何の因果か異世界転移! スケバン令嬢の筋通し

The Sukeban Lady Adventure
光陽亭 暁ユウ
光陽亭 暁ユウ

箸休め

間奏の物語その4 ホワイトデー記念 今日は二人の誕生日

公開日時: 2021年3月14日(日) 12:01
文字数:4,245

 ホワイトデー、それはバレンタインに貰ったプレゼントのお返しをする日だ。

 しかし、羅美吊兎叛徒ラビットハントでは他所様とは少し違う……特殊な習慣が存在する。

 今日はそのお話をするとしよう。


「いやあ、ごめんねホワイトデーなのに貰ってばかりで」


 羅美吊兎叛徒のアジト、その広間にて……。

 お誕生日席に座る少女、稲葉真白が頬を掻きながら笑った。

 羅美吊兎叛徒のホワイトデー、それは真白にプレゼントを渡し労をねぎらう副長様お疲れ会の日なのだ。

 何故こんな風習になったのかは簡単。

 先ほどお誕生日席と言ったとおり、3月14日は真白の誕生日なのだ。


「遠慮すんなよ、真白は代わりにバレンタインに全員分のチョコ作ってくれてるじゃんか」

「しかも、真白の姐さんが作るチョコ凄く美味しいですよね!」

「そうそう……そのお礼ですよ、というかアタイらはバレンタインもそうですが、普段だって真白の姐さんが出す作戦の世話になってんですから!」


 有栖達の言葉に、真白はぎこちなく笑みを浮かべる。

 有栖を守るため全てを利用する、そんな打算の塊である真白にとってはどうしても……有栖以外からの打算無き思慕は不慣れなものだ。

 どうもその……柄ではないが少し照れてしまう。

 こういった気持ちは未熟さだ、いずれなくさなくてはならない物だが……今はまあ甘受するとしようか。

 そんなことを考えながら、真白はココアを一口飲む。


「うん……美味しい! 玉兎ちゃん腕あげたねえ、パウダー自作するって聞いたときは不安に思ったけど……今やもうお店で出せるよこのココア!」

「えへへ、真白の姐さん程ともなれば舌は肥えてるでしょうが、そんな方にそこまで言われると照れますね……なんだか夢みたい」

「いやいや、夢じゃなくて現実、ホントのこと言ってるだけだって!」


 にこやかに笑いながら、真白はココアのぬくもりを堪能する。

 珈琲や紅茶もいける口だが、基本的にはココア好きのココア党だ。

 それが父親譲りなのは不快だが……ココアの甘さは嫌いじゃない。

 甘味は味に集中することで、頭の中に溜め込んだ親への苛立ちといった不快な気持ちを流してくれる……実にいいものだ。


「その……それ、ホットケーキはアタシが作った」

「うん……これも良い香り! 有栖ちゃんも腕あげたねえ」

「いやまあ、主導ってだけで一応は皆との共作なんだけどな、だからすっかり量も多くなっちまったよ、一人一枚作ったからさ」


 つまみに用意されたイチゴ味のホットケーキをフォークで口に運び、真白は笑みを深くする。

 なんとも幸せな時間だった……この時間がもっと続けば良いのになと思ってしまうくらいに。

 もちろん、一番幸せな時間とは有栖と二人きりで睦みあう時間なので、今この時間がずっと続いて欲しいわけではない。

 それでも、もう少しだけ長ければ良いのにとは感じるのだ。


「……っと、アタイはそろそろ目の……いや、用事ですね」

「ああ、市外まで行くんだっけ?」

「ええ、少し遠いんですよね……じゃあまた明日!」


 だが、玉兎が用事で退場したのを皮切りに、一人また一人と帰宅時間が近づいてくる。

 ある意味では、名古屋市全域で活動して仲間を増やしたことの弊害と言ったところか。

 こうして皆で集まっても、それぞれの家が遠いため中々長く一緒にはいられないのだ。

 残念だがこればかりは仕方がないだろう。


(みんな、家族を大事にしてるもんなあ……私にはあまり馴染みのない気持ちだ)


