何の因果か異世界転移! スケバン令嬢の筋通し

The Sukeban Lady Adventure
光陽亭 暁ユウ
光陽亭 暁ユウ

第一部 始まりのサーガ

プロローグ ああ窮屈、何の因果かお嬢様

公開日時: 2020年10月1日(木) 17:07
更新日時: 2021年1月12日(火) 08:58
文字数:8,455

 人生には通すべき一本筋という物がある。

 人を傷つけてはいけないという物だったり、もし傷つけたなら相応の責任を取らなくてはいけないという物だったり……。

 そういった様々な筋を通すことを、人は仁義と呼んだ。

 筋を通す者は、いつだって他者に尊敬される。

 そんな敬意を抱かれる者のうち、どちらかと言えばアウトローに属する少年少女を、人は番長ないしスケバンと呼び……。

 時に敬意を、時に恐れを持って接してきたのだ。

 しかしそんな彼らに人々が抱くのは、敬意や恐れだけではない。

 挑戦心、強者というのは強者であるが故、そういう気持ちも刺激してしまうのだ。

 それはたとえ、スケバンと呼ばれることがなくなっても続く……。


「ふう……やっぱ朝のツーリングはサイッコーに気持ちいいですわねえ、バリバリに飛ばすのがたまりませんわ」


 愛知県、国道23号線名豊めいほうバイパス。

 豊橋から豊明までを突っ切るこのバイパスを愛車であるホンダ・ゴールドウイング・アスペンケードで朝から走る一つの影。

 彼女の名は鹿野山有栖かのやまありす、17歳。

 華やかな純白のレースブラウスにブラウンのスカートという姿からは想像も出来ないが、県内屈指のバイカーだ。

 ヘルメットは付けているが、ライダースーツなどは着ていないところから、事故は起こさないという自身が見て取れる。

 そんな彼女の日課は、毎朝このバイパスを法定速度の範囲で飛ばすこと。

 その後は学校へ直接向かうのだが、通っているお嬢様学校はバイク通勤可能な私服校なのでこのまま向かってもオッケーなのだ。


「ここにいると、やっぱモヤモヤも忘れられますわねえ……肩の荷が下りる感じがすっげえたまりませんわ」


 風を感じ、目を細める有栖。

 だが……そんな彼女のバイクに、猛スピードで飛ばすバイクが4台近付いてくる。

 どれもゴテゴテに改造されてデコレートもされた、いかにもな暴走族のバイクだ。

 4台のバイクは、どれも有栖を取り囲むようにして周囲にやってくる。

 そんな彼らに、有栖は舌打ちをした。


「ちょっと、アンタ達……すげえ邪魔ですわよ! 失せなさいな!」

「お前……伝説のレディース、羅美吊兎叛徒ラビットハントの元総長だろ、古里有栖さんよ」

「こんな早朝からツーリングだあ? 贅沢じゃねえか」

「総長だけにってか、ギャハハハハ!!!」


 どうやらバイクに乗っているのはレディースらしい。

 そんな彼らに、有栖はうんざりした様子で再度舌打ちをする。

 彼らが何を言っているかは分かるが……肯定する気にはなれないのだ。


