ライラック色の少女たち

人嫌いの白髪少女と変態淑女の編入生が織りなす、全寮制お嬢様学校の物語
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最終章 そして新たな日常へ

1.もう後悔はしない

公開日時: 2023年1月8日(日) 00:00
文字数:4,311

 岬は昨日今日のルームメイトの行動を何一つ把握していなかった。

 白髪少女が昨晩から姿を見せなかったことにも気に留めず、就寝時に寮のベッドに戻ってこなかったのも、愛想を尽かして別の部屋で寝ていたものと考えていたのだった。

 別所で眠っていた件に関しては正解であるが、まさかその場所が遠方にある実家とは想像も及ぶまい。


 岬が呆然としている間に、和佐は姉のベッドまで歩み寄った。月明かりが伸びる道を悠然たる足取りで進み行き、そのままシーツに乗り上がって膝を折って座る。


 岬はよろよろと白髪少女と向き合い正座になったが、硬質な灰色の瞳で見つめられてなお、驚きのあまりまともに反応することができない。


「あなたに確かめておきたいことがあるの」


 岬が身動きができないのは実のところ、突然の和佐の来訪だけではない。

 月光を浴びた白髪少女の外貌に岬は完全に心を奪われていた。純白のネグリジェに包まれた、清雅でありながら同時に色香に満ちた美少女の肉体。


 その美しき容姿の持ち主は、美しい白髪をかき上げてさらに言った。


「熊谷瑠乃亜の処遇よ。あなたは彼女をどうするつもり?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」


 ようやく岬は我に返ることができた。本調子からは程遠いが、触れられたくない過去の名前がシュミーズ姿の少女に強い疑問を湧き上がらせたのだった。


「どうして、一条さんが先輩の名前を知ってるんです?」

「名前はシスターから聞いたわ。そして彼女にまつわる出来事はすべてあなたのお母様からうかがったのよ」


 ここで和佐は、円珠を連れて岬の実家に押しかけたことを語った。

 知らないところで自室が宿泊場所として使われて岬が愕然となるのは当然のことだが、百万円のくだりを聞いたときは改めて罪悪感に苛まれ、可憐な顔に深い憂いが浮かんだ。


「ひとまず百万円は我が家で立て替えることに決めたわ。あなたのお母様も了承済みのことよ。後はあなたの先輩をどうするかについてだけなの。早いところ決断してくれないと黎明も動くに動けないわ」


