何の因果か異世界転移! スケバン令嬢の筋通し

The Sukeban Lady Adventure
光陽亭 暁ユウ
光陽亭 暁ユウ

間奏の物語 その6 心からのプレゼント

公開日時: 2021年4月4日(日) 12:01
文字数:3,436

「……ん? 有栖ちゃん、どうしたの?」

「あー……ちょっと忘れ物したみたいですわ、先に宿に戻ってくれ」

「ん、オッケー気を付けてね」


 プシュケー到着の少し前……新しい旅装束を購入した際に、有栖は一度店へと戻っていった。

 表向き忘れ物と言っているが……実際はそうではない。

 では何をしに店へ戻ったのか、それは……。


(気になってたんだよな、この棚……)


 実を言うと、衣料品店にある一つの棚……装飾品の棚が気になっていたのだ。

 といっても、自分用に買いたいわけではない、むしろ目的はプレゼント用。

 この世界からもうすぐ元の世界に帰る事になるのであれば、何か思い出の証しを残したいと考えていたのだ。

 ついでに……帰る前に渡したらカッコいいだろうなという若干の下心もある。

 さて、このプレゼントが誰に向けてのものかは言うまでもあるまい。

 そんなわけでわざわざ忘れ物の嘘をついてまで一人になりやって来たわけだが……。

 実のところ、真白は忘れ物が嘘だと言うことに気付いていたりする。

 本当に忘れ物をしたなら有栖はもっと慌てる、と分かっているのだ。

 ただプレゼントを買いたいという目的までは察していないので、今頃「よっぽど気になる商品があったんだなあ、でも何がそこまで恥ずかしいんだろ」などと呑気に考えているのだが。

 閑話休題それはさておき、有栖はじっくりと商品棚を眺めていく。

 正直……真白は何を選んでも喜んでくれるだろう。

 だが愛しい女に送る物だ、ならばどうせ喜ぶのだから何でも良いではダメだ。

 何を送るかはしっかりと考え、じっくりと選ぶ必要がある。


(……色々有るな、指輪にブレスレットに……この値札、PEND……ペンダントか、綴りが簡単で助かった……それはさておき、こいつはもう売れてるんだな、まだ値札を下げてないって事はついさっき誰か買ってったのか)


 ……いざ贈り物をするとなると、どうも目移りを繰り返して迷ってしまう。

 こういう時は一つ一つ潰して消去法で選ぶのが一番だ。

 まず指輪……急に指輪を贈るのは流石に気が引ける。

 真白は絶対に喜ぶだろう、それは断言してもいい。

 だがこういうのは、いつか大人になってからちゃんと贈りたいのだ。

 なのでボツ、絶対にボツ。

 では……ブレスレットはどうだろうか?

 ブレスレット、もしくはアンクレット……こういうものを買う場合、まあ指輪もそうなのだが問題はサイズだ。

 見るだけで真白に合うサイズなのかを見抜く自信は有る。

 自信は有るのだが……。

 正直、一目でサイズを見抜くのは……。

 自分自身、若干気持ちが悪い気がしてしまう。

 なので、自分を気味悪がらないためにもここはボツだろうか。

 では結局何にしようか……そう考えていると、有栖は一つのシルバーアクセサリーに気付いた。


(……あれは……蛇の形をした、ピアス?)


 形状からして、耳たぶから耳輪じりんまでを覆う形だろうか?

 天へと昇ろうとする蛇、遥か高みを目指す蛇……。

 そんな形のピアスに、目の部分は紅い宝石がはめられている。

 自分が好きな特撮の登場人物を思い出すな……などと考えつつ、有栖はそのピアスを手に取った。

 光に誰よりも強く憧れ、光に手を伸ばし、しかし光にはなれなかった男。

 闇の淵を歩けど闇に浸りきることも出来ず、光と闇の狭間を歩く道を選んだ欠けた月。

 そんな剣士の男がとある特撮にいるのだ。

 どれだけ悪ぶっても自分の中にある一筋の善意を捨てきれず、その衝動に突き動かされる事もある姿、そして喪失の痛みを知る姿……。

 かつてそれを認めていなかった頃の行いはさておいて、光にも闇にもなれない自分を認めてからは、己だけが歩める己の道を歩み、己なりの為すべき事を為していった誇り高きアウトロー。

