ライラック色の少女たち

人嫌いの白髪少女と変態淑女の編入生が織りなす、全寮制お嬢様学校の物語
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7.追憶の終わり

公開日時: 2022年11月13日(日) 00:00
文字数:2,853

 瑠乃亜と岬の交流は引き続きおこなわれた。表向きは親しい先輩後輩の間柄だが、その裏で色っぽい秘め事が繰り返し行われていたことは生徒も教師も誰一人として気づくことはなかった。


 特に夏休み以降は、濃密な関係が顕著になっていった。

 夏休みの前週に生徒会の引継ぎが行われ、熊谷瑠乃亜は後釜として上野岬を推奨した。別にこれは瑠乃亜が強権を発揮させたわけではなく、他のメンバーも岬以上の逸材はないと考えていた必然的結果であった。


 晴れて引退するかたちとなった熊谷元会長だが、生徒会と縁を切るつもりは毛頭なかった。岬に会長の仕事を叩き込むために、何度も生徒会室の出入りを繰り返していたのである。


 もっともそれは表向きの事情で、一段落つくと、二人はトイレや校舎の死角に隠れて嬌声を響かせ合い、蝉の声に互いの水音を溶かしていた。会長となった上野岬は、このときにはすでに聡明で機転に富んだ一面を開花させており、清楚な雰囲気をそのままに、まるで別人のように華やかな明るさを披露してみせたのであった。


 一方で、鮮やかに花を咲かせていた裏では変態淑女の本能を着実に根付かせており、後に白髪少女を悩ませるまで、それは岬と瑠乃亜だけの秘密だった。


 夏が終わり、秋も過ぎ、年の瀬を迎えても二人の蜜月は途切れることを知らず、先輩が卒業してもその関係は続くものと岬は信じていた。


 だが翌年になって、事態は急変した。

 瑠乃亜が第一志望の高校に落ちたという情報が入ったのである。


 その話題はスギ花粉のように勢いよく拡散され、岬が瑠乃亜の担任教師に尋ねたところ、否定の意思は見られなかった。


 このあたりから、岬と先輩の交流ははたと途絶えた。元々一月二月は三年生は自由登校になるため、瑠乃亜が姿を見せないのは不自然なことではない。だが、あれだけ惚れ込んでいた相手に一言も連絡を寄越さないのは異常事態と呼ぶには十分すぎた。


 岬は穏やかでない心持ちで学校生活を送っていた。表向きは清楚で人懐っこい印象を装っていたから、彼女の内面に気づくものは誰もいない。期末試験や卒業式の予行演習や送辞の原稿作成で忙しい中、岬は何度も先輩に連絡し、アパートにも訪れたが無益だった。窓にシャッターが下ろされた美しい元会長の部屋は、最初から誰もいないかのように静まり返っていた。


 後になって学校側に瑠乃亜からの連絡はもう一つ入った。

 それは卒業式は欠席するというものだった。


 これで岬が先輩と接触できる最後の可能性は潰え、彼女のために用意した原稿をそこまで深い付き合いでない副会長の前で読み上げることになったのである。


 岬の中学三年生の時期はそれなりに充実していたが、変態淑女の面は鳴りを潜めていた。先輩が自慢げに見せつけたような女の子どうしの絡みが主体の本を何冊も購入し、心の寂寞を埋めようと試みたが、それでは足りなかった。先輩の声を脳裏に響かせてもみたが、まだ満たされなかった。


 自分にふさわしい生身の相手が、岬にはどうしても必要だった。


 聖黎女学園の存在を知ったのは生徒会の引継ぎに入る直前であった。この時にはすでに教師から志望校を決めておけと催促されており、ああ、そういえばここは進学校だっけと岬は思い返したのだった。


 一同が流れに任せる感じで地元の高校を選ぶのに対し、遠方のお嬢様学校の編入を選択したことは、むろん教師を驚かせた。だが反対の声は上がらなかった。


 もし岬でなかったら一笑に付して進路調査の紙を突き返したであろうが、成績優秀で品行方正の彼女なら、進学校としてのいいPRになるとでも考えていたのかもしれない。何にせよ、岬にとってありがたいことだった。


 学校が遠方にあることも、岬にとっては都合の良い事実であった。この頃になると異性からの熱っぽい視線が気になり出してきて、それを撒くのにお嬢様学校への転入は好都合であったし、何より先輩と物理的に距離がおける点が大きかった。連絡が途絶えてしばらく経つと、岬としてもあれだけ熱かった情愛も冷めてきて、新たな出会いを求めなくてはと考え始めていたのだった。


 自分だけが志望校に合格するかたちになるが、それに関して先輩に負い目を感じることはなかった。


 とは言え、先輩と完全に縁を切りたいとまでは思っていない。未練がましいというよりは、自分をここまで変えてくれた恩人をあっさり忘れてしまうのは薄情と感じていたからである。思い出の品である白フクロウのブローチを聖黎女学園まで持っていったのは、そういう想いもあったからだ。


 その願いがどのように届けられたかは不明だが、音信不通になってから二年が過ぎて、先輩との関係は急転することになったのだった……。


     ◆   ◇   ◆


「……以上が、あたしが先輩と出会ってからのすべてです。終始あたしのことを振り回してくれましたけど、それでもあの人がいなければ、今のあたしはなかったと思います」


 語り終えると、岬はメイドの風月から受け取ったハーブティーを口につけて一息ついた。


 その間に、風月は主人である黎明と小声で話し合っていた。岬の語ってくれた過去に対する感想を確かめるためである。二人の見解はそれほど相違はなかった。


 まずは白髪のご主人様から口を開く。


「どうやら、そのようですわね。わたくしは瑠乃亜ちゃんのことを実際に目撃してないから印象でしか言えませんですけれど、岬ちゃんにとって、あまり褒められた先輩ではないように感じられますの。わがままで岬ちゃんを嬲っておきながら、これまた一方的に離れようとなさるのですもの……」

「ご自身を棚に上げてよく仰る」


 風月は冷ややかに言い放ったが、彼女もまた岬の話に対して硬い表情を保ったままである。


「これは私の想像に過ぎませんが、岬様が瑠乃亜様を懇意にしておられた理由は、恐らく彼女の境遇もあったのではないでしょうか? 片親であることに同情なさって放っておけなくなったものかと……」

「……手厳しいですね。お二人とも」


 茶器を置いて岬は苦笑する。人生を変えてくれた先輩への評価にショックはあれど、反論の意志はなかった。もはや擁護のしようがないことを一番自覚していたのは岬自身であったのだ。


 黎明は最初のときよりも厳しい雰囲気をかなり緩めていたが、それでも柔和なかんばせに赦しが広がるのは、まだまだ先のことのように思われた。


「エミリーは瑠乃亜ちゃんのことをすべての元凶と仰いました。今までのお話ではその部分はうかがえませんでしたから、辛いかもしれませんけれど、次はその元凶について聞かせていただけますかしら?」

「……わかりました」


 プルーン色の瞳に翳りが濃くなったが、返答に関しては迷いがなかった。ハーブティーで心身を落ち着けることができたおかげもあったのだろう。あるいは一度声を出せば、言いにくいことも案外あっさり出るものなのかもしれない。


 うつむきながら、岬は再びぽつりぽつりと語り始めた。


「実家に帰ったとき、母が先輩から電話を受けたと教えてくれました。あたしは誘われるがままに先輩と再会して……そしてすべてが終わったんです」


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