「何のことですの、アタイは見ての通り一般的な令嬢、レディースなんて無縁ですわ、これ以上カタギに迷惑をかけないうちにとっととお下がりなさいまし」

「バーカ、一般的なお嬢様がカタギなんて言葉使うかよ!」

「82年モデルのアスペンケードをカスタムしたもんなんて乗ってる女も東海じゃお前くらいだっつーの! 聖戦士かよ、異世界にでも飛ぶのか? ギャハハハハ!!!」


 大笑いするレディース達……。

 そんな彼女達との車間距離がどんどん詰まってくる。

 だが、うんざりとしながら有栖は相手の僅かな隙を見つけ……決死の覚悟で、車体一つ分の隙間を突っ切った。

 接触事故スレスレ……相当の度胸がなければ出来ない走り。

 周りを囲んでいたレディース達も、その男気には思わずバイクを止めて舌を巻く。

 そんな彼女達へ去りゆく背中を見せながら、有栖は叫んだ。


「シャバ僧が! アタイを閉じ込めたいのなら、もっと覚悟を固めて隙間無く走る事ですわね!」

「ち、ちくしょー! やっぱり一般的なお嬢様じゃねえだろ!」


 叫び声を背に受け、有栖は走る。

 そして安城市でバイパスを降りると、そのまま学校へ向かっていった。

 いつも通りの朝だ、いつも通り走って……現実を忘れているところに、時間が来るか因縁を付けられるかして現実に引き戻されて、いつも通り学校へ通う。

 ヘルメットを外し、朝風に流れる長い金髪の清涼感……しかしそれとは裏腹に、心の中はどんよりとしていた。


「おはよう、皆様」

「鹿野山さん! おはようございます!」


 肩のこるお嬢様学校で、肩のこる時間の始まり……。

 どこか遠くへ行きたいと、肩の荷を下ろしたいと思ってもそれは叶わない。

 有栖は疲れていた……とても。

 過去も今も、どちらも自分を縛ってくる……。

 それがただただ、辛かった。


『おいで……こっちへ、おいで』

「……? なんですの……?」


 そんな気分の中、有栖はふと誰かの声を聞いた。

 誰かが自分のことを呼んでいるのだ。

 振り返るが……誰もいない。

 念の為に駐輪場まで向かうが……その時、ふと目眩を感じた。


「……う、体調不良かしら……朝からクソガキどもに絡まれて、気が重いのかも知れませんわね」


 息を吐き、そのまま彼女は校舎へ戻る。

 こうして何もない、いつも通りの一日が始まる……。

 何も変わらない、何も進まない、ただ窮屈な一日が。

 その日々は、彼女にとって重荷だった。


『大丈夫、すぐに変わるよ……』


 声はもう有栖には聞こえていないらしい。

 だが静かに、着実と……異変は始まっていた。

 誰も気付かない場所で、静かに静かに……。



「おはよう、有栖ちゃん」

「……あら、おはよう稲葉さん」


 さて……しっかり頭を切り替え教室に入ると、真っ先に声をかけてくる女子が一人。

 小柄で色白、姫カットの黒髪と常に浮かべているにこやかな笑顔……全体的にどこか常人離れした雰囲気の女の子だ。

 稲葉真白、この学校では数少ない有栖と付き合いが長い者……。

