先輩にうながされて、今度は岬が自らの現状を語る番となった。
聖黎女学園ではそれなりに濃密な時間を過ごしたものだが、先輩に打ち明けた内容はかなり限定された。ルームメイトが白髪の美少女だという情報は、紫檀色の髪を持つ先輩でさえ信じないだろうし、何より他の少女とねんごろになっていると知って、いい気分になるとも思えない。話題の中では岬は当たり障りのない清楚な少女を演じていた。
会話中に先輩が質問したのは「そこは岬が行きたかった場所なの?」だけであった。進学を諦めざるを得なかった先輩の境遇に気を遣いつつも、岬はその通りですと頷きを返した。先輩は特に心が揺れ動いた様子もなく「よかったわね」と反応する。
その素っ気なさが、かえって岬には不気味であった。
こわばった空気を残して世間話を終えると、先輩はおもむろにジャージのファスナーに手を伸ばした。黒真珠色の瞳に潤みがかかり、大人びたかんばせに甘えと切なさを浮かべながら岬を見つめる。
「そろそろ、始めてもいい?」
変態淑女の気質を受け継いだ少女は、先輩が心身ともにフラストレーションの限界を迎えつつあることを察して。岬はこの先の展開を思って息を吞んだが、承諾する前から先輩はファスナーを下ろし始めていた。さらにジャージの下も脱ぎ、一糸纏わぬ姿となる。
先輩はブラジャーもショーツも一切身につけていなかったのだ。
あまりの痴態に岬もさすがに呆気にとられたが、それも一瞬、みずみずしい白い肢体にみるみるうちに引き込まれていった。以前よりも少し肉は落ちているが病的というほどではなく、なめらかなくびれと白玉の艶にあふれたふくらみは健在で、岬の血を騒がせるには十分すぎた。さすが変態淑女の祖は格が違う。
その変態淑女の先輩は床を這うと、置かれていた間接照明の電源を入れた。さらに蛍光灯の光を消すと、息苦しい空間にムーディーな雰囲気が広がった。ただでさえ奮い立つほどの先輩の肉体がセピア色の陰影に包まれ、魔性の気質を極限まで高めている。
「脱いで……いや、私の手で脱がさせて」
岬の心臓がしゃっくりを上げた。自分のことを支配できるのはやはり先輩しかいないのだと、少女は改めて確信できた。一条和佐の場合、まずこちらを支配したいという意欲が著しく欠けているのである。
コックリさんに憑りつかれたような動作で岬が頷くと、先輩はみずみずしい裸体を近づけた。パーカーを脱がされ、シャツのボタンを外される。ほの暗い明かりの中だから、先輩の化粧の濃いかんばせを意識せずに済むのはありがたい。
岬のシャツをはだけさせたところで先輩の我慢は限界を迎えたらしい。「待て」のできない犬さながらに飛びつき、餌の代わりに唇をむさぼる。
「あン、んふ、むちゅ……」
唇のキスはすぐに舌のキスに切り替わった。粘着的な水音が岬の鼓膜を伝い、神経をさざめかせる。感度が高まるにつれて、先輩のきつい香水の匂いも意識しなくなった。
岬は先輩の肩を掴み、勢い余ってひっくり返らないよう必死だったが、余裕が少し戻ると、肩を押し返して逆襲に躍り出た。手を肩から胸に移し、そのままふくらみを鷲掴みにする。
指を食い込ませてみたり、パン生地のようにこねくり回したりすると、先輩はキスどころではなくなっていき、甘い嬌声と紫檀色の髪を振り乱した。だが、黒真珠色の瞳だけは弱々しい光を放ちながらも「もっと、もっと」と子供じみた様子でおねだりしている。
岬は先輩の要望に応じた。だが、先輩もただ岬の責めに溺れるばかりではなかった。はだけたシャツの下に手を忍ばせ、冷たい手のひらですべすべとした腹部を撫でまわす。
「ひゃあ、ん……っ」
「ふふ、相変わらず可愛い声を出すのね。岬」
甘い悲鳴に、瑠乃亜は色濃く鮮やかな唇を舐め回し、その手をさらに下方へと滑らせた。ショートパンツの股座を指でなぞると、岬のその部分が別の生き物のように引きつけをおこした。
「ここも脱がすわね」
もはや岬の回答も求めずに、先輩はショートパンツのファスナーを下ろし、水色のショーツの上から直接手のひらを押し当てた。嬌声と痙攣がさらに大きくなる。
互いは膝立ちの姿勢に移り、それぞれの愛撫によって息を乱した。
先に手が止まったのは、遠方で変態淑女の名をほしいままにしていた岬の方だった。
手を緩めることは先輩に余力を与え、さらなる責め立てを許すことを意味していた。そして先輩はそうした。ショートパンツが下ろされて寒いはずの下半身が脱ぐ前よりも強い熱を帯び始める。
岬の意識はピンクの霞に吞み込まれた。この先輩にいいようにもてあそばれた過去がよみがえるかのようで、自身の変態淑女ぶりもまだまだ未熟であると思い知らされた。中学生最後の時期は勉強の合間に独学で励み、聖黎女学園に編入されてからは白髪のルームメイトの美少女を手玉にとった。その成果をきちんと発揮できなかったのは心残りであるが。
(そう言えば、一条さんだったらどんな風にあたしをくらげにしてくれるのかな……?)
