牛若丸了は、闘技場の見学通路にいた。
闘技場にはサイを擬人化した魔獣と、黒い鬼神が戦っている。
『あぎぃぃぃぃる』
魂を引き裂かれるような、獣の咆哮が闘技場に響いた。
目の前で、人型であった鬼神が異形なる姿形へと進化していく。
「ひっ」
了は見た。八つの角を頭部から生やし、体を黒い鱗に覆われた六本腕をもつ悪魔の姿を。
「ひいぃぃぃぃぃ!」
「はぁはぁはぁ夢か」
自分の悲鳴で目覚め、深々のベッドの上で跳ね起きた。
「了様、どうしましたか?」
自室の扉を上品にノックし、住み込みのハウスキーパーが声をかけてきたが無視する。
「……」
了の性格を把握している為、それ以上は声をかけず去っていった。
「あの黒い鬼神はなんだ。会長のルシフェルなのか」
体育座りをし、ギリギリと利き腕の親指の爪をかじりだす。
「だがルシフェルがあんな化け物になるなんて、僕は知らない」
――四鬼神ではないのか。
「へひぃ」
――なら今狩ってもいいのか。
口角をつり上げて不気味に笑い、携帯を取りだした。
誰かにつけられている。
早朝、御門桜は学校行く道中に、そう思った。
何時からか。
家からでは無い。学校近くに来て、視線を感じはじめたのだ。
電信柱や郵便ポスト、生徒達の隙間から黒髪ボブカットの少女がこちらを見ている。
(バレバレだぞ)
そう言って、ツッこんでやろうかと何度思った事か。
制服が一緒なので、暁学園の生徒に間違いない。
(まぁいいか。可愛いし。用事あれば、話しかけてくるだろ)
楽天的にそう考えて、放置を決め込む。
放課後の鐘が鳴った。結局可愛いストーカーは話しかけてこなかった。
二年が使用してる校舎二階に足を踏み入れてから、気配は消えたので同学年で無い事だけはわかった。
「桜、遊び行こうぜ」
同じクラスの中島和也に誘われて、教室を後にする。
中島は一真の悪友と舞姫から聞き、交流を深めたのがきっかけで、気づくと友達になっていた。
(やはり、ついてきた)
バッティングセンターでバットを振りながら、ストーカーの視線を感じるが、気にしないで中島から一真の話しを聞く。
「兄貴って、ここではどんなだった?」
「うーん一言で表すとバカかな。『ばかずま』って、彼女の霧島さんもからかってるしね」
「霧島コアか?」
「だよ。兄の彼女だし知ってるよな」
「幼なじみだ」
「はぁん。二人揃って、姉属性美人とロリ属性の幼なじみと付き合えるなんて、御門兄弟前世でどんな善行を積んだのよ。羨ましいぃ」
「……正直中島の方が羨ましい。俺、兄貴の事何も知らない。中学ぐらいからは殆ど口聞かないし」
ボリボリ。中島は坊主頭をかきながら、口を開く。
「カズマと放課後屋上で、よく殴り合ったよ」
中島のバットが真芯を捉え、ボールは心地よい音で飛んでいく。
「えっ中島、兄貴と仲悪かったのか」
「親友だよ。アイツもそう思ってるはず。まぁ色んな形があるんじゃないの。友情にしろ、弟に対する愛情にしろさ」
へっへっへっと、どや顔で鼻を指でこすった。
「バイトあるからまたな桜」
中島と別れた桜は、少し前からストーカーの気配が消えた事に気づいていた。
(あの子もバイトか)
「通して、見失っちゃうよ」
少女の声が自販機が並ぶ一角から聞こえてきた。
覗き込むと、三人組みの見るからに軽薄そうな男達が、黒髪ボブカットのストーカー少女をナンパしている。
「はぁぁ」
桜は溜め息を一つつき、その中に飛び込んだ。