 俗に言う幼馴染みであり、この学校に在籍しているのも有栖と同じ学校に入りたいからという理由である。


「髪の毛、少し乱れてるよ? 今日も朝から……?」

「まあ、そういうわけですわ……まったくあのガキ共は……おかげで朝っぱらから決死の覚悟で走らされましたわよ」


 息を吐き、伸びをする有栖。

 しかし……すぐにハッとなると、いけないいけないとばかりに顔を引き締めた。

 そしてしっかり背筋を伸ばし優雅に振る舞う。


「ふふ、よくやるねえ……ほんとに別人みたいだ」

「おほほ、根っからお嬢様の稲葉さんには分からない苦労って奴ですわね」

「んはは、そーかもねえ」


 努めてお嬢様らしく振る舞わなければボロが出る有栖に対して、真白は常に自然体だ。

 そんな彼女が有栖にはとても羨ましく思える。

 しかしその一方で、彼女がどんな家系の令嬢かを知ってもいるので、その点はあまり羨ましく思えないのだが……。


「そういえば絡んできたって子……どうする? うちのお弟子さんにちょっとお灸を据えさせる事も出来るけど」

「真し……稲葉さん、そうやって家の力を使うのは悪い癖ですわよ、私たちはいずれ家を継ぐためにもまずは自分の力を伸ばさないとなりませんの」

「分かってるよ、冗談冗談……三下ヤンキーのエンコなんてどこにも需要無いしねえ」


 後半は周囲に聞こえないよう、小声になりながら笑う真白。

 周囲には家が行っている仕事の一つ、稲葉建設の社長令嬢ということで通しているのだ。

 子供の頃から一貫してその秘匿を続けているだけあり、彼女の仮面はそうそう剥がれない。

 これも家系の違い、と言えるのだろうか。


「そういえば有栖ちゃんのお母さんは元気?」

「母さ……まは元気ですわよ、相変わらず」

「そっかそっか、鹿野山グループはうちの上得意だからね、CEOが元気でいてくれて嬉しいや」


 そこまで言い、真白はふと腕を組む。

 そして感慨深げにうんうんと頷いた。

 どうやら鹿野山グループについて何か思うところがあるらしい。


「にしてもさー、鹿野山グループと有栖ちゃん、思わないところで線って繋がるものだよね、昔から知ってる顔と知ってる顔が……だもん」

「そうですわね、それはなんというか……私も未だ思いますわよ、現実味が薄いって……」

「ねー、実に不思議不思議、人生何が起こるか分からないものだなあ」


 話し合う二人、その頭上でチャイムが鳴る。

 それを聞いた真白は、ゆっくり椅子から立ち上がった。

 自分の教室に戻るのだろう。


「じゃ、また後でね!」

「ええ、また後で、ごきげんよう」


 手を振る真白に一礼し、有栖はその背中を見守る。

 ……ふとため息がこぼれた。

 これで本格的に、退屈な時間の始まりだ……。

 正直うんざりするが、それでも仕方がないだろう。


(……アタイだって、別に全てが嫌なわけじゃねえんだ……母さんの優しさに恥じやしねえ存在になりたいんだよ、でも……自然体でいられねえっていうのは……つれーんだ、肩が重いんだよ……)


