「しかしまー、戦場でああも相対した連中と食卓を囲むとはね、ぎゃはは!」
5月4日の夜、かつて敵対していた一宮達とマガ達は、もはや敵対の理由無しということで、浜辺で簡易食卓を囲んでいた。
和解の第一歩、という奴だ。
多少翼達が困惑している面は有るが……特にトラブルも無い大勢での夕食。
そんな平和な一時を送りながら、二十間川が高らかに笑う。
「前々から思ってたけど、テンション高いなあ……あの人」
二十間川のハイテンションを再確認しつつ、翼は肉を口に運ぶ。
……今日の夕食は焼き肉だ。
折角だし、この数年食糧供給の改善に邁進してきた成果を見せたい。
という理由らしい。
「お、翼っちもテンション高くする?」
「え、ええ……考えておきます……」
「考えなくていいでしょ、そんなの」
ツッコミを入れつつ、二十間川が肉をトングで取る。
両手に生肉用、焼き肉用の二つを持っており、その様は二刀流のようだ。
彼女は肉の少なくなった皿をこまめに見つけ、肉を置いていく。
が……自分の皿には全然置かれていない。
「ねえ、玲奈は食べないの?」
「私はこういう方が性に合ってんの、最後に食べるから心配しなくていいわよ、ほら野菜」
心配する翼に笑いかけ、野菜を渡す玲奈。
そのまま彼女は網を取り替え「次の肉は30秒後……」とカウントし始める。
見事な仕切りっぷりだ。
「まさに肉奉行ですわね、おかげさまで美味しいお肉が食べられて様々ですわ」
「だな、ありがとう神名瀬」
「別に良いけど……本当に変な気持ち、アンタ達に感謝されるのって」
頬にタレを付けたまま白米と肉をかき込む一宮。
その隣で、タン塩を野菜と食べる三重。
二人からの感謝に困惑する神名瀬。
その肩を四日市が叩いた。
「30秒、経過した」
「ああ、どうも……じゃあ次を焼きますか」
機械故の正確なタイムキーパーをする四日市。
彼女に協力された神名瀬はやはり複雑そうだ。
もちろん、これまでの敵対理由だってちゃんと受け止めている。
それでも、やはり困惑はそう簡単に消せたものではない。
肉についた焼き目と同じだ、心の中に困惑が刻まれているのだ。
「神名瀬さん、交代しましょうか? アタシはそろそろお腹が膨れてきましたから」
「ん? 美樹本さん、男子なのに?」
「ははは、男子でも食の細い者は沢山いますよ、アタシは鳥人ですしね」
どうやら、鳥人は基本的に食が細いらしい。
それ故に、戦闘後で空腹な面々の中でも食事量は少ないようだ。
その点は二十間川も変わらないらしく「ごっそーさん!」と手を合わせている。
「じゃあお言葉に甘えて……いただきますっと」
合掌し、神名瀬は肉が焼けるのを待ちながらサラダを口に運ぶ。
焼き肉の途中に食べる野菜の美味さが年々分かるようになってきた、とは彼女の弁だ。
一方、翼は前世より引き継いだ力の関係なのか、肉ばかり食べており野菜は積極的に口へ運んでいない。
「あ、また肉ばかり食べて……アイドル続けられなくなってから、前にも増して肉を食べるようになったわよね」
「へへへ……だって美味しいから……でも大丈夫、昔から食べたものは筋肉に変えてきたでしょ?」
「へえ……筋肉に変えてきた、か……」
アイドルは踊って歌って、華やかなイメージに反して重労働だ。
そんなハードワークをこなすため、翼の体は引き締まっている。
そう言われ、三重はしげしげと彼女の体を見つめた。
……少し気恥ずかしい。
「ん? 顔を赤くして……別に私にそういう下心はないから安心してくれ」
「あ、はい……なんか、無いって言い切られるのもそれはそれで……いや、いいです」
「……別にアンタが魅力的じゃないとかそういうのじゃない、私は長命種だからまだ恋愛をするような年齢でもない、というだけだ」
呆れ気味の三重、そんな彼女の長い耳を見つめる翼。
そこに……大きな足音が近付いてきた。
姫宮だ、背中にはヘレナと杏里も乗っている。
「ほら、追加の肉を持ってきてやったぞ」
