「そういえばさ、疑問なんだけど」
「ん? どうかしましたの?」
「いや、オノスちゃんはペクス人差別によって、ろくな仕事が貰えなかったんじゃん、でも見たところ普通の人間とそう変わんない見た目だよね、どうやって区別したの?」
旅の道中、ふと真白が疑問を投げかける。
確かにペクス人は見たところ普通の人間そのものだ、肌が青かったり指が何十本もあるわけではない。
ごく普通の西洋人といった外見で、同じような肌色の朧も特に差別されている様子は無かった。
外見だけではこれといって区別らしい区別はつかないだろう。
ならいったい、どうやって区別を付けたというのだろうか。
「ああ、ペクス人は魔力の流れが特殊なんだよ……職業斡旋所の類いっていうのは、どうしても相手の来歴を調べるためにそういうのを見抜ける奴が所属してやがんだ」
「私が持っている、相手の詳細を調べる魔法の上位互換みたいな感じですね」
「なるほど、それで見られたらバレて仕事が貰えない……胸糞わりい話ですわね」
「元々は犯罪歴を調べるための術だったんですけどね……それが差別目的で悪用されるのは本当に酷い話です……」
そこまでの仕打ちを受けてしまえば、確かに周囲は全て差別主義者だと決め込んで悲観してしまうのも頷ける。
オノスがグレているのにはそれ相応の理由があるのだ。
しかし、オノスは気恥ずかしそうに頭を掻くと首を左右に振って顔を赤くした。
同情されたり、かわいそうがられたりするのがあまり得意ではないのだ。
「だーっ! 同情すんじゃねえよ! オレはかわいそうなんかじゃねえ!」
「いや、別に誰もそうは言ってないじゃん」
「目がそう言ってんだよ! ったく……!」
腕を組み、息を吐くオノス。
彼女は肩を怒らせながら早歩きで歩いて行く。
その姿はどう見ても普通の人間であり、立ち居振る舞いも何一つ常人と変わらない、せいぜい違いなんて少しグレているだけだ。
なのに何故彼女達ペクス人が差別されなくてはいけないのか。
かつてペクス人は家畜扱いされ、食肉にされたというが……思えばそのきっかけが分かっていない。
いや、もちろん飢餓という大きなきっかけは知っている。
では何故ペクス人に白羽の矢が立った?
飢餓という大きなきっかけの中に内包されているはずの、その部分が見えてこないのだ。
飢餓という歴史は語り継ぎ、差別も残り……しかしその部分は隠す、それは筋が通っていない。
人が筋を通さない状況というのは、大概が己にとって不都合があるときだ。
もしかすると、この食人の歴史にはこの国としては不都合となる何かがあって、それを隠蔽しているのかもしれない。
そう考えると、この国がとても歪な存在に思えてきた。
「平和に見えて裏じゃ……ってのはどこの世界でも同じですのね」
「アリスさん達のところも、裏では色々有ったんですか?」
「そだよー、だから私達が不良として成敗してたわけだし」
笑いながら、真白はかつての日々に想いを馳せる。
いじめっ子に酷い目に合わされ、自殺寸前まで追い込まれた子供……。
それを救うべく喧嘩をし、裏にいた悪徳教師をあぶり出す結果になったこともある。
見える景色がどれだけ平穏に映っても、いつだってどこだって世界は歪で、平穏の蓋を外せば裏に苦しむ者がいるのだ。
弱者はいつだって強者に食い潰され、悪を潤す血肉にされてしまう。
そんなこと……許せるわけがない。
そう思えばこそ、不義理と不条理に拳をたたき込みたいと思えば思うほど、戦うときの拳には力が入ったものだ。
「私に、この世界の歪みを全部ギッタンギタンにして無理矢理真っ直ぐにできるだけの力があれば良いのに……」
「そんな力あれば苦労しないって、私達は勇者でも魔王でもなんでもないんだから、地道にやってこうよ、地道にさ」
伸びをしながら笑う真白。
確かに彼女の言うとおりだ、有栖も伝説のスケバンと言えど飽くまで一人間。
勇者でも魔王でもない以上世界を変えることなどできない、いつだって手の届く距離に手を伸ばすだけだ。
ましてやこの世界にとって自分達はいずれ離れる異邦人。
