学園地下駐車場のエレベーターの前で、桜と了は立っていた。
「ひひッ先にいくぜ。桜先輩」
美しい女性の顔と翼が描かれた深緑色のカードを引き抜くと、扉の中へ消えていく。
「よしっ行ってくるよ」
桜は、後ろで見守る七瀬と舞姫に声をかけた。
「桜くん、落ち着いて冷静にね。熱くなって周りが見えなくなったら駄目」
「うん、分かってる。帰ったらさ、三人で飯食べよう」
桜は笑い、黒いカードを取り出す。
七瀬も実は関係者と知り、使い手としての心の負担が随分と楽になっていた。
「舞姫、行かないのか?」
七瀬の隣に立っている相棒に声をかける。
「な、なんの事かなぁ わたし分かんない」
ふひゅ~ふひゅ~と鳴らない口笛を吹き、しらを切っていた。
「えぇっ~そういう設定かよぉ!」
桜は楽しそうに笑みを見せてツッコむと、カードを扉の前に突き出した。
「転送!」
暗闇の中をゆっくりと桜は落ちていく。そこで待っていたのは鬼神ルシファーであった。
額のクリスタルに飲み込まれ、コクピットルームへ転送が完了する。
不思議と気分は落ち着いている。
「慣れたのか」
ギシッ。背もたれに体重をかける。
「こんなの慣れたくないけどな」
桜は表情を引き締めた。
「桜、今回は模擬戦。命のやりとりはないから安心してね」
メインパネルに差し込んであるカードの上に、リリス姫が現れた。
「ふーん、あっちはそう思ってないんじゃない?」
モニターに映し出されるは、空を飛翔する深緑色の鳥型の鬼神。
機体の中央に美しい女性の上半身。左右に猛禽類型の翼を生やしている。
緑に光る鋭い眼光。鈎型に曲がるクチバシ。太く逞しい足には、手の役割を兼ねた鉤爪の五本の指が生えていた。
「うわぁ飛んでるよ」
「あの機体の名は、鬼神ウライエル」
「……姫、ルシファーは飛べないんだよな?」
「今のルシファーでは、無理だ」
「どうすっかな……」
「ちなみに一真がウライエルと戦った時は……」
「悪ぃ兄貴の話題は無しだ、俺は戦法まで一真のおさがりは嫌なんでね」
––––そうだろ? 一真。これぐらい自分で何とかしろって、兄貴なら言うだろ。
「これが僕の愛機、ウライエルだ!」
サブモニターに了の姿が映し出された。
「ひゃっひゃっひゃ」
上下に羽ばたく大きな翼で空を自由に舞うその姿は、まさに天空の覇者。これこそが僕の力そのものだと、了は誇らしげに笑った。
「あれれっ立ち止まったままで、どうしたんですか先輩? まさか動かし方忘れちゃいました? ひひひ」
翼の羽がミサイルのように撃ち出された。
ルシファーはそれをかわす。
「ひゃっは!」
機体がギリギリまで近づいてくる。桜を挑発し瞬く間に上空へと帰っていく。
「冷静にね。熱くならないで」
「あぁわかってる。姫、周囲の画像を脳に送れ……いぐっ…」
びくんびくんと、桜の体がのけぞる。
一気に送られた膨大な情報量に脳が悲鳴をあげたのだ。
「ごめん。データある程度絞れば良かった」
「……気にするな。反撃開始だぜ!」
シートに座り直すと、メインレバーを動かした。
「ルシファー・ブーメランッッ!」
弧を描き上空へと勢いよく飛んでいくが、ウライエルには届かない。
「やはり駄目かぁ」
「兄弟揃って脳筋が」と了は鼻で笑うと、上空から攻撃を再開する。
「なんだと降りてこい! こらっ!」
「もういいから、逃げるよ」
降り注ぐ羽から逃げる為に、姫はルシファーを操作し走り出した。
逃げ込んだ先に見えるのは、沢山の瓦礫の山。
戦争でもあったのか破壊された建物。ひび割れ歪んだアスファルト。
似てる。最初に鬼神に乗り込んだときに見たあの幻に。一真がいた、あの破壊された世界にこの景色は似ているのだ。
「ここは何処だ。なんで闘技場の中に街があるんだよ」
「……」
姫は答えない。
舗装された道路が崩れて出来た穴が見えてきた。そこにルシファーは飛び込んだ。
「なる程、この場所ならば上空からの攻撃は防げるか」
二つの鬼神の戦いを、隼人は観覧席で見ていた。
「隼人先輩」
後ろから巴が近づき、隣りに並んだ。
