デビルオン

悪魔が来りて鐘が鳴る。
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1章 継ぐもの

継ぐもの(1)

公開日時: 2021年4月20日(火) 09:01
文字数:3,292

「……んっ……いやっ……はあはあはあ……」

 セーラー服を着た少女が切なそうにあえでいた。

 少女は座席に腰掛けて、下腹部から襲い来る快楽に身を委ねていた。

 くちゅくちゅくちゅくちゅと、淫靡な音がスカートの中から聞こえてくる。

 実に奇妙な光景であった。両手は肘掛けを強く掴んでいた。下腹部を触っているわけではない。

 道具か。違うその手の器具ではない。うっすらと染みが浮かび上がる下着に乱れはなかった。

 妄想や空想で人はここまで淫靡になれるのか。

 少女の頬は朱に染まる。薄い唇は半開きになり糸が張る。

 ゆらりと、眉の上で綺麗に切りそろえた前髪が、頭を動かすたびに揺れ動く。

「んっ……行く……行けそう……はぁはぁはぁ」

 少女は快楽に身を委ねるのを止めて、視線を前方に動かす。

 球体型の全天周囲モニターがそこにはあった。

 ギィィンギィィンと起動音が鳴り、照明が明るくなっていく。

 少女が座るこの場所は、単座式のコクピットルームであった。

 肘掛けのハッチが開き、男根型のメインレバーが解放される。

 それを少女は強く握り締めた。

「行こう! 鬼神ガブリエル起動!」


 その場所が存在することを人々は知らない。いや一部の選ばれし者以外は、存在を認識できない。

 何故ならそこは、隔離された世界であったからだ。

 紫色に染まった空と、黄色い太陽。そして大地を傍観する白い月。

 その月の中央に、白銀色の大きな門が浮かんでいた。勿論自然に出来たものではない。何者かの手によって、門はこの世界に持ち込まれたものであった。

 全体にレリーフが彫り込まれている。蛇だ。大小様々な蛇が互いに捻りあい絡みつくようにして、門に刻まれていた。その不気味で死を連想させるデザインとは反して、静かに閉じている観音開きの扉の上部には、生を司る太陽を想わせる黄金色に輝くベルが備えつけられていた。

『地獄門』と、選ばれし者達はそう呼んでいた。

 門の遥か真下に、巨大なお椀の形した建造物があった。

 中央は窪み周囲をぐるっと囲むようにして、無数の座席が並んでいる。

 闘技場と呼ばれているそこから、ガギィンンンガギィンンンと、金属を打ち合うような重い音が鳴り響く。

 その中央で、二体の巨大人型兵器『鬼神』が戦っていた。

 白銀色の鬼神ルシフェルの斧と、山吹色の鬼神ガブリエルの棍棒がぶつかり合い、ギンギンギンギンと音が鳴り響いていたのだ。


「はあはあはあはあ」

 ガブリエルの体内、コクピットルームで少女の荒い息使いが聞こえる。

 使い手(パイロット)の武蔵巴である。長く伸ばした黒い髪、前髪は眉の上で綺麗に切りそろえてあった。意志の強い瞳が印象的な美少女である。



「はぁ……はぁはぁ」

 巴はセーラー服を着ている。喘ぎ、ひざ下丈のプリーツスカートがしわくちゃになっている。白い太ももがクネクネと何かに耐えるように、なまめかしく動いてるからだ。

 くちゅっと、粘着性のある透明な液体が黒いハイソックスに染みこむ。

「んんっ」

 巴は恥ずかしそう頬を染めた。液体はスカートの中から太ももを伝わって垂れてきた。

 コクピットルームに響く吐息は苦痛からでは無く、快楽から洩らす声であった。

 メインモニターには模擬戦の相手、御門一真と霧島コアが操る、鬼神ルシフェルが映し出されている。

「んっ……まだまだイクよ! ガブリエル、今日こそルシフェルに勝つ」

 巴はアクセルを強く踏み込んだ。




 激突する二体の鬼神の戦いを、観覧席で学生服を着た眼鏡の少年が見ていた。

「巴、負けろ負けちまえ」

 ひひひっと、引きつった声で笑っている。

「了」と、眼鏡の少年、牛若丸了の名前を呼び、長身の学生服を着た目つきの鋭い少年が近づいてくる。

「隼人先輩も来たんですか」

 へらへらと了は、神威隼人に愛想笑いを浮かべた。

「どっちが勝つと思う?」

 隼人は落ち着いた声で、了に聞いた。

「えっそりゃ一真さんですよ。隼人先輩は?」

「一真さんだ」

 何の躊躇もなく答える。

「ですよね〜」

(全く巴は何考えてやがる……弱者は強者にへーこらしてればいいんだよ)

