ライラック色の少女たち

人嫌いの白髪少女と変態淑女の編入生が織りなす、全寮制お嬢様学校の物語
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4★.嫌がらせのキスと雪葉の決意

公開日時: 2022年1月9日(日) 00:00
文字数:3,790

 就寝前になって、雪葉は今からベッドに入ろうとする白髪少女に呼びかけた。


「カズ嬢、い、一緒に寝ないか? 仲を深めるにはこれが一番なんだって」


 すでに照明が落ちている室内で、和佐はちらりと亜麻色髪の少女を見つめた。

 その際、灰色の瞳が鋭く光ったように感じられ、雪葉の心はざわめいた。


 白髪少女はこの時から純白のネグリジェを寝間着にしており、新雪の妖精のような美しさと清廉さを誇っていた。

 一方の雪葉は細身の線がくっきりと浮き出ている膝丈のシャツワンピースを身につけている。


 雪葉の呼びかけに、和佐は無言で頭から毛布をかぶった。

 完全に無視されたかたちとなり、一世一代の勇気を奮い起こした少女は再び泣きそうになったが、それは早急な反応であった。


 毛布の中から少女が手招きするのが見えて、雪葉の表情が一転して喜色満面に染まった。


「おっ? おーっ⁉ わかってんじゃん! なーんだ、カズ嬢もやっぱり寂しかったんだな?」

「いちいち騒がないで。うるさくしていると中に入れてあげないから」


 むろん雪葉はその言いつけを忠実に守り、見えない尾をぶんぶん振りながら白髪少女の毛布にもぐりこんだ。

 暗がりの部屋よりもさらに暗い毛布の中で、ルームメイトの美しいかんばせだけが至近距離に存在している。


 雪葉は喜色に満ちた声をささやかせた。


「おーっし、じゃあ何の話する? こういう時は恋話(こいバナ)が定番と決まってるけど……」

「お話よりもっと別のことがしたいわね」


 雪葉は最初、ルームメイトの発言の意図を掴み損ねた。だが、すぐにわかった。

 白髪少女が自らの唇をもって、その意味を教えてくれたのだ。


「…………ンうっ⁉︎」


 雪葉の神経は砂糖菓子色の静電気でざわめいた。

 視界が白髪少女のかんばせに遮られ、その隙に経験したことのないこそばゆさが唇に当てられている。


 その感触が離れると、雪葉は一言も発せぬまま、キスをしかけた少女のかんばせを見つめ返した。とても口づけをしたがるようには見えない美少女は、恥じらいを一切感じさせない表情のまま、冷え切ったささやきを茫然とする少女に投げかけた。


「ここはあなたの部屋じゃない」

「な……それってどういう……」

「理解が追いつかないと言いたげね。ならもっと教えてあげる」


 言うや否や、和佐は雪葉の華奢な肢体を抱き締めた。

 十二歳にしては発育の良すぎる胸が、雪葉の幼い胸に押し当てられる。


 もっとも、和佐に自身の胸を誇示する意図はなく、再び顔を近づけるとルームメイトの唇をさらに激しく湿らせる。


「んちゅっ……ちゅぱ、あむ……っ」


 毛布のうごめく音に、粘着的な水音とくぐもった息遣いが重なった。

 くるまれた暖気も相まって、雪葉の肢体を包むシャツワンピは早くも汗ばみ始めている。


 雪葉は白髪のルームメイトに抱擁された肢体を激しく揺すった。だが、初めての同性どうしのキスで思うように力が入らず、ネグリジェ越しの胸の質感をさらに堪能するだけの結果に終わった。


「ぷはッ……」


 唇に張りついたぬめりが離れると、和佐は毛布に包まれたままの状態で雪葉の姿勢を横から仰向けに動かした。

 驚愕で身動きが取れない少女を上から覆いながら、キスの余韻を感じさせない声で言い放つ。


「これがルームメイトとしての私の礼儀なのよ」


 雪葉はきゅっと目を閉じ、唇の再接近を視覚ではなく空気の流動で感じ取った。

 ただの唇どうしのキスであれば、キスに耐性のない雪葉でもまだ耐え抜く余地はあったかもしれない。


 だが、次に迫りくる感触は雪葉の思考を完全に奪い去るものであった。


「ふぁっ⁉ んぐぅ……んっ!」


 おぞましい感覚が雪葉の背筋を這った。

 生ぬるい舌が雪葉の口腔を蹂躙し、口内が熱く湿り、唾液どうしがねっとりと絡みつく。


 あまりの気色悪さに雪葉が細い脚をばたつかせたが、上からがっしりと押さえつけられたことで逃れることも容易ではない。和佐の重量は決して重くはないが、それなりに力を込めて雪葉の細身にのしかかっていたのである。