 息を吐き、肩を落とす有栖。

 その密かなため息は誰にも気付かれることはなく……今日もまた、いつも通りの一日が続いていくのだった。

 環境というものに、人はいつだって縛られる。

 特に環境が激変してしまったときなどそれが顕著だろう。

 そういう時、人はいつもこう思う。

 自分を縛る環境から解き放たれ、どこかへ行きたいと……。

 しかしそんな手段はない、どこかへ行こうとしても必ず家に帰る必要が出て、同じ環境に人は戻る。

 それでも有栖は、静かに思うのだった。

 どこか遠くへ行って、過去にも今にも決して縛られない時間というのを好きなだけ過ごしてみたい……と。






「お疲れ、帰ろう有栖ちゃん!」

「ええ、よろしければ私のバイクに相乗りなどいかがかしら」

「おっ、良いねえ良いねえ、久しぶりだよそれ」


 放課後……夕暮れの教室にて。

 教室にやって来た真白と一緒に、有栖は帰宅を開始する。

 学校は安城市だが、自宅は共に名古屋市のため朝と同じ名豊バイパスを通って帰るのだ。

 南端の緑区ですら電車で一時間近くかかる距離だが、何故そんな距離を通っているかというと、やはり過去を知る者と極力会いたくないというのが大きいだろう。

 だが……。


「……後ろ、来てるよ」

「チッ……しゃあねえ、飛ばしますわよ」


 ふと後ろから、朝と同じレディースが走ってきていることに気付く。

 下校時間など知るわけもないので、完全に不幸な偶然だ。

 その悲運に舌打ちをしながら、緊急避難ゆえ致し方ないとスピードを上げ……。

 その時だった。


「……あぁ……? なんですの、コイツは……」

「んっ……んん……?」


 不思議な感覚が体を覆う。

 ライダーズハイの高揚感ともまた違う感覚……。

 まるで自分が光となり、どこかを突き抜けていくかのような……。

 光の道が開かれて、そこを走っているかのような感覚と共に何も見えなくなる。

 真っ白で、まぶしくて……何も……。

 いや、違う……光の中に兎が見える。

 バイクはそれを追っているのだろうか。


「くそっ、止まりなさいな……!」


 なんとか止めようとブレーキをかけるが……バイクは走り続ける。

 止まらない、止まれない……。

 そこままバイクは兎を追うように走り続け……真白が後ろから抱きついてくる感覚と共に、視界が急速に開けていった。

 一方その頃、バイパスでは……。


「お、おい、今の……」

「光って、消えた……?」


 残されたレディース達が、唖然としながら有栖達がいたはずの場所を見ていた。

 そこにはもう誰もいない……。

 ただ、バイクの車輪跡が残っているだけ……。

 そんな光景を、レディースは呆然と見つめるのだった。






「……!!!」


 視界が開けると同時に、急にブレーキが機能しだす。

 そんな状態で何とか落下しないよう体勢を整え……有栖は衝撃に閉じた目を開いた。

 もう先ほどの光はない……真っ白な世界ではなく、色がある。

 だが……。


「ここは……? さっき、バイパスを走ってたはずなのに……」

「……どう見ても、森……だよね」


 動物を刺激してはいけないと、有栖はキーを抜く。

 そしてスマートフォンを取り出した。

 だがどうやら圏外らしい。

 いきなり森に飛ばされ、しかも電波は届いていない……見た感じそこまで鬱蒼としていない普通の森なのにだ。

 明らかな異常事態に思わず息を呑む。


「なんだこりゃ……キャトルミューティレーションでもされたってぇんですの?」

「まさか、宇宙人もの番組の8割はヤラセでしょ」

「えっ、2割は本物ですの? いやいやいや……そんなわけ、えっ?」


 なんとか気分を紛らわすため、他愛のない話をしながら二人はバイクを押す。

 一応、今いる場所はそれなりに整った道のようだ。

 少し歩けば何か見えてくるだろう。

 そう思って二人は歩いたのだが……。


「……なんですのあれ」

「……ね、なんだろあれ……」


 歩いた先に見えてきたもの、それに二人は疑問符を浮かべる。

 なぜならそこに有ったのは……明らかな西洋建築の街だったからだ。

 住まう者達も、みな西洋風の服装……いや、それだけではない。

 明らかに人間ではない存在……獣と人の中間的存在、謂わば獣人だろうか、そんな種族まで混在している。

 とりあえずここが日本ではないことだけは確認できたが、同時に疑問が大量に増えてしまう事態となった。


「ねえ、どうしよう有栖ちゃん」

「……どうするもヘチマもなくってよ……こんな状況じゃ情報収集をするしか有りませんわね……慎重にかつ大胆に動くとしましょう」

「りょーかい、んーなんかワクワクするなあ、昔を思い出すよねこういうの」

「へっ、確かにそうですわね、あの頃は羅美吊兎叛徒の双翼として楽しんだモンですわ」


 笑い合い、二人は街へ歩いて行く。

 そして……入り口にいた農家と思しき中年男性へ話しかけた。

 日本語が通じるかも分からないので、恐る恐るだが……。


「もし、そこのあなた……よろしいでしょうか、少しお伺いしたいことが有るのですけど」

「うおっ!? な、なんだいお嬢ちゃん……アンタらすげえいい服してんな……どこのご令嬢だ……? なんだそのでけえの……」

「質問に質問で返さないでくださいまし、話を聞きたいのはアタ……くし達なのですけど……ここがどこかお分かりになって、私たちは日本という場所からここに迷い込んでしまいましたの」


