「ひひひひひ、ついうっかり全力で撃ってしまった。ひゃひゃひゃひゃ」
了の癇にさわる笑い声が、闘技場に響く。
『ジジジジジジジジジジ!!!』
警告音が鳴り、サヴァイブが危険を知らせた。
「なぬっ、真下から高熱エネルギー反応?」
地上が紅に染まり、瓦礫がドロドロに溶けていく。
「もしかしてぇ、ルシファービームですかッッ!」
『YESYESYES』
地表を突き破り、炎の龍が鎌首を擡げる。
「ひっいぃいいいいいいい」
顎はウライエルの右翼に噛みついた。
「ば、バカなッ!?」
了は急いで操縦レバーを引いて、上昇する。
「どういう事だ! 桜は生きているのか」
右翼は炎上し、黒い噴煙を噴き上げるが直撃は免れた。
これぐらい鬼神なら、問題ない。
「サヴァイブ、桜を探せ! ぐぅうううぅう」
苦痛で顔が歪む。脳内に周囲の映像が一気に流れ込んできた。
崩れたビル、折れた電柱。陥没した道路。見渡す限り広がる瓦礫の山。
視界が捉えたのは、劣化しているが真っすぐに立っている高層ビル。
そこを器用に、片手と両足の鉤爪で頂上まで登るルシファーの姿だ。
「なぬぅぅ」
こちらに向かって躊躇なく、機体は飛んだ。
ウライエル目掛けて飛んだのはいいが、ギリギリ届かない。手を最大限に伸ばしても空を掴むだけだ。
ルシファーは重力に引かれ、落ちていく。
「うらぁ」
手首からワイヤーが放たれると、ウライエルの左足に絡みついた。
「よぉッ後輩」
「ひぃぃぃ! ウライエルキャノンを、どうかわしたんだぁぁ」
唾を撒き散らし、喚き立てる了の姿がモニターに映る。
「ルシファーが追い詰められたあの場所、そこに埋もれてたのは地下空間へと続く二本のレールね」
リリス姫は、してやったりと微笑んだ。
「地下鉄を通り回避したのか……まさか最初から僕を嵌める気で」
「そう言う事だ。左腕無くなったのは痛いがな、まぁ何とかなるだろ」
ワイヤーを巻きあげ、ウライエルのボディーをよじ登っていく。
「な、何をする気だ何をする気だァ」
撃ち落とすわけにはいかない。そんな事すれば機体に穴が空くと、了が悩んでる隙にボディーの上にたどり着く。
「こうするんだよッッ! ルシファークローォォォォォォォ」
右手の鉤爪で、炎上する右翼の付け根を抉る。
グルグルグルと足場の機体が回り出す。両足の鉤爪とワイヤーが機体を掴んでいるので、振り落とされる事はなかった。
「カカカカカカカカカ!」
桜は嬉しそうに笑いながら、翼を何度も何度も突き刺し抉る。
「桜さん良かった無事で」
巴がホッと胸をなで下ろしたのもつかの間、ルシファーがウライエルの右翼を破壊した。
「それ以上はダメですッ!」
アクセルを強く踏み込む。
火花が散り、ウライエルの飛行が不安定になっていく。
「やめろ! 馬鹿! 翼を破壊したら墜落するんだぞ!」
闘技場に警報と了の悲鳴がこだまする。
ガブリエルのモニターには、右翼を片腕で引きちぎろうとするルシファーの姿が映し出される。
「間に合えぇぇぇ!!」
「わかってるのか! ここから落ちたら僕たちは死ぬんだぞぉ止めて、止めて……ください。僕の負けです。もう挑発しません……朝比奈からも手を引きます! だから……許してください」
「駄目だ! 絶対に許すかボケッ!」
懇願する了に、桜は吠えた。
「ひぃぃぃぃぃ! 死ぬんだぞ死んじゃうんだぞぉぉぉ!?」
「だが、てめぇも死ぬんだろッッッ!」
ルシファーはウライエルの右翼を引きちぎった。
戦いは終わった。闘技場には起動を停止した三体の鬼神が佇んでいる。