「んぐ、むうン……ふぁ、や、だ。いやだぁ……ッ!」


 後頭部をシーツにこすりつけながら雪葉はイヤイヤと首を振る。

 無垢な少女の哀願をむろん和佐は聞き入れようとせず、わざとらしい水音を立てながら気持ち悪いキスを継続させた。


 舌が唾液をともなってようやく引き抜かれると、雪葉は涙声で加害者の少女に訴えかける。


「お、お願いだ。やめてくれよ、かずじょー……こんなの、ぜったいおかしいって……」

「そう? ならもっとおかしくしてあげる」


 泣訴を無慈悲に切り捨てると、和佐は身体をわずかに浮かせた。

 そして雪葉のシャツの裾を掴み、そのまま勢いよく引き上げたのである。


「ふえぁっ……⁉」


 雪葉の太もも全体があらわになった。

 なぜこんな奇行を、というのも今さらの疑問だが、改めて感じずにはいられない。見られる可能性は皆無とは言え、ここまで裾がたくし上げられたことはなく、雪葉の頬は熱膨張を知ったかのように熱くなった。単に恥ずかしがらせるのが狙いならば、白髪少女の行動はかなり成功したといえるだろう。


 雪葉は反射的に腕を伸ばして、シャツの裾を掴む和佐の手を取り押さえようとした。

 だが、ここでキスの妨害が入り、加えて剥き出しにされた脚がネグリジェの布地に直に触れてきて、雪葉の神経はさらにざわつくこととなった。


 あとはもう滅茶苦茶だった。キスと触感の嵐に翻弄され、雪葉は理性を保つどころではなかった。

 どんな反応をしたのか、どんな声を上げたのかまるで覚えておらず、気づいたときには毛布が払いのけられていて、ネグリジェの美少女が膝立ちで白髪をかき上げているのが見えた。


「こんな目に遭いたくないのなら今すぐ出て行って。シスターに言えば部屋を替えてくれるでしょうから」


 雪葉には意味がわからなかった。

 シャツワンピの裾を直す気力も今の彼女にはとてもなかった。

 何だか毛布の中の闇でとんでもない悪夢を見たような気がするが、口内にへばりついた感覚が、起こったことが現実であると告げている。


「なんで……なんで、ゆきはがこんな目に……。ゆきははただ、カズ嬢と仲良くなりたかっただけなのに……」

「このような目に遭った理由はただ一つ。あなたが私のルームメイトに選ばれたからよ。私は誰とも友好を望まない。恨むなら部屋割りを決めたシスターにすることね」


 冷厳に宣告する和佐。

 ともかく、目の前のルームメイトに仲良くする意思がないことだけは雪葉にも理解でき、同時に非常識で理不尽な制裁を受けた実感が今になって湧き起こった。


 ぶわっ、と鳶色の瞳から涙が盛り上がり、抑えきれない激情が声となってあふれ出た。


「ぐずっ、うぅ……うわっ、わあぁぁあ……ッ‼︎」

「さっさと出て行って。そして二度と顔を見せるな!」


 一喝に弾き飛ばされるかたちで、雪葉はくしゃくしゃな顔のまま寮部屋を後にした。そして翌朝、話し合いの末にルームメイトの解消が決定し、雪葉は涙ぐみながら部屋にある自分の荷物をまとめることになった。


 かくして亜麻色髪の少女は、初めての寮部屋と、初めてのルームメイトを、初日のうちに手放すことになったのである……。


     ◇   ◆   ◇


 その後、雪葉のルームメイトになったのは幼馴染の東野暁音であり、彼女と騒がしくも充実した三年間を過ごすうちに、いつしか嫌がらせのキスのトラウマを、行使者である白髪少女もろとも忘れ去っていた。


 それを思い出させたのは、新たに彼女のルームメイトに任命された編入生の少女である。


 あの一条和佐のルームメイトを受け入れただけでも衝撃なのに、嫌がらせのキスに嬉々として反撃し、人嫌いの彼女に懐いているというのだから、初めて本人と会ったときは、さすがの雪葉も警戒心をあらわにした。

 彼女もまた、カズ嬢と同じくおぞましい「ぶっちう」を仕掛けてくるのではないかと恐れたのである。


 だが、楚々とした(ように見える)編入生とのやり取りを経て、雪葉は彼女に対する警戒をあっさり解いた。変態淑女であることに違いはないが、人懐っこくて優しくて誠実で、なおかつ非常に頭の回る彼女を、雪葉は大いに気に入ったのである。

 それに、始業式の日に円珠の心を救い、前日は和佐に三年前のことを謝罪をうながした偉業もあって、雪葉はますます岬に信用を寄せるようになった。


 その岬が提唱してくれた作戦だ。柄にもなく雪葉は緊張していたが、彼女の言葉ならうまくいきそうな気がして、背筋を伸ばして気合を入れ直した。


 雪葉が岬のキス作戦を受け入れたのには他にも理由があった。過去に嫌がらせのキスをした白髪少女のことだ。


 昨日、217号室を訪ねたときのカズ嬢は、初めて会ったときとは明らかに別人であった。硬質な態度は相変わらずだが、編入生のルームメイトとの共同生活で性格がかなり丸くなっているように感じられた。

 加えて、始業式に円珠の退学宣言を受けたときの和佐の様子を思い起こし、泣き出しそうな白髪少女のかんばせを見て「カズ嬢も人の子なんだなあ」という感想を抱いたのである。


 ともあれ、白髪少女に対する印象が変わったのは間違いなく、それが前日の謝罪を受け入れたことにもつながった。岬の「一条さんが謝ることで、キスのトラウマも薄らぐかもしれない」という言葉は、まったく真実であると、雪葉は感じた。


「あかねにぶっちう、か……」


 横断歩道を通り抜けた雪葉はそう独り言つと、寮棟区の正門をくぐり、赤煉瓦の寮棟に向かって足を速めた。

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