 もしかしたら事情を知っているかもしれない。

 そんな淡い期待を込めて日本という名前を出すが……男性は疑問符を浮かべている。

 どうやら日本については全く知らないらしい。

 一方で、街の名前については答えられるようで、ゆっくりと看板を指さした。


「ここはレプレって街だ、そこに書いてあるだろ?」

「ああ、すいません私たち異国の者で言葉に詳しくありませんの……でもありがとう、助かりましたわ」


 一礼する有栖……だが、男性はどこか訝しげだ。

 様子を見守っていた真白は、男性が異国と聞いた瞬間に顔をしかめたことに気付く。

 異国という言葉に何か思うところが有るのかもしれない、これは深掘りする価値があるだろう。


「異国が何か? 顔をしかめてましたけど」

「ん、ああ、いや……お嬢ちゃん達……」

「きゃーっ!!!」


 男性が何かを言おうとするが、その声が悲鳴でかき消される。

 ふと通りを見ると……そこでは、一人の男が走ってきていた。

 男の後ろでは、倒れ込んでいる獣人の女性……見た目からして犬の獣人だろう。

 彼女が勢い良く手を伸ばしている。


「返して、このひったくり!」

「あらら、どこでもこういうこと起きるんだなあ」


 呆れた様子で呟く真白。

 その隣で、有栖は無言でバイクにキーを差し込むとそのままエンジンをふかして走り出す。

 粉塵と排気ガスが舞い、傍らの男性が大きく声を上げた。


「うおっ、なんじゃこりゃ! くせえ……!」

「代わりに謝っときますね、排気ガスごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げる真白。

 その背中の向こうで有栖がひったくりを追い越す。

 そして急速旋回しながら、車体を側面に傾けつつブレーキをし……バイクを止めて車体から降りた。


「大人しくそれを返しなさいな……そうすれば悪いようにはしませんわ」

「な、なんだアマ……! どこの嬢ちゃんか知らねえが、痛い目見るぞ!」


 ナイフを取り出すひったくり。

 そんな彼に、有栖はひるみもせず鋭い目を向ける。

 出方をうかがっている猛獣のような目だ。


「筋、というのが世の中にはありますわ」

「あ……?」

「ひったくりをすれば罰されるのが筋、人にナイフを向ければ警戒されるのが筋、そして人をナイフで傷つければ……」


 そこまで言ったところで男が走り出す。

 そしてナイフを顔面めがけて振るうが……有栖は顔を動かし、ナイフを避けた。

 いや……少し頬が切れる。

 だがそれも計算尽くなのだろう。

 有栖の手が男の腕を掴む、そして……。


「ナイフで人を傷つければ、その分ボコられんのが筋だ! もう筋を通しきるまで後戻りは出来ねえ……覚悟しな、テメエが売ったその喧嘩……アタイが買ってやるよ!」


 腕を引っ張り、膝を思い切り叩きつける。

 その痛みに男は思わずナイフを落とした。

 だが腕は折れていないようだ、飽くまで強い痛みがあるだけらしい。


「い、ぎゃああああ!!!」

「オラァッ! どうしたてめえ、その程度の痛みで泣き叫ぶような半端な覚悟で人様の荷物盗んでナイフ振ってんのか、コラァ!」


 続けて、腹へたたき込まれる正拳。

 それにより内臓が衝撃に晒された男は、嘔吐しそうになりうずくまる。

 そこへ……とどめと言わんばかりに、顎への蹴りがたたき込まれた。

 何も言えず宙に舞う男の体。

 それを見ながら有栖は右手の親指で、切れてしまった左頬を拭い……。

 親指の角度を変えると、勢い良くサムズダウンした。


「シャバい真似してんじゃねえよ……クソだせぇシャバ僧が」

「ヒューッ、衰えないねえ……惚れ惚れしちゃう」

「か、彼女は何者なんだ……」


 まさに圧勝、そんな光景を見ながら農家の男性は息を吐く。

 有栖が何者なのか分からないのだ。

 見た目は令嬢、しかし実際は猛禽のような鋭い瞳に卓越した格闘術、そしてナイフを向けられても怯まない度胸……。

 何もかもが令嬢離れしているのだ。

 そんな有栖にただただ戸惑う男性。

 その隣で、真白は我が事のように胸を張った。


「何を隠そう彼女は伝説のレディースチーム、羅美吊兎叛徒ラビットハント総長ヘッドを務めた女……かつての名を古里有栖、そして今の名は鹿野山有栖! 伝説のスケバンにして、鹿野山グループの令嬢だよ!」