ガブリエルの四本の腕が、片翼を失ったウライエルを掴み、その隣りにはルシファーが片膝を立てて、地に座っていた。
パチンと渇いた音が聞こえた。巴が了の頬を叩いたのだ。
「桜さんを殺そうとしたわね!」
いつもの憎まれ口は何処にいったのか、了は何も言わず虚ろげな瞳は、虚空をさまよっている。
「……帰る……」
ボソッと覇気の無い声で呟くと、闘技場から姿を消した。
「俺も帰ろ」
桜はだるそうに肩をコキコキと鳴らす。
「おいっ」
背後から肩を掴まれ、拳が飛んでくる。
不意をつかれ、かわす事も出来ない。
ガッッッ、唇が熱い。錆びの味がした。
「なんだてめぇ!」
激高した桜は、自分を殴りつけた隼人に襲いかかる。
シッ、呼吸を細く吐きだす音が聞こえ、隼人の指が真っ直ぐ目に伸びる。その攻撃に一切迷いもない。
「くっ!」
とっさに顔をズラす。指は目の脇の肉を抉る。
シッ、再び呼吸が鳴り、鼻の穴を指が狙う。
左腕を反時計周りに回転させ、その伸びてくる指の手首内側に当て、軌道を外側にズラす。
「ウオオオオオオオオオッッ!」
右膝を、隼人の鳩尾目掛けて放つ。
ボンッと間抜けな音が聞こえた。隼人がもう片方の手のひらで、それを受け止めていた。
体の存在感を感じない。隼人は、その自分に向けられた力を利用し後方に飛んだのだ。
「隼人ッッッッッッッ!」
ゾクゾクと背筋が震えた。尻の穴がきゅぅぅぅと、むず痒い。
怖い。
桜は叫ばなければ、先に進めなかった。
「隼人、素人じゃねぇな」
「馬波流(ばなみりゅう)、裏の業だ……桜、お前も、やってるな」
「暁流……こっちは二千年無敗の殺人術だ! なめんなコラッ!」
眉間に皺をよせ睨みつける。
「二人とも、もうやめてください」
巴は間に入る。
「……チッ……」
桜は舌打ちする。
「隼人さんも、もういいでしょ」
「……」
隼人は構えを解く。
「桜、俺達しか魔獣と戦う事ができない。それを忘れるな」
「知るかよ」
ぷいっとそっぽをむく。
「あとは私が」
前に出そうになる隼人を止める。
「桜さん、私たちも世界の事なんて知りません」
生気のない瞳で、巴は自虐的に笑う。
「私たち使い手は皆、自分の叶えた願いを維持する為だけに魔獣と戦ってます。だって負けたら、きっと願いは維持できなくなる……」
キッと巴の顔が引き締まる。先ほどの死んでるような瞳から一転、強い意思がそれに宿る。
「例えどんなに相手が気にいらなくても、戦力を減らす事は絶対になりません! もしアナタが原因で願いが消えたら、私は桜さんを許さないッ!」
「巴……」
巴は涙を流している。感情が押さえきれなくなったのか、巴は泣き出した。
「そう言う事だ。お前が足を引っ張って、俺の願いが消滅したら、殺すぞ」
学校の地下にある通路を、闘技場から戻った了は歩いている。
「お疲れ、坊や」
気づくと、女生徒が横に並んで歩いていた。
「……お前か」
「よく本気を出さないで我慢したな」
「……本気だったさ……」
女生徒は首を振り、それを否定する。
「お前が本気だしたら、桜は逃げる事も出来ずにウライエルキャノンで消滅だよ、坊や」
「くくくっ……それがお前の意思なんだろ? イザナミ」
了は女生徒をそう呼ぶ。
「そこだけはリリスと同じだ。桜は大切な贄。御門一真をおびき寄せるための……」
「一真……くくくっアイツが再び学園に戻ってきたら、その時は始めさせてもらうさ。僕の願いを叶えるためにな」
了は唇をブイの形に釣り上げて、笑う。
その笑顔はまるで蛇のようであった。
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