ふと白髪少女の美しいふくれっ面が脳裏をかすめ、意識が完全な陶酔からわずかに遠ざかった。霧がかった視界も晴れ、以前より薄汚れているようなフローリングの床に目がいく。
その瞬間だった。暗闇から小さな何かが視界を横切るのが見えたのは。
大きさは親指の爪程度だろうか。だが、大きさはこの際関係ない。八本の足を一生懸命に動かしながら情事の場を駆け抜ける小さな生き物は、岬にくすぶっていた熱情を一瞬で吹き飛ばすほどの存在感があったのだ。
身体が冷え、顔は青ざめ、岬は文字通り飛び上がった。
「——ひ、ひょえぇぇっ⁉」
「み、岬⁉」
先輩の声も届かず、半裸の三つ編み少女はけったいな悲鳴を上げて後方によろめいた。膝に引っかけたままの脱ぎかけのショートパンツに脚をとられ、そのまま背後から乱雑に積み上げられた私物の山に激突する。
異音とともに、その山は盛大に崩れ落ちた。
「な、なんてことするの‼」
瑠乃亜の声はただならぬ鬼気が込められていた。怒りよりも悲鳴に近い叫びだった。まるで何かを極度に恐れているような。
魂消るような先輩の絶叫に岬は唖然とし、しばらく声も出なかった。ややあって茫然と肩越しを振り返り、自分の崩した山を見やる。
岬の肩にあるものが乗っかっていることに気づいた。私物の山に紛れていたらしく、プルーン色の視線は、しばらくそれに釘づけになっていた。
人工の黒い一つの眼が岬を見つめ返す。タイプが古いからか、山を崩した拍子にどこかに当たったのかは不明だが、そのビデオカメラは今もなお低いうなり声を上げ続けている。
無意識にそれを手に取ったときの瑠乃亜の反応こそ見ものだった。
化粧で白くほどこされた顔がさらに白くなり、唇が絶望であえぐかたちで開かれた。
「だめぇ‼ お願いだからそれに手を付けないで‼」
先輩はそれをひったくろうと四つん這いで迫り、岬の身体を取り押さえた。だが、ビデオカメラを取り上げるという目的はついに果たされなかった。もつれ合いの末、押し倒された岬の方が逆に先輩の裸体を崩れた私物の山に叩きつけたからだ。
立ち上がった岬は、底冷えするような視線で私物に埋もれた先輩を見下ろしていた。
「……撮ってたんですか?」
「…………」
「あたしに黙って映像を撮影してたんですか? 許可をとらなかったのは何のためです? そして勝手に撮ったものをどうするつもりだったんです?」
声もまた冷ややかであるが、同時の爆発寸前の感情で揺れていた。
盗撮を指摘された全裸少女は衝撃から立ち戻ると、開き直った。「一人で堪能するため」とでもごまかせばまだ逃れる道はあったかもしれないが、余裕をなくした瑠乃亜はみっともなく背中にへばりつきながら、後輩に対して胸糞悪い動機を語ったのだった。
「……欲しかったのよ、お金が」
「何ですって?」
岬の顔にさらなる敵意が立ちこめると、瑠乃亜の方も必死のていで声を荒立てた。
「だって仕方ないじゃない! あの女は現状も理解せずにいらないものにじゃんじゃんお金をつぎ込んじゃうし、私が稼がないと一体どんな目に遭わされるか……‼ 店のお客様の一人がこの手の絡みの映像を言い値で買ってくれるって言うから! 岬にも損はさせないから、だからお願い! 私を助けると思って協力して‼」
瑠乃亜の弁解は、後輩少女に対する配慮が何ひとつ込められていなかった。褒賞は山分けと謳って恭順をうながそうとする点に、岬はかつての先輩の底の浅さを見てしまった。
美しかった先輩の偶像は、今や完全に崩れ去った。もはや一片の同情を示すことができず、岬は怒りに任せて持っていたビデオカメラを瑠乃亜のおでこに叩きつけた。切り揃えられた長い前髪に当たったため、傷を負ったかどうかは不明である。だが、脳天を直撃したせいで瑠乃亜は咄嗟に反撃をおこなえなかった。
その間に岬は急いで乱れた衣類を直し、不浄の場から逃れようとした。
「待って岬! 置いていかないで!」
瑠乃亜が息を吹き返したのは、岬が廊下に足を踏み入れた時である。
物音で振り返った岬は、恐怖で全身が凍りついた。
先輩は今まで見たことのないほど醜い顔をしていた。
化粧で補いきれないほど顔には深い皺が浮き出て、十歳ほど一気に老け込んだようにさえ映る。黒真珠色の瞳は極限まで見開かれ、血走っている様子が彼女にくすぶっていた狂気の根深さを物語っていた。
もはやなりふり構っていられない様子で、人というよりゾンビの様相で後輩に必死で取りすがろうとする。
「お願い岬! 私を助けて‼ 私を見捨てないで‼」
「きたない!!」
絶対零度の叫びで応酬し、岬は差し出された瑠乃亜の手を払いのけた。盗撮犯に落ちぶれた少女は紫檀色の頭を下げつつ涙声の哀願を繰り返したが、もはや岬としては聞く耳を持つことすら煩わしい。
三つ編みを激しく揺らして廊下を抜け、そのままアパートの外へと飛び出したのであった。
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