 家に愛着がない真白とは違い、みな家族は大事なのだ。

 羅美吊兎叛徒は複雑な事情を持つ者達の受け皿でもあるが、それでもこの気持ちは分かち合えた試しがない。

 有栖ですらこの気持ちは完全に理解できないのだ。

 しかし、真白はそれを辛いとは思わずに受け入れていた。


(ま……なんだかんだ、仲良しなのは良いことだよね)


 仲間達の中には、家族とぼかしてこそいるが実際には恋人と会う者もいるのだろう。

 もしかしたら……有栖と真白の仲睦まじさにてられたことで、メンバー同士で密会しイチャイチャとする者もいたのかもしれない。

 何はともあれ、ホワイトデーはお祭りだ……自分のワガママで彼らを縛り付けるわけにはいかないだろう。

 流石に真白とて、その程度の良識は有しているのだ。


「ふー、すっかり皆行っちまったな」

「だねえ、すっかり二人きりだ」


 笑い合いながら、有栖と真白は手を取り合う。

 さて、これからどうしようか……。

 プレゼントは開けたしココアも飲みきった、これから外に出るのも良いかもしれない。

 確か神宮前駅の方ではホワイトデーフェアもしているはずだ。

 そちらへ行くも良し、熱田区内のまた違う場所に行くも良し……なんなら金山や大須もありか。

 時間はまだ夕方、このまま二人夜までショッピングに勤しむのも良いだろう。


「そういえばさ、六番町の方の家具屋に入荷したフランスの……」


 有栖と話しながら歩く真白。

 その胸ポケットでスマホが震える。

 取り出して見てみると、母からの電話らしい。

 どうせ……誕生日くらい寝に来るだけじゃなくまともに帰ってこいと言うのだろう。

 やなこった、内心そう考えながら電源を落とすと真白は話の続きを始めるのだった。





 実りの月、14日……。

 ティエラの地において3つめの月、その14日はモストロ国民にとって特別な日だ。

 まずこの日はドゥンの日と呼ばれる祝日で、創世王と呼ばれる虎の魔物、初代国王ドゥンが生まれた日らしい。

 故にこの日は国を挙げての祝日となっているのだ、日本で言うところの天皇誕生日が近いだろう。

 だが……現在はもう一つの意味が存在する。


「窮奇様、お誕生日おめでとうございます!」

「いやあ、ありがとうねミケちゃん」


 現国王、窮奇の誕生日もこの日なのだ。

 本人はなんたる偶然、などと言っているが……。

 恐らくは、己は初代王と誕生日を同じくする奇跡の魔王、とプロパガンダにするべく偽った誕生日なのだろう、とミケは考えている。

 それはさておき、誕生日自体はめでたいので水を差さずにお祝いするのだ。


「で……窮奇様は今年でお幾つに?」

「永遠の17歳です」

「もう、またそれなんですね」


 ココアを皿へ注ぐミケ。

 そんな彼女へ笑みを向けながら窮奇がココアを啜る。

 ちなみに今日は誕生日なのでブランデー入りだ。

 いつもは万一悪酔いすれば政務に差し障るため飲んでいないのだが、今日は特別。

 年に一度の豪快な飲みっぷりは中々のものだ、正直な話……酒豪の窮奇が政務に差し障るほど酔うとは思えないのだが、まあいいだろう。


「ぷはぁ……17歳はね、生き様なんだよ」

「じゃあ酒を飲むのはおかしくないですか?」

「それはそれ、これはこれ」


 モストロ、プルミエ、両国共に飲酒可能年齢は18歳からだ。

 なので、17歳を自称している窮奇が飲酒するのは王自らの法律違反となる。

 もちろん実年齢は確実に18歳を超過しているため、飽くまで書類上の問題といった話であって肉体的には全然平気なのだが。

 そんなわけで、窮奇は年一度のご褒美だとそれは美味しそうにグビグビと酒を飲む。

 その姿を見ていると……ミケの中にも少しだけ酒への興味がわいてくる。

