桜は気が付くと、暗闇に閉ざされた空間にいた。
景色は見えないが、不思議と圧迫感や闇に対する恐怖はない。
「何だあれ?」
前方から、山の様に大きい塊が近づいて来る。
「鬼の頭かありゃ」
それは額から四本の赤い角を生やした、巨大な人型の頭部であった。
「あれってまさかコレか?」
カードに描かれた悪魔の絵と、頭部を交互に見比べる。
同じ形をしていた。
この絵は、この頭部を元に描かれたものなのか。
「生きてる?」
目の錯覚か、鬼の瞳はギロリと動き桜を捉えた。
額の中央に勾玉があった。
スペードに酷似したマークが浮かび、そこから黒いドレス姿の少女が現れる。
「誰だ、お前?」
艶のある赤い髪は長く、ゆるふわに軽くウェブする毛先は腰を覆う。
若干つり目で二重瞼の紅の瞳は、愛おしそうに桜を見つめていた。
(あれ何処かで……?)
初めて会ったはずなのに、とても懐かしく感じるのは気のせいか。
「ぬっ!」
視線が胸元から離れない。
「おっぱいデカッ!」
我がままに自己主張する豊満なバスト。
大きく開かれた胸元から谷間が見えて、零れ落ちそうになっている。
「声に出てるよ」
少女はくすっと嬉しそうに笑うと、両手を広げて愛おしそうに桜を抱きしめた。
「やっと会えたね桜。鬼神ルシファーの使い手」
耳元で囁き、頭を優しく撫でる。
「わたしの名前はリリス姫。お願い、世界を救って」
リリス姫の唇が、桜の唇と重なった。
「なんだこれ」
突如脳内に、ノイズ混じりの映像が浮かんだ。
建物が崩れ、瓦礫の山。道路はひび割れ陥没している。
「ひでぇ」
幻覚。あるいは夢。
そういった類のものだと桜は理解しているが、それでも目の前に広がる光景に心が酷くざわめいた。
「地震でもあったのか」
ゴゴゴゴゴッ。腹の底が痺れる感覚。
「ヤバい逃げないとッッッ」
大地が唸り声をあげ、地響きが鳴った。
「うわぁあああああああああ」
足元が崩れ、桜は大地に飲み込まれていく。
「痛いなクソ」
夢でも痛みを感じるか。いや夢だからこの程度で済むのだろう。
景色が変わっていた。小高い丘に桜はいた。
「おっ、次はなんだ。もう何来ても驚かねぇぞ」
「来るぞ! 気合い入れろよ!」
背後から、よく知っている声がする。
「あ、兄貴」
桜の隣に御門一真が並んだ。
子供の頃からお気に入りの赤いマフラーをなびかせ、眼孔鋭い鷹の目で薄紫色の大空を見上げている。
「今回のルートで決めるぜ! 奴を虚無に帰して永遠に続くループを終わらせる」
「!」
桜は見た。
満月の中央に肉眼でもはっきりと認識できる程、巨大な不気味な門が浮かんでいるのを。
「成神市の空にあるやつと同じもの……?」
観音開きに扉が静かに開かれていく。
「グウッッ!」
背筋がゾクゾクと震えだし、もの凄い重圧を感じる。
ぬぅぅぅぅと、中から巨大な蛇の頭部が鎌首をもたげ二人を睨んだ。
「うわぁああああああああああああ!」
気がつくと、座席に座っていた。
やっと悪夢は終わったか。制服の下は冷や汗で濡れて気持ち悪い。
キョロキョロと、周囲を見渡す。
「コクピット?」
白い球形の広い密室空間の中央に桜は座っている。前後に乗り込むタイプで前に桜。後ろの席には誰もいない。
両手は横から伸びてる大きな操作レバーを握り、両足は操作ペダルの上に乗っていた。
「鬼神ルシファーの操縦席へ、ようこそ」
前面メインパネル中央の窪みに黒いカードが収納されており、その上に人形サイズのリリス姫が浮かんでいる。
「えーと舞姫?」
「なななななななんの事かしら、わたくしリリス姫ですわよ」
額から汗を垂れ流し、オホホホホと手を口にあてて笑いだす。
「さっきとキャラ変わってねぇ?」
「ほ、ほらもっとツッコみ入れるとこあるでしょ? ここは何処だとか、俺に何をさせる気だとか。色々とお約束が」
「あー」
ポンっと手を叩く。
「なんでそのサイズなの?」
「そこっ? それ今一番聞きたいのっ!?」
「うん、まぁいいや」
「いいのぉ!」
少しからかい過ぎたか、リリス姫は頭を抱えてる。
「これで世界を救うために戦えってやつか?」
ポンポンと、レバーを叩く。
「やっと本筋に……ゴホン。そうです桜、本来はキチンと筋道たてて説明したいけど、時間がありません』
姿勢を正し、再び桜に視線を向ける。
「今から外宇宙の神の使徒である魔獣が現れます。桜は今回の狩人に選ばれました」
「うーん」
既視感。桜は何故かデジャヴを感じる。
「桜?」
姫は不安そうに声をかけてきた。
「どした舞姫」
「むーリリス姫です。戦う報酬として、悪魔の名の元に『願い』を叶えましょう」
ドクンッ。心臓が高鳴り魂が震えた。
『また会いましょう桜 今度は七瀬に遠慮しないぞ』
「くっ、既視感か……魔獣と戦わないと」
「世界が虚無に帰る」「虚無になるってか」
姫と言葉が重なる。
「えっ、桜なんで覚え……知ってるの?」
「さぁ何でだろ? 俺もわからん」
「そう……だよね」
悲しそうな表情を姫は浮かべた。
「願い叶えてくれるんだよな?」
「はい。どんな願いも、悪魔リリスの名にかけて」
「ずっと一緒にいてくれ舞姫。今度こそ」
「……桜……」
瞳を潤まし、姫は力強く頷く。
「わかりました。その願い叶えましょ!」
「俺は大切な人達を守りたい。その為の力がこの鬼神にはあるんだ。やってやるぜ!」
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