 知らないところで話が進み過ぎていて、岬は押し寄せる現実についていくことができない。


 自分の家の恥部に白髪少女が介入しようとしていることだけはどうにか理解でき、それに対する回答として、岬はひたすらに黒髪を揺することしかできなかった。


「そんな……できません。一条さんたちに迷惑をかけるなんて……」

「もちろん、ただでとは言わないわ。迷惑代はあなたの身体で支払ってもらう」


 そう告げると、和佐は身を乗り出して岬の肩を掴んだ。ひんやりとした手の感覚に岬は全身をしゃっくりさせ、その間に白髪少女はさらにシュミーズの紐をずり下ろそうとする。


 だが、すでに変態行為への嫌悪を募らせていた岬は顔を青ざめさせ、白髪少女の身体を押しのけていた。


「やめてよ‼︎」


 叫びを上げたが、和佐は一向に意を介さない。

 灰色の瞳を冴え冴えとさせて彼女を追い詰める。


「社交辞令として受けておくわ。本当に嫌かどうかはあなたの身体に聞けばわかることよ」

「いやだって言ってんだよ‼」


 弾丸の勢いで拳が飛ぶ。

 そして、その一撃は強烈に和佐のみぞおちをえぐっていた。


「う、くぅっ……」


 和佐はうめいた。これほどまでに容赦のない一撃を彼女は今まで受けたことがなかった。

 昏倒寸前のところまで意識が引きずられつつあったが、せり上がる激情によって辛うじて失神を抑え込むことに成功する。


 腹を殴った岬の方が蒼白になった。自分でしでかした行為の衝撃に、多少力は緩めたものの、腹に埋めた拳を引っ込めることすら忘れていたのである。


「あ……一条さん、ごめん、なさ……」


 無意識に謝ったのは恐怖よりも罪悪感の表れだった。


 一条和佐が身体に毀損を入れられることを最も憎悪していることを岬は知っている。白髪少女からの報復を恐れるより、美しい肢体に生涯の禍根になりかねない一撃を叩き込んだことに、岬は申し訳なさを感じずにはいられなかったのだ。


 弱々しい謝罪を受ける前から、和佐は全身をわなわなと震わせていた。焼き刃のような視線を岬に押し当てたまま腹に埋もれた拳を握りしめ、そのまま引き下ろす。


 放たれた声は爆発直前の状態で揺れていたが、その内容は岬の懸念を大きく裏切るものだった。


「……私は、あなたを許すわ……」

「えっ……?」

「だってここであなたを手放したら、私は一生後悔することになるのだもの‼」


 そしてその後悔を成就させまいと、和佐は岬目がけて飛びかかった。シーツの海に二人の少女がもつれ合い、岬は至近距離から横になった美しい少女のかんばせを見いだす。


 その造形があまりにもまばゆかったため、岬は左頬に冷たい手が添えられていることにすぐに気づけなかった。


 頬に置かれた白髪少女の右手は、決して手放すまいという強い意思の表れなのだろう。それと同じくらい固い信念で、和佐はシュミーズ姿の少女に静かに告げた。


「こうして触れるくらいは許してくれるでしょう? 本来のあなたを取り戻そうと身体と唇を重ねるつもりだったけれど……いきなりはさすがに悪かったわ」


 胸打たれたように岬は可憐な表情をゆがませたが、それでもルームメイトの肢体を受け入れる決心はそこにはなかった。


「あたしを抱くことが問題解決につながるというんですか?」

「私はそう信じているわ。あなたの変態性と聡明さは不可分の存在だから。再び性の悦びを実感させられれば、あなたの中で閉ざされた輝きも戻ってくるというものよ」

「あたしの輝きと仰いますが、その二つはいずれも先輩から受け継がれたものです」


 悲壮感ただよう岬の表情から、苦々しさがふつふつと沸き出す。


「あたしは……いやなんです。あの人と同じものを持ってることが。彼女の資質を捨てない限り、あたしはいつまでもあのときの絶望を思い知らされることになるんです。あたしを変えてくれた先輩が、あんな風に変わってしまうなんて……」

「わかったわ。それならば熊谷瑠乃亜も救うことにする」

「えっ……?」


 岬のプルーン色の瞳が見開かれた。あまりの驚きにあふれる寸前まで盛り上がっていた涙まで引っ込められた。


 衝撃が去り切る前に、白髪少女はさらに強権的に言い放つ。


「あなたに選択の余地を与えるつもりだったけれど、どうやら無意味のようね。もはやあなたの意思は問わない。あなたを救うために瑠乃亜のことも助け出すと黎明に伝えておくわ」

「ちょっと待ってください!」


 焦りで岬は跳ね起きた。

 それに合わせて和佐も上体を起こし、白髪をかき上げながらシュミーズ少女の反応を見やる。


「だから一条さんがたにそんなことをされる謂れはありません! だいたい今の先輩をどうやって救い出すというんですか⁉︎」

「方法は私も知らないわ。とりわけ知ろうとも思わない。けれど、黎明は私がおねだりすれば何でも望みを叶えてくれる女よ」


 岬は愕然として言葉もなかった。堂々と言い放てるあたり、黎明さまの妹の溺愛ぶりがうかがえるというものだが、岬はそもそも、白髪の聖花さまの才覚自体をあまり信用していない。飛び抜けて美しい女性だが、妹やメイドに対して情けない態度をとっている彼女しか、岬は知らないのである。