「追加の飲み物も有るよぉ」
「もちろん、お野菜も沢山ありますよ」
角で、粘体ボディで、鋏で、みな器用に袋を運ぶ……。
彼女達は一宮に頼まれて追加の食材を取りに行っていたのだ、それも飛行して。
ドラゴンだからこそ出来る島外派遣と言えるだろう。
「感謝しますわ、ではお礼に焼きたてのお肉を……はい、あーん」
「お、美味いな……」
「あぁ~、ズルいぃ~!」
「ん? ヘレナも食べたいのか」
「いや……そうじゃ……いえ、何でもないです」
追加食材配達のお礼にと、口へ肉を入れてあげる一宮。
彼女としては別に恋愛感情があるわけではなく友人へのお礼でしかないのだが。
しかし、ヘレナは焼き餅を焼いてしまう。
……もちろん、一宮は長命種故に恋愛感情が薄いためそんな事は一切気付いていない。
その様子に呆れつつも、杏里は指摘を取りやめて黙り込む。
わざわざ指摘して自分が二人の関係に介入するのも微妙なのだ。
「ふふ……心配なんていりませんわよ、わたくしはほら……貴女達とは寿命が違いますもの、釣り合いませんわ、だからそういう気持ちなんて抱いてませんの」
「むう……ならぁ、いいけどぉ……」
「時々羨ましくなりますわ、どれだけ体を強化しても、遺志を継ぐ存在を生み出せても……世界の滅びが防げても、一宮桔梗は貴女方と比べてあまりに儚い、早く尽きる命なんですから」
純粋な羨望を口にし、一宮は笑顔で肉を頬張る。
だからこそ……今という一瞬一瞬を大事にしていこう、という意識があるのだろう。
故に、食事も楽しんで味わっている。
なので……辛気くさくはなっていないようだ。
「なんだ一宮、酒でも入ったか?」
「あら、そういうことを仰るなら開けますわよ缶ビール、わたくしはこの中でもトップクラスに酒を飲める自信が有りますわ」
「まあ……確かにお前は見るからに度の強いワインを飲んでもピンピンしてたよな」
ドラゴンである姫宮は酒に強いが、一宮もまた酒に強い。
人間でありながらドラゴンに匹敵すると言って間違いないレベルだ。
このメンツの中では確実に酒豪の部類に入るだろう。
「ぎゃはは! 分かんないもんだよね、6年前は一宮っちってそこまでアルコールに耐性無かったのに」
「結局は順応ですわよ、順応」
「にしても順応しすぎだろう」
順応、それだけの言葉で説明がつくのかは分からないが。
6年の歳月が人を変えていく、というのは体質にも出ているらしい。
その様子を見ながら、翼は肉を飲み込んで顔をしかめた。
「……今まで筋肉に買えてきたっていう体質にあぐらを掻かない方が良いのかなあ、やっぱ」
「まあ、それはそうだと思うわよ、いつ筋肉の限界が来るかも分からないものね」
「光、翼、測ろうか……体脂肪、を」
「……え、遠慮しておきます……」
体脂肪測定機能もついている、そんなアピールをする四日市。
明らかに普段使わない機能を使うチャンスにウキウキしている彼女へ遠慮をしつつ、翼は肉でご飯を巻いた。
……とりあえず、今日はこういう場なのだから気にせず食べよう。
食事を気にするのは明日からだ。
……アイドル時代は気を付けて生活していたのだから、すぐに習慣くらい戻せるはず。
たぶん、きっと、メイビー。
「凄いのね、あなた……多機能というか、なんというか……」
「歩く十徳とは、私の、こと……」
「それは名誉ある称号なの……?」
歩く十徳、謎すぎる称号を自称する四日市に困惑する神名瀬。
その隣で、翼は「見ただけで体重とか分かってしまうのだろうか」と内心震える。
しかし……それでも、肉が美味しくて手が止まらない。
筋肉に変える、これは全部明日から筋肉に変える、なんなら今夜は体力の限界までプランクと腕立てとスクワットを繰り返す。
そう自分に言い聞かせながら、翼は肉の美味しさに涙ぐむのだった。
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