 家にはマタタビ酒という伝統の地酒があるのだが……そういえば、それを飲んでいた祖母は実に美味しそうな顔をしていたものだ。


「お酒って美味しいんですか?」

「ふふ……こればかりは個々人の味覚だからね、大人になったらミケちゃんも試してごらん」

「大人になったら、ですか……」


 大人になったら、そう言われてミケは酒を飲む自分を思い浮かべる。

 だが……酒の味を知らないのでよく分からないようだ。

 こればかりは経験しなくては一切理解できない領域なのでしょうがない話だろう。


「お酒は、どんな味なんですか?」

「色々あるよ、酸っぱいもの、甘いもの、辛いもの……果実酒、麦酒、蜂蜜酒、米酒といった種類で色々違ってね……」


 酒を飲みながら、窮奇は酒の種類などを説明していく。

 料理と同じで酒だって千差万別。

 一朝一夕で知ることなど出来ないし、どれが良いかは一長一短だ。

 ミケはとりあえずメモをとりながら、自分の好みに合いそうなのはどれか考えるのだった。





「……ふう」


 有栖と共にアジトに置く家具を見に行った帰り……。

 真白は、自宅である稲葉組の邸宅スペースの前で息を吐いた。

 そのまま裏口から中へ向かい、窓から自室へ入り込む。

 親とは顔を合わせるつもりすらない、大嫌いだからだ。

 風呂や食事はもう外で済ませた、どうやら銭湯好きのきっかけは家で風呂に入るなんてゴメンだという気持ちかららしい。


「ん……? これは……」


 部屋の電気を点けると、机の上に見慣れない箱があるのが目に入る。

 開けてみると……中には高級そうな腕時計が入っていた。

 ご丁寧にハッピーバースデーと札が着いている。


「……ああぁぁぁああっ!!!!」


 叫び声を上げ、真白は腕時計を投げ飛ばした。

 別に箱に入ったままなのだ、壊れはしない。

 壊さないのは単純に勿体ないからであって、プレゼントされたこと自体には苛立ちしかないのだ。


「こんな! 物で、愛してるアピールかぁ!? クソがっ、クソがっ、クソがあああぁぁぁあああ!!!」


 枕を投げ飛ばし、机を蹴り、真白は荒い息を吐く。

 愛しているなら自分が生まれたときに、真っ当な道を歩むことも出来たはずだ。

 それを選べば周りからヤクザの娘などと見られなかったのに。

 娘をそんな目にあわせておいて、物品で愛を示すなど笑止千万。

 そこまでして許されたいか、と真白は嗤う。

 そしてフラフラと窓に近寄ると、庭へと飛び出した。


(親が嫌いだ……この家が嫌いだ……)


 笑みを浮かべたまま、真白は冷たい夜風に当たる。

 冬は嫌いだ、弱き命が潰える季節、春へ向けた自然淘汰の時期、己が本質のように冷たい気候。

 ホワイトデーは嫌いだ、こんなクソみたいな家に生まれてしまった日。

 真白という名前が嫌いだ、ホワイトデーに生まれたからと付けられた捻りのない単純な名前、ドス黒い怒りを抱えた自分には似合わない名前。

 この家が嫌いだ、全てが嫌いだ、いっそ燃やしてやりたい。

 自分が嫌いだ、本当は学者になりたいのに、有栖を自分の稼いだ金と自分の力で守りたいのに、こんな家に縛られて夢も叶えられない自分が嫌いで仕方が無いのだ。


(今は、まだダメだ……私は自分で金も稼げない、自分の力だけで有栖ちゃんを守りきれない……いつか、力を得たら……こんな家も組のド腐れどもも……皆殺しにしてやる……!)


 荒い息を吐き、真白は虎のような凶暴性を天の星へ向ける。

 その頭上で月は爛々と輝き……。

 それが苛立ちを加速させ、真白は壁を殴りつけるのだった。

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