男達は、「彼氏いたんだゴメンね」と爽やかに帰っていく。
「去り際も軽いな。都会って感じ」
腕組みして感心してると、「先輩」と話しかけてきた。
「アタシ、高等部一年の朝比奈旭っていいます。今回も助けてくれてありがと」
ぺこりとお辞儀してくる。
「今回も?」
「あのその、先日生徒会室で了さんと……」
後半は声小さくなって、聞こえなかったが理解した。
「やっとお礼言えた」
「だから、つけ回してたのか」
「バレてたぁ。うぅ完璧な尾行だと思ってたのに」
「旭、その後メガネ……了に付きまとわれてないか?」
「その件で話が、アタシ、了さんの彼女なんですよ。いやぁーこの前はいきなり迫られて、驚いてしまったというかぁ」
明るい口調とは裏腹に旭の表情は、悔しさと無力感で悲しみに満ちている。
「なので、今後は現場見かけてもスルーで」
にこっ。無理やり笑顔を作ると、桜の返事も聞かず去っていった。
「旭?」
一瞬だが、瞳から涙が零れ落ちるのが見えた。
「ふられちゃたね」
後ろから舞姫の声が聞こえた。振り返ると買い物袋を仲良く二人で持つ、七瀬と舞姫が近づいてくる。
「こういう時は追うものよ、桜くん」
「うん」
「うんって……七瀬姉の言葉は、素直に聞くんだね」
舞姫が手のひらを口に当てて、半目でからかってくる。
「そ、そんな恥ずかしいこと言うなよぉ」
桜は「きゃー」と、真っ赤な顔を両手で隠し、旭を追った。
すぐ近くから旭の悲鳴が聞こえた。建物の裏側付近に暁学園の制服を着た二人組みの少年が、見張るように立っている。
「あれか」
「通行止めだ。他をまわりな」
近寄るとニキビ面の少年が、シッシッと野良犬を追い払うように手を動かす。
「いやっ」
奥から、旭の小さな悲鳴が響く。
「どけっ」
「あっ聞こえなかったか?」
ニキビ面の顔色が、怒りでどす黒くなっていく。
「こ、こいつ噂の転校生」
もう一人の少年が桜を見るとそう言って、汗を吹き出した。
奥に進むと、空調機が見えてきた。その物陰で了が旭の体を押さえ、顔を近づけていた。
二人と視線が合う。
「先輩! た――」
タ・ス・ケ・テと唇は動いていた。
「ひぃぃぃぃ」
了は酷く怯えた声で、悲鳴をあげる。
「み、見張りはどうしたぁぁ」
「帰ったぜ」
「あいつらめ、何のために毎月金渡してると思ってんだ」
「了!」
「ひいぃデカい声だしたって、怖くないぞ! ぼ、僕は金持ちだ。い、いくらほしいんだ」
「俺がほしいのは、旭だ」
「せせせせせ先輩」
旭の顔が真っ赤に染まる。
「はぁぁ馬鹿なの馬鹿なのか。ヒナは僕の彼女なんだぞ」
「お金で買った彼女でしょ」
七瀬の声が近づいてくる。二人が追いついたのだ。
「それでも彼女は彼女だ! ヒナの父親が経営する会社を救ったのは僕だ! 朝比奈家は喜んでヒナを売ったんだ」
「最低ぇ」
舞姫がゴミを見るような目で睨み、吐き捨てる。
「煩い煩い煩い! 何なんだアンタらは。邪魔ばかりして! 僕はアンタらに何もしてないだろ」
「俺はお前が気に入らないだけだ」
「僕もだよ! 僕もアンタが気に入らない!」
ガチガチと奥歯を鳴らしながら、了は桜に怒りをぶつける。
「勝負しろ」
震える体で桜を指差す。
「いいぜ、かかってこい!」
桜は口角をつり上げて笑った。
「こここ、ここじゃない。鬼神で勝負だ!」
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