ライラック色の少女たち

人嫌いの白髪少女と変態淑女の編入生が織りなす、全寮制お嬢様学校の物語
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第九章 紅い顔の少女

1.入寮期間最終日

公開日時: 2021年7月25日(日) 00:00
文字数:2,276

 四月八日。聖黎女学園の入寮期間も、ついに最終日を残すのみとなった。


 この時期になると、ほとんどの生徒は聖黎女学園に戻っており、寮棟区全体が人的な春の息吹であふれかえっているかのようだった。唯一、中等科一年の生徒だけが欠けており、彼女たちは始業式翌日の入学式を経て、初めて寮に配属される予定になっている。


 この日の午前九時過ぎ、三号棟の217号室にシスター蒼山が訪ねてきた。岬が応対して室内に招き、ルームメイトの一条和佐は読書をしながら二人のやり取りをうかがっている。寮生二人はすでに朝食を済ませ、私服に着替え済みであった。


 三号棟の寮母は、白髪少女に聞かれても構わないというていで平然と話を始めたが、その内容は、本のページをぴたりと止めてしまうものだった。


「今日の夕方六時に、食堂で立食パーティが行われてね。上野さんにはそこで寮生代表のスピーチを担当してほしいのよ」


 光沢のある灰色の瞳が露骨に「明らかに人選を誤っているじゃない」とシスターに告げている。呆気にとられたのは、担当に指名された編入生も一緒だが、さすがに呆れの表情を面に出すことは避けた。

 代わりに浮かんだのは、困惑の強い苦笑だった。


「あたしに代表スピーチが務まるんでしょうかね?」


 岬の口調には「編入そうそう変態淑女と謳われたあたしに?」のニュアンスが多分に含まれていた。

 半分以上が自業自得であることは岬も自覚しており、これ以上不用意に目立って面倒な事態になることは控えたいと思っていたところであったのだ。


 少女の柔らかな拒絶をシスターはものともせず、穏やかに微笑みながら応じた。


「あなたの反省文はとても良くできていたからね。スピーチの原稿もきっと素晴らしいものになると思うの。それに上野さんは人前に立つことに緊張をおぼえるタイプじゃないでしょ?」

「それはまあ、そうですが」

「あなたの真面目な一面を見せれば、皆も上野さんに対する印象を変えるかもしれないからね。あなたの誤解を解く絶好の、そして最後のチャンスだと思って引き受けてもらえると嬉しいわ」


 ここまで言われると、岬としても反発する気が失せてきた。寮母の静かな圧も感じてなくはなかったが、汚名返上の効果があるのは確かである。


 和佐は「どうなっても知らないから」と言わんばかりに、シスターから書物に視線を戻し、白衣の寮母が去った後、編入生の少女に呼びかけた。


「盛大に恥をさらすか、最高に白々しいスピーチになるかのどちらかになりそうね」

「まあ、寮母さんが是非にと仰るなら、あたしも頑張らせていただきますけどね」

「頑張る、ねえ」


 興味なさげに和佐はつぶやき、本を置いて立ち上がる。岬はさっそく原稿に取りかかろうとしていたが、それに気づいてしくも三日前の朝と同じ台詞が出た。


「一条さん、どちらへ行かれるんです?」

「あなたの引き出しの鍵を取り返しに行くのよ」

「ああ、例の協力者さん」


 彼女のことについて、岬は和佐から一切情報を引き出そうとしなかった。わざわざ聞き出さずとも、鍵ならおのずと戻ってくるであろうと信じていたからであるが、和佐からしてみれば理解のしがたい確証であったに違いない。


(どうして、そこまで私を信用できるのかしら)


 惚れた弱み、と言えばそれまでだろうが、できれば、もう少し納得のいく理由を和佐は知りたいところである。だが彼女の性格上、直接問いただすのは途轍もなく難しいことであった。


 結局、追及することのないまま、白髪少女は「そうよ」とだけ応じて寮部屋を出たのだった。


 早足で寮棟を出て、図書館の入り口から禁帯出資料室へと移動する。ここで起きた編入生とのやり取りが思い返されそうだが、それを振り払って人気のない裏口へと出る。携帯端末の液晶画面をタップして、円珠宛てに梟のスタンプを送信する。


 自分の携帯端末を誰かに見られる可能性は、今のところ、変態淑女の編入生を除いて存在しないが、円珠の場合、いきなり通知を受けることで、秘密のやり取りが第三者にばれる可能性も考えられた。その事態を踏まえて、名ばかりの『妹』との通信の際は、和佐は仮の名前を用いている。即座に応じてくれるかが重要であって、やり取りの名義など問題にならなかった。


 だが、正午を過ぎても円珠からの通知はこなかった。即座に返信して、愛しい『姉様』のもとまで駆けつけるのが円珠であるはずなのに、数時間たっても返事がこないのは前例のないことだ。


 メッセージの履歴を見返すと、和佐が送った梟のスタンプには『既読済』のマークが入っている。それでいて、返信用のキノコアザラシのスタンプが押されていない。読みかけの分厚い本を閉じて、白髪少女は息を吐いた。


(円珠……一体どういうつもり?)


 くすぶるような感覚が神経網を駆け巡ったが、ひとたび空腹をおぼえると、和佐はミディアムボブの控えめな少女を待つことを断念した。昼食を摂り、今後の作戦を考える必要があった。


 正直、和佐は引き出しの鍵を取り戻す件についてはかなり楽観視していた。何せ、円珠を呼び、その彼女から鍵を受け取り、編入生に返せば終わる話であったからだ。このとき和佐はすでに、次にルームメイトを追い出す作戦まで思案するつもりであったが、このようなかたちで出鼻をくじかれることになろうとは想像だにしていなかった。


(私との関係がどうなろうが構わない……そう言いたいわけね)


 清雅なかんばせに凄みを込め、和佐は不穏当な沈黙を保つ後輩の少女を内心でなじった。だが、その後輩がなぜ、このタイミングで姉様に牙を剥くことになったのか。和佐はすぐにその疑問に意識がいかなかった。

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