「お前も来たのか」
「はい。了は何考えてるんだか……」
呆れ顔の巴は、溜め息をついた。
「理由は何であれ、桜の戦闘経験値が上がるのは好ましい。アイツも貴重な戦力だ……って会長なら言うだろ」
「……そうですね、一真さんならきっと」
獲物を狙う猛禽類のように、クルクルとウライエルは回る。
「少しは頭を使ったか? だが僕の勝ちだ」
ひひひッと、粘着性のある笑い声が響いた。
クチバシの中から、砲身が突き出してくる。
「了、桜さんを殺す気!?」
巴は、山吹色のカードを引き抜く。
「……リリスからの伝言だ。手をだすな……と」
隼人はギリッと、奥歯を強く噛みしめた。
「酷い……どうしてリリス……」
巴は、信じられないと目を伏せる。
「……でも、だからと言って見殺しにはできません」
直ぐに顔を上げ気持ちを入れ替えると、決意を籠めた眼差しでカードを見る。
「ウライエルキャノン! 桜、緊急離脱!」
「おっ、おう!」
「エネルギーチャージするのに時間かかるから、まだ間に合う。早くこの場から離れて!」
ルシファーは、急いでそこから飛び出した。
「背後が、がら空きだぁ」
ミサイルが発射されるが、姫のサポートもあり全弾をかわす。
「ひひひひゃっはっはっは、見事見事だぞ」
了は攻撃が当たらなくても嬉しそうだ。
「サヴァイブで魂がバリバリと喰われていく感覚ぅぅ堪らんんん。これだから使い手は辞められないんだぁ!」
サブモニターに飛び散る了のヨダレが映る。
「うわぁキモい」
姫は桜の肩の上に避難する。
「もう少しこの快楽を味わいたいが、そろそろ僕ちんの脳が保たない。こっちが先にイッちまったら意味がない。あの世にイクのはお前だ桜!」
了はトリガーを引いた。
ウライエルの右足から、五本の鉤爪が撃ちだされる。
腰の短刀を引き抜き、叩き落とす。
一本、二本目は成功するが、三本目が間に合わない。
後方へ飛ぶ。
全天周囲モニターの背面に映るは、瓦礫の山。
「しまった!」
コの字に崩れ落ちて出来た瓦礫の袋小路に、機体は入り込んでしまう。
慈悲も無く四本目、五本目が襲い掛かる。
「ガブリエル・ビームッ!」
突如乱入してきたガブリエルの放った光線は、四本目を塵に帰す。
だが最後の五本目には当たらない。
「桜さんッ!」
「うらぁぁぁぁ!」
背水の陣で立ち向かうが、鉤爪は左腕部を貫き瓦礫の柱に食い込んだ。
「ひひひッひゃっはっはっは」
勝利を確信した了は笑いながら、砲身を向けた。
「もう止めて、了アナタの勝ちよ」
「巴、乱入してくんな。危ねぇぞ」
言葉遣いは乱暴だが、桜の口調は優しい。
「だとよ、ほらほら桜さんがそう言ってんだ。どけよ!」
「しかし……」
「まだ終わってない、終わってないんだよ。頼むよ、そこにいられると戦えない」
桜はニィィィィと、口角を釣り上げて笑った。
「……一真会長……」
「はぁぁっ?」
桜はまぬけな声を出した。
「いえやはり兄弟ですね、その笑い方、会長にそっくり」
巴はそう言うと、二機から距離を取る。
「喜んでいいのかそれ……さて、と左腕はもう使い物にならねぇな」
「うふふふ、嬉しいくせに」
桜のもみあげを引っ張る。
「からかうなよ姫。イケルな」
「勿の論よ」
ルシファーの瞳が黄色く輝く。
「……この状態でも僕と戦おうとする気合い、そこだけは嫌いじゃないぜ……アンタを認めてやるよ桜先輩!」
「教えてやるよ。負けたと心が折れなきゃ負けじゃないんだよ。後輩!」
二人はモニター越しで、ニィィィィィと笑いあう。
「ひひっ、なら、この攻撃でその心折ってやる!!」
砲身にエネルギーが集中する。
ルシファーは拘束を解くために、短刀で左腕のジョイントを切り刻む。
「無駄ァァ! 例えそこから脱出できたところで逃げ道などない!」
放たれる無慈悲の光線が、降り注ぐ。
「桜さん……いやぁぁぁぁぁあああああああ!!」
そこに残されたのは、一面の焼け野原だけだった。
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