「そして、あなたはかつての副長……任侠組織白兎会はくとかい直系稲葉組組長の孫娘、稲葉真白……ったく、人の情報をペラペラ喋るんじゃねえですわよ……」


 気絶したひったくりを担ぎ、歩いてくる有栖。

 そんな彼女に「バイクを頼んでよろしくて?」と言われ、真白はバイクを取りに行く。

 頬からは血が垂れたままだが……それもお構いなしだ。

 さて、そんな有栖のもとへひったくりの被害に遭っていた女性が走ってくる。

 そして彼女は、上質なハンカチを取り出すと有栖の頬を拭い、手をかざした。

 ……暖かな感触がし、頬の傷が消えていく。

 その感覚を受け、有栖は内心「治癒魔法ってえ奴か」と得心する。

 先ほどは状況が状況だけに女性を観察することは出来なかったが……。

 どうやら、女性は服装からしてどこかのメイドらしい。

 黒と白のまだらの毛並みは、ダルメシアンを思わせる綺麗なものだ。


「あら助かりますわ、ありがとうございます……すみませんわね、そんな良いハンカチを血で汚れさせて」

「い、いえ……ハンカチは洗えば良いですので! それよりこちらこそ、荷物を取り返して貰えて嬉しいです」


 荷物を受け取り、女性が笑みを浮かべる。

 どうやらよほど大事なものだったようだ。

 取り返せて何より……と有栖は内心ほっとする。


「ええと、何かお礼をしなくては……」

「礼? そんなのよろしくて……あ、いや、待ってくださる? 私たち、遠いところから迷い込んで帰り道を探してますの……誰か詳しそうな方はいらっしゃらない?」

「それでしたら……私の主君が旅行好きでして、地理に詳しい御方です、よろしければお話が出来ないか伺いましょうか?」

「それはありがたいですわ、是非お願い致します」


 旅行好きの主君、そう聞いて有栖は笑みを浮かべる。

 まさにこれ好機といった状況だ。

 話を取り付けて貰えれば、日本にどうやって帰るかは分からなくとも……次の手がかりに移動できるかもしれない。

 それができないとしても、金持ちに恩を売ってコネクションを作り上げるのはそれだけで未知の場所での力となる。


「ではこちらへ……」

「ええ、行きましょ真白、それではおじさま、私達はこれで」

「ほいほーい、んじゃまたでーす、おじさま」


 手を振り、歩いて行く二人。

 その背中に対して手を振り返しながら、農家の男性はぼんやりと彼らを見ていた。

 そして……ふと、自分が何を聞こうとしていたか思い出す。


「そういや……忘れてたな、お嬢ちゃん達は……どうやって、鎖国状態のこの国に外から来たんだ……?」


 訝しむ男性、しかしまあひったくりを捕まえたところから見ても、彼女達が善政の人物である事は間違いないだろう。

 そう考え、農業へと戻っていくのだった。

 休憩時間はもう終えて、自分も有栖のようにたくましく頑張ろうと考えながら……。



 さて、こうして異邦の地に飛ばされた二人の少女。

 元スケバンとその副長という経歴を持つ令嬢二人の冒険がここに始まろうとしている。

 複雑な家庭に生まれて十と七つ。

 家族を思えども遠くへ行きたいと願っていた女が、何の因果か異世界転移。

 さりとて、筋を通すことと義理人情の大切さは忘れちゃいない。

 伝説のスケバン鹿野山有栖、そして副長稲葉真白。

 筋を通すことにこだわる女達の物語、今ここに開幕である!

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