その日、駅前雀荘の店主は何者かに襲われ、床にへたり込んでいた。
開店前に押し入った二人は、声からして中学生ぐらいの二人組……。
目出し帽を被っており、顔は一切分からない……。
だが、ドスにスタンガン、そして実銃と思しき拳銃を携帯していることから見て明らかにカタギではないだろう。
どこかの組の令嬢か、はたまた若くして構成員なのか……何はともあれ店長は縛り上げられたまま息を呑む。
そんな彼を見下しながら、目出し帽の女二人……有栖と真白は一枚の写真を撮りだした。
店長の娘……彼女の写真だ。
「……!? な、何故娘の写真を」
「聞いたよ店長さん……アンタ脅迫であくどい稼ぎを上げてるらしいじゃないか、あたしはな……そういうのが気に入らないんだよ、筋が通ってねえ」
「筋……? 筋、だと……?」
「そうだよ、悪事を行い、涙を流させ……その雫を啜り腹を満たす……ああ、まったくクズの所業だよなあ?」
有栖は店長に囁き、写真をヒラヒラと動かす。
その写真へと真白がモデルガンを突きつけた。
どういう意味なのかは言うまでもあるまい、店長もそれを察した様子だ。
「……! ま、まさか……娘に何をするつもりだ!?」
「ハハッ、ここで問題です!」
「は……?」
「クイズだよ、真白クーイズ! もしもあくどい商売を辞めると誓わなければ、私達の部下にロックオンされてる娘はどうなるでしょうか? ヒントは……親の因果が子に報い!」
店長の顔がみるみるうちに蒼くなっていく。
まさに顔面蒼白とはこのことだろう。
そんな彼の頬に有栖はドスを突きつけた。
斬れないように突きつけられたドスで頬が少し凹み、汗が流れていく。
「誓えるな、脅迫だなんだとあくどいことをやめると」
「だ、だが……妻子を養うためにはこれしか……」
男の言葉に、有栖は眉をひそめる。
そしてドスを振り上げると男の顔の横へ振り下ろした。
男の後ろ……木の雀卓にドスが突き刺さり音を立てる。
砕けた木の破片が飛び散るが……飛び散ったのはそれだけではない。
頬から新鮮な血が滴り落ち、服を濡らしていく……。
クリーンヒット寸前のギリギリスレスレ……カッとなって殺しかけたところを、なんとか軌道修正したといったところだろう。
「ひ……!」
「黙れ……お前、自分が何言ってるのか分かってんのか……? お前らクズはいつもそうだよな、自分の事情だなんだを振りかざして、それに踏みにじられる奴の事情は一切考えやしねえ……舐めてんのかテメエは」
胸ぐらを掴まれ、男は情けない声を上げる。
まるでイルカの鳴き声のようにか細い声だ。
だが有栖も真白も哀れみは抱かない。
この男が自らの生活のためという名目で搾取した者達が上げたか細き声をこの男は聞いてこなかったのだ。
ならば聞いてやる筋合いなど無い。
「大義名分なんてな、自分に酔ってるクズが免罪符のために振りかざす甘えきったセリフなんだよ、分かるか? テメエは家族のためなら罪も犯す愛情深い男のつもりかもしれねえが、実際にしてることはなんだ、他者を食い物にする行為……そういうのを世間様じゃ悪人、犯罪者って言うんだよ! タコがぁ!!!」
「ぐっ……!」
頬を殴られ、男が血を吐く。
その頬を手で掴み、有栖は力強く睨み付けた。
首を縦に振らねばもっと殴るという無言の意思表示。
それを察した男は、震えながら頷いた。
この男は、もはやこの店において最高の決定権を持つ存在ではない。
ならば店長と呼ぶ必要もないだろう、こいつはただのゲスな男だ。
「わ、分かった……もうやめる、脅迫はやめる……」
「警察にも全てを話せよ?」
「え、そ、それは……」
「警察に全てを話せ」
「だが……」
「警察に全て話せ、できませんなんてふざけた口はきかせねえぞ……」
脅しをかけながら、有栖はもう一度写真を取り出す。
その写真に真白が風穴を開けた。
飽くまでモデルガンによる脅しだが……実銃相当の音が出るようにカスタムされたモデルガンだ、迫力が違う。
