鳴り、照明が明るくなっていく。
少女が座るこの場所は、単座式のコクピットルームであった。
肘掛けのハッチが開き、男根型のメインレバーが解放される。
それを少女は強く握り締めた。
「行こう! 鬼神ガブリエル起動!」
その場所が存在することを人々は知らない。いや一部の選ばれし者以外は、存在を認識できない。
何故ならそこは、隔離された世界であったからだ。
紫色に染まった空と、黄色い太陽。そして大地を傍観する白い月。
その月の中央に、白銀色の大きな門が浮かんでいた。勿論自然に出来たものではない。何者かの手によって、門はこの世界に持ち込まれたものであった。
全体にレリーフが彫り込まれている。蛇だ。大小様々な蛇が互いに捻りあい絡みつくようにして、門に刻まれていた。その不気味で死を連想させるデザインとは反して、静かに閉じている観音開きの扉の上部には、生を司る太陽を想わせる黄金色に輝くベルが備えつけられていた。
『地獄門』と、選ばれし者達はそう呼んでいた。
門の遥か真下に、巨大なお椀の形した建造物があった。
中央は窪み周囲をぐるっと囲むようにして、無数の座席が並んでいる。
闘技場と呼ばれているそこから、ガギィンンンガギィンンンと、金属を打ち合うような重い音が鳴り響く。
その中央で、二体の巨大人型兵器『鬼神』が戦っていた。
白銀色の鬼神ルシフェルの斧と、山吹色の鬼神ガブリエルの棍棒がぶつかり合い、ギンギンギンギンと音が鳴り響いていたのだ。
「はあはあはあはあ」
ガブリエルの体内、コクピットルームで少女の荒い息使いが聞こえる。
使い手(パイロット)の武蔵巴である。長く伸ばした黒い髪、前髪は眉の上で綺麗に切りそろえてあった。意志の強い瞳が印象的な美少女である。
「はぁ……はぁはぁ」
巴はセーラー服を着ている。喘ぎ、ひざ下丈のプリーツスカートがしわくちゃになっている。白い太ももがクネクネと何かに耐えるように、なまめかしく動いてるからだ。
くちゅっと、粘着性のある透明な液体が黒いハイソックスに染みこむ。
「んんっ」
巴は恥ずかしそう頬を染めた。液体はスカートの中から太ももを伝わって垂れてきた。
コクピットルームに響く吐息は苦痛からでは無く、快楽から洩らす声であった。
メインモニターには模擬戦の相手、御門一真と霧島コアが操る、鬼神ルシフェルが映し出されている。
「んっ……まだまだイクよ! ガブリエル、今日こそルシフェルに勝つ」
巴はアクセルを強く踏み込んだ。
激突する二体の鬼神の戦いを、観覧席で学生服を着た眼鏡の少年が見ていた。
「巴、負けろ負けちまえ」
ひひひっと、引きつった声で笑っている。
「了」と、眼鏡の少年、牛若丸了の名前を呼び、長身の学生服を着た目つきの鋭い少年が近づいてくる。
「隼人先輩も来たんですか」
へらへらと了は、神威隼人に愛想笑いを浮かべた。
「どっちが勝つと思う?」
隼人は落ち着いた声で、了に聞いた。
「えっそりゃ一真さんですよ。隼人先輩は?」
「一真さんだ」
何の躊躇もなく答える。
「ですよね〜」
(全く巴は何考えてやがる……弱者は強者にへーこらしてればいいんだよ)
了の濁った瞳に暗い炎が灯る。
「ガブリエルホームラン」
ブンッと風を切る音が聞こえ、ルシフェルの頭部スレスレをガブリエルの棍棒が横切る。
「おいおい、やるじゃねぇか巴ッ」
にいっと口角を釣り上げて、鬼神ルシフェルの使い手の少年、御門一真は嬉しそうに笑う。
鷹のように鋭い瞳、自身に満ちた表情は実年齢よりも大人びて見えた。
「あんっ……ガブリエルの動きがいつもよりいいね… …ん……」
複座式のコクピット、後部席から少女、霧島コアが吐息交じりに話しかけてくる。