もしかすると……変えようなどと思うだけ無駄なのかもしれない。
「いつか帰る、か……」
「そういえば、お二人はいつか自分の場所に帰るんですよね?」
「その手段が見つかればね、そうすれば帰るよ」
「そうですか、まだ出会って一週間も経ってないですけど……なんだか、想像すると寂しくなっちゃいますね」
シャハルはそう言うと、静かに目を細める。
もしかすると過去に勘当されて家族と別れている経験からか、別れに敏感なのかもしれない。
有栖自身気持ちは分かる、友人と別れるというのはいつだって辛いもの、有栖だって別れる必要が無いなら別れは少ない方が良いと思っている。
しかし……だからといって、じゃあ一緒に来るかとはならないのが辛いところだ。
何せ住む世界が違うのだから、それにデネボラとの暮らしだってある。
ならば連れて行くことなどできないと諦めるしかないだろう。
「そういえば……さっきの話を聞いてて思ったんですけど」
「あら、どうかしましたの?」
寂しさから目を逸らすためか、シャハルが話を切り出す。
それに耳を傾けながら有栖は気持ちを理解して目を細める。
いったいなんの話をするというのだろうか。
「さっき魔王とか勇者とか言ってましたよね、アリスさん達のくらしていた場所にもそういうのあるんだなって」
「へえ……こっちにもあるんですの?」
「ええ、勇者と魔王は対になる存在、今代の勇者が生を受けるとき今代の魔王も生を受けると言われています、で……今代の魔王はモストロの女王、今代の勇者はもう故人だとか……」
「へえ……なんかますますRPGみたい」
確かに真白の言うとおり、まるでロールプレイングゲームのような話だろう。
平和の裏に歪みを抱えた世界、勇者は既に死に絶えており、その世界に突如召喚された現代人。
何故か魔王の側はこちらに接触しようとしている……。
聞けば聞くほど、現実味が薄くなって不思議な気持ちになってくる……だが、自分達は実際にこの状況に陥っているのだ。
「ねえねえ、有栖ちゃん気付いた?」
「は? 何がですの?」
「さっき一週間……って言ったよ、もしかすると日付や曜日の数え方も同じなのかも、別の世界だっていうのに」
耳打ちする真白、彼女はどこかこの世界を訝しんでいるように感じる。
確かに、米食に日本料理、通じる日本語に一週間という概念の共通性……。
魔王と勇者の概念がある事もそうか、どこかこの世界と元の世界に繋がりを感じてしまうのは確かだ。
今はその繋がりの答えなど出ないが……。
そう言われると、どこか不気味に思えてきてしまう。
もしかすると、この世界は……。
「どうかしましたか?」
「ああ、大したことじゃありませんの、私達のいた場所ってここからずいぶん遠いのに……同じようなものがいっぱい有って、それって不思議だねって話をしてましたのよ」
耳をペタンと傾けるシャハルに、有栖は手を振りながら笑う。
言えるわけがない……。
この世界は、実は日本の人間が生み出した架空の世界なのではないか、と思ってしまったなどと。
しかしここには実際に生きている者がいて、五感だって機能し、誰かを殴ったときの感覚だってしっかりと有るのだ。
ならば、ここが作られた世界などというわけはないだろう。
そう考え直し、有栖は息を吐く。
その時……オノスが走ってきた。
「お前ら遅すぎ! 話しながら歩きやがって、オレも混ぜろ!」
「オノスちゃんって、急いだり戻ってきたり忙しいなあ……」
「るっせ! お前らが遅いのがいけないんだろ!」
子供のように怒るオノスを見ていると、なんだか少し安堵する。
彼女の子供っぽい怒りが、頭の中の疑念を流してくれる……そんな気がするのだ。
果たして、この安堵が正しいのか、もっと疑念を持つべきなのかは分からないが……。
今はとりあえず、落ち着いておこう……。
そう考えながら有栖は息を吐く。
そして、静かに疑念へ蓋をするのだった。
まるで恐ろしい想像から目を逸らすかのように……。
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