外へは電車の音や車の音で届いていないが、雀荘の中は全く聞こえ方が違うのだ。
男はその迫力に、脅迫をやめなくば娘に危害を加えるという脅しを思い出してただ頷くしかできなかった。
まあ、勿論有栖は親の因果が子に報い……なんていうのは嫌いなので、彼女には絶対手出しはしない。
もし出頭しなければフクロにしてでも店長を連れて行くだけなのだが。
何はともあれ、これでもう彼は罪を犯さないだろう。
そう確信し、有栖は外へ出ると警察へ「駅前雀荘の店主が罪を自供したいらしい、すぐ向かって欲しい」と匿名の通報をかけるのだった。
そんな有栖の後ろで、真白は静かに目を細める。
(なんっていうか……見事に有栖ちゃんの地雷踏んだやつだったなあ……子供を言い訳に使う親、最低の親……)
息を吐く真白の隣で、有栖は路地裏に入って目出し帽を外しつつ息を吐く。
食いちぎった唇からは血が出ているようだ。
本当はもっと殴ってやりたかった、だが必死で堪えたのだ。
……口の中に溢れる血の味を上手く感じられない。
心を落ち着けなくては、もっと味を感じられるようにならなくては。
もっと味覚を取り戻していくんだ、その為にも苛立ちを抑えるんだ。
有栖は自分にそう言い聞かせる。
「ふう……ちゃんと味覚が戻ったら、本格的に食レポでもするかな」
「良いねえ、食レポブログでも作っちゃう?」
「ははっ、それもいいかもしれないな」
いつか味覚がちゃんと戻ったら、そんな明るい未来を浮かべながら二人は笑う。
果たしてそれが何年先になるかは分からないが……。
その時が来たら、きっと味をちゃんと感じる嬉しさから食レポに夢中になるのだろう。
もしかすると、勢い良く食べ過ぎてしまうようにもなるかもしれない。
そんな日が早く来て欲しい、有栖だけではなく彼女の幸せを願う真白もそう考える。
だが……人生とはかくも過酷なもの。
そんなささやかな願いはあっさりと裏切られることになった。
「あ、スマホなってるよ」
「ん……もしもし」
「姉御! 大変です!」
振動するスマホを取りだし、耳につける有栖。
その耳へとけたたましい声が入り、有栖は思わず顔をしかめる。
これでまた親父が来た、といったくだらない話だったら怒ってやろう。
有栖はそんなことを考えていたが……。
だが、すぐに自分の考えの甘さを思い知ることとなる。
電話から聞こえてきた言葉はそれだけ予想外のものだったのだ。
「その、怪しい男の人がアジトの周りを探っていて! それで玉兎さんが知ってる顔だから話を付けてくるって言ったんですけど、殴られて連れて行かれて!」
「は……!? むざむざ見てたのか!?」
「それが、ナイフを突きつけられて、春日井でこの間白骨が見つかった廃屋有りましたよね、そこまで姉御一人でこないと殺すって!」
まるで良くない冗談だ。
そう考えながら有栖は髪の毛をかきむしる。
そんな有栖を真白は手で制した。
危険だから行くな、そう言いたいのだろう。
二度に亘り白骨が見つかり、市によって監視カメラを設置するという案すら出ている廃屋……。
確かにそんな場所へ行くのは得策ではない。
だが玉兎は大事な妹分だ。
そんな彼女を放置し、警察に任せて自分は安全な場所で待つだけなどできない。
「アタシは行くぞ、止めるな真白!」
「ああ、もう……! 有栖ちゃんのバカ! しょうがない……でも、うちの若いのを周りに張らせるからね、少ししたら突入させるから!」
「それまでに救出しろって事だな……良いさ、やってやる!」
拳を手の平に叩きつけ、有栖は歯を食いしばる。
決して負けられない、失敗することもできない戦いだ。
有栖は玉兎の顔を思い浮かべて息を吐く。
その口の中では味のしない血が流れ続けていた。
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