 だが、黎明の真の底力について妹も説明する気はないようだった。


「あなたのお母様も聡明な変態に戻すことに異を唱えなかったわ。まさかご両親が娘の性癖を知らなかったとは思わなかったけれど……。何にせよ、親公認でもあるというのに、あなたはまだ強情を張り続けるというの」

「そ、そんなことを急に言われても……」


 白髪美少女にずいと迫られ、岬はまるで生娘のような反応で首をすくめた。


「あ、あたしに一条さんを抱く資格なんかありません。一条さんのお腹を殴ったわけだし……」

「資格?」


 冷笑に近い響きで返すと、白髪少女は無愛想に灰色の瞳を光らせたまま、驚くべき行動に出た。


 軽く膝を浮かしてネグリジェの裾をまくり上げる。そしてネックの部分を掴むと、そのまま勢いよく引き上げたのであった。


「……!」


 和佐のネグリジェの中身があらわになった。

 みずみずしい肢体が、窓からの月明かりに濡れている。純白の下着に包まれ、岬が黎明さまから貸与されたものと同様、総レースの仕上がりになっていた。実のところ、和佐の下着姿を見たのは先月襲ったときに一度だけあったが、あのときは襲うことに集中していて、きちんと拝見する暇がなかったのである。


 肌にも肉づきにも非の打ちどころがなく、少女らしい清らかさと大人めいた色っぽさが黄金比で体現されていた。岬は熊谷瑠乃亜の下着姿を初めて見たときの興奮を下腹部におぼえ、その事実に忌まわしさをおぼえる余念もなく、岬は白髪美少女の艶姿に心を奪われていた。


 そして、その艶やかな肢体の持ち主は、脱いだネグリジェを片手に提げたまま、空いた手ですべすべとした自分のお腹を撫で上げていた。


「ご覧なさい。殴りつけた痕跡などどこにもないでしょう」

「い、一条さん……」


 それきり言葉がない。


 痣一つない白き柔肌と中央に位置する形の良いへそに意識が吸い寄せられ、完全に虜になってしまう前に岬は慌てて視線を上方に向ける。


 そこでちょうど和佐の灰色の視線とぶつかった。


 岬は一瞬だけ、目線の行き先をためらった。そのときの和佐のかんばせをまともに見てしまったからだ。


 自ら下着姿になった少女は、完全に平常心を保ててはいなかった。わざとらしく険しくさせた表情は、ごまかしの意図があからさまであり、月明かりに照らされた頬の赤みも肌が白い分、より一層鮮やかになっている。


 一方的に主導権を握っていた熊谷瑠乃亜とは異なり、強がりの羞恥心は白髪少女のみが持ちうる魅力であった。


 岬の心臓がトクンとなり、その瞬間、乙女の獣性めいた興奮が全身を駆け巡るのを感じた。


(だめ! しずまって……!)


 それは瑠乃亜から押しつけられた忌むべきものだ。

 まっとうな道を歩むと決めた自分には必要のないものだ。


 微熱交じりの疼きをどうにか抑え込もうと、岬は剥き出しの肩を抱きながら、黒髪を揺すって和佐から顔をそむけた。


「せっかく恥を忍んでこんな格好になったというのに、その反応は何よッ」


 岬の拒絶反応は白髪少女を怒らせた。文字通り一肌脱いでみせた彼女はネグリジェをベッドの外へ放り投げると、そのまま四つん這いで岬の眼前まで迫った。かんばせを上げ、炯々とした灰色の鋭い視線を向ける。


「過去に私の強情をいかにして叩き伏せたのか、身をもって知るいい機会でしょうよ」


 編入生にしてやられたことを振り返りながら、和佐は岬の腕を強引に払いのけた。そしてシーツに沈むと同時に肢体と唇を重ね、二人は激しく身体を揺すってくぐもったあえぎ声を静かな夜気の中に沈めた。


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