 了の濁った瞳に暗い炎が灯る。




「ガブリエルホームラン」

 ブンッと風を切る音が聞こえ、ルシフェルの頭部スレスレをガブリエルの棍棒が横切る。

「おいおい、やるじゃねぇか巴ッ」

 にいっと口角を釣り上げて、鬼神ルシフェルの使い手の少年、御門一真は嬉しそうに笑う。

 鷹のように鋭い瞳、自身に満ちた表情は実年齢よりも大人びて見えた。



「あんっ……ガブリエルの動きがいつもよりいいね… …ん……」 

 複座式のコクピット、後部席から少女、霧島コアが吐息交じりに話しかけてくる。

 色素の薄い少女であった。白い髪のミディアムヘアー。肌は雪のように純白で綺麗だ。その肌がうっすらと朱に染まるのは、一真(恋人)のいる前で自分が快楽に溺れてるのが、恥ずかしいのだ。



 ビクビクンと下腹部が無意識に前後に動く。

 コクピットルーム内には淫靡な匂いが漂っている。

「辛いか……コア」

 操縦しながら、一真は心配そうに声をかけた。

「へへへ、一真くんの方が辛いでしょ? 蛇の生殺しってやつ?」

 そう言って、テントを張る制服のズボンを見つめる。

「模擬戦終わったら、鎮めてあげるから……ね」

「おぅ! よろしく頼むわ! 気合い入れるぜルシフェル!」

 連発するガブリエルの攻撃を、必要最低限の動きで交わしていく。

「攻撃が当たらない、流石です一真さん」

「カカッ、巴お前の攻撃は大振り過ぎるんだよ! 当たれなきゃ意味ねぇぞ」

 ガンッ、斧で軽く権勢し、ガブリエルの動きを一瞬足止めさせる。

「だらぁッ!」

 斧を支点にして機体を半回転、左腹部に全体重を乗せた膝蹴りを放つ。

「くっ!」

 ガブリエルの足のサスペンションが下がり、衝撃を逃がした。

「どうだ、いくらガブリエルが他の鬼神よりガタイがよくても、この体重を乗せた蹴り効くだろッ」

 鬼神ガブリエルは力に特化した機体である。故に他の機体に比べて装甲は厚く体格は倍以上違う。特徴的なのは肩部の長方形型のアーマであった。

「まだまだぁ!」

 ガブリエルの隻眼の瞳が、山吹色に輝く。

 肩部のアーマが展開、収納されていたサブアームが解放する。

「やべぇアスラモードかよ!」

 大急ぎで後方に移動し、距離を取ろうとする。

 鬼神ルシフェルは格闘に特化した機体である。動作は滑らかで人間に限りなく近い。その為に一人で操縦するには負担がかかる為に、サブパイロットが必要な特殊な鬼神であった。

 逃がさないと、右足を掴むガブリエルは、ルシフェルを軽々と持ち上げ大地に叩きつけた。

「おらおらおら!」

 巴は叫び、繰り返し繰り返し叩きつける。

「カカカカッ」

 一真は嬉しそうに笑う。

「一真くん、一旦体勢を立て直そう。ルシファービームで右足の拘束を解いて」

「ダメだ! 素手の戦いに、んな事できっか!」

「あ〜んバカッ一真!」

 それこそが巴の策であった。素手で挑んできた相手には、一真は必ず素手で戦う事を知っている。格闘に特化した機体だからこそ、尚更そこにこだわるのだ。一真の性格を熟知している仲間だからこそ、考えついた戦術であった。

 素手同士の戦いの勝敗を決めるのは、凄く単純だ。体格の差である。力の差と言い換えてもいい。どんなに体を鍛えあげた所で、持って生まれたきた体の差だけは埋まる事はないのだ。しかもだ、この戦いはあくまでも、模擬戦。命のやりとりはなく、機体同士のぶつかり合いで自らの体が痛いわけでもない。

 巴の勝機は充分にある。躊躇さえしなければ勝てるのだ。



 ギリギリギリギリ。関節が軋む音が闘技場に響く。

 ガブリエルはルシフェルの腰に跨がり、足を膝にからみつける。四本の腕は首と手首の関節を同時に決めた。

「巴の勝ちだ」

 異形なる姿だからこそできる関節技に、隼人は熱い視線を送る。

「ぬうぅぅ巴め生意気な」

 了は巴が勝利した事が気に入らないのか、ぎちぎちぎちと親指の爪をかじった。



 起動を停止する二つの鬼神。

「参ったぜ巴、お前の勝ちだ」

 ハッハッハッと元気に笑う一真と、静かに瞳を閉じている疲労困憊のコア。

「はい! ありがとうございます」

 巴は、嬉しそうに笑顔を見せる。

「これで俺達がいなくても、大丈夫だな」

「えっ……それって……」

 それから数日後、一真とコアは、姿を消した。


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