色素の薄い少女であった。白い髪のミディアムヘアー。肌は雪のように純白で綺麗だ。その肌がうっすらと朱に染まるのは、一真(恋人)のいる前で自分が快楽に溺れてるのが、恥ずかしいのだ。
ビクビクンと下腹部が無意識に前後に動く。
コクピットルーム内には淫靡な匂いが漂っている。
「辛いか……コア」
操縦しながら、一真は心配そうに声をかけた。
「へへへ、一真くんの方が辛いでしょ? 蛇の生殺しってやつ?」
そう言って、テントを張る制服のズボンを見つめる。
「模擬戦終わったら、鎮めてあげるから……ね」
「おぅ! よろしく頼むわ! 気合い入れるぜルシフェル!」
連発するガブリエルの攻撃を、必要最低限の動きで交わしていく。
「攻撃が当たらない、流石です一真さん」
「カカッ、巴お前の攻撃は大振り過ぎるんだよ! 当たれなきゃ意味ねぇぞ」
ガンッ、斧で軽く権勢し、ガブリエルの動きを一瞬足止めさせる。
「だらぁッ!」
斧を支点にして機体を半回転、左腹部に全体重を乗せた膝蹴りを放つ。
「くっ!」
ガブリエルの足のサスペンションが下がり、衝撃を逃がした。
「どうだ、いくらガブリエルが他の鬼神よりガタイがよくても、この体重を乗せた蹴り効くだろッ」
鬼神ガブリエルは力に特化した機体である。故に他の機体に比べて装甲は厚く体格は倍以上違う。特徴的なのは肩部の長方形型のアーマであった。
「まだまだぁ!」
ガブリエルの隻眼の瞳が、山吹色に輝く。
肩部のアーマが展開、収納されていたサブアームが解放する。
「やべぇアスラモードかよ!」
大急ぎで後方に移動し、距離を取ろうとする。
鬼神ルシフェルは格闘に特化した機体である。動作は滑らかで人間に限りなく近い。その為に一人で操縦するには負担がかかる為に、サブパイロットが必要な特殊な鬼神であった。
逃がさないと、右足を掴むガブリエルは、ルシフェルを軽々と持ち上げ大地に叩きつけた。
「おらおらおら!」
巴は叫び、繰り返し繰り返し叩きつける。
「カカカカッ」
一真は嬉しそうに笑う。
「一真くん、一旦体勢を立て直そう。ルシファービームで右足の拘束を解いて」
「ダメだ! 素手の戦いに、んな事できっか!」
「あ〜んバカッ一真!」
それこそが巴の策であった。素手で挑んできた相手には、一真は必ず素手で戦う事を知っている。格闘に特化した機体だからこそ、尚更そこにこだわるのだ。一真の性格を熟知している仲間だからこそ、考えついた戦術であった。
素手同士の戦いの勝敗を決めるのは、凄く単純だ。体格の差である。力の差と言い換えてもいい。どんなに体を鍛えあげた所で、持って生まれたきた体の差だけは埋まる事はないのだ。しかもだ、この戦いはあくまでも、模擬戦。命のやりとりはなく、機体同士のぶつかり合いで自らの体が痛いわけでもない。
巴の勝機は充分にある。躊躇さえしなければ勝てるのだ。
ギリギリギリギリ。関節が軋む音が闘技場に響く。
ガブリエルはルシフェルの腰に跨がり、足を膝にからみつける。四本の腕は首と手首の関節を同時に決めた。
「巴の勝ちだ」
異形なる姿だからこそできる関節技に、隼人は熱い視線を送る。
「ぬうぅぅ巴め生意気な」
了は巴が勝利した事が気に入らないのか、ぎちぎちぎちと親指の爪をかじった。
起動を停止する二つの鬼神。
「参ったぜ巴、お前の勝ちだ」
ハッハッハッと元気に笑う一真と、静かに瞳を閉じている疲労困憊のコア。
「はい! ありがとうございます」
巴は、嬉しそうに笑顔を見せる。
「これで俺達がいなくても、大丈夫だな」
「えっ……それって……」
それから数日後、一真とコアは、姿を消した。
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