 有栖はそんな彼に、少しの憧れと羨望を抱いてきた。

 自分も彼のように、自分なりの輝き方を見つけたいと。

 あのヒーローのように輝くことは出来ずとも、何か……。

 ……ヒーローのように輝けない力を知ったからこそ、尚のこと彼のような生き方に憧れるのかもしれない。

 そんなことを考えていると、後ろから肩を叩かれる。

 ……振り返るとそこには店員がいた。


「お客さん、買うのかね?」

「へ……? あ、えっと……」

「触ったら買えって書いてあるだろう? 今日は注意書きを読まない子が多いな……」


 店員は憮然とした態度で、値札の脇にある注意書きを指さす。

 Touch it, buy it.触ったら買え……。

 有栖は自分がちゃんと言語学を勉強してこなかったことを内心後悔した。

 だが起きてしまったことはもう仕方があるまい……。

 完全に自分の趣味でしかないものをプレゼントするのは若干どうかと思うが……。

 南無三、ままよ、後は野となれ山となれ、と言ったところだ。

 こうなればもう流れに身を任せるしかあるまい、今の自分は流水、柔拳、川魚。

 兎にも角にも運命に身を委ねる存在だ。

 幸い真白はピアス穴を空けているので着けられません、なんて事にはまずなるまい。

 ……真白なら、もしピアス穴がなくともその場で開きそうなのが怖いが。

 何はともあれ、真白ならば受け入れてくれるはずと信じながら有栖はお金を出すのだった。



 ……そんな一幕から十数分程前……。


(さあて……有栖ちゃんが着替えてる間に……せっかくだしプレゼントでも探そうかな、何か形に残る思い出の証しがほしいし、帰るその時に渡すのもロマンチックだしねえ)


 更衣室で有栖が装備を変えている間、真白は同じ棚をじっと見ていた。

 一つ一つの装飾品を確認していく姿は、これだけなら何の変哲も無い美少女。

 まさしく黙っていれば美人という奴だろう。

 喋れば凶悪、笑えば悪魔、イチャつく姿は百合の花……そんな風に評されることも有る女とは思えない。


(えーと、指輪にブレスレットに、ピアス……おっ、このピアス有栖ちゃんが好きそうなデザインだなあ)


 棚に有る商品を一つ一つ眺め、確認していく真白……。

 そんな中、真白は一つの商品を見て目を細めた。

 蒼く輝く美しい宝石……それが贅沢に使われたペンダントだ。

 その輝きは有栖の力にも似ていて、真白は思わず笑顔になってしまう。

 愛しい人の愛しい輝き……それに近い光というのは良いものだ。


「……綺麗だなあ、ほんとに綺麗な宝石だ」


 思わず手に取り、うっとりと眺める真白。

 その肩が突如叩かれる。

 有栖がもう出てきてしまったのかと考えるが……この手は有栖ではなさそうだ、いつものバイク胼胝たこの感触がない。

 代わりに感じるのは恐らく研磨中に出来たのであろう傷の感触……ならばこの手は職人の物だ。


「お客さん、買うのかね?」

「ん……? あ、ほんとだ、触ったら買えって書いてある、うん……まあ気に入ってるし良いか、じゃあ買います」


 実のところ……真白が語学で赤点を取っているのはわざとである。

 有栖と一緒にいる時間を増やすために、わざと彼女の苦手教科で赤点を取っているのだ。

 そうすることで、並んで補習を受けることが出来るという寸法。

 勿論これは有栖には内緒の話なのだが……。


「お客さん運が良いな、これはブルースフィアって言われる宝石で持ち主の魔力を高めるんだ、これが最後の一つだよ」

「へえ……不思議な宝石なんですね、そういうの旅に役立ちそうだなあ」


 真白は、もしも元の世界でこのようなことを言われたならば笑いながら迷信乙と切って捨てるタイプだ。

 だが同時に、こういう世界であれば神秘的な効果を持つ宝石というのも存在し得ようと考えている。

 勿論この世界にだって、ただの迷信でそう言われているだけというものはいくらでもあるはずだが……。

 それでも、盲信しなければ多少信じるくらい悪いものではないはずだ。

 世の中にはプラシーボ効果なんて物もあるくらいだし、イマジネーションが大きく関わる魔術においてプラシーボ効果は悪くないだろう。

 勿論、有栖の持つ力が魔術なのかどうかはまだ分かっていない。

 ミラに聞いてみても「判断材料が少ないのです」と言葉を濁すばかりだ。

 だが、逆説的にいうならそれは魔術かもしれないという可能性が残っているということ。

 なので、この石の力が制御の一助になるかもと伝えることで偽薬効果を生み、多少なり安定化を図れるかもしれない。

 ようは、魔術かどうか確定していない状況で「魔術かも」と伝える。

 そしてペンダントに魔力を高める効果があることを伝え、それにより「高まった魔力で上手く制御できるかも」と考えさせるプロセスだ。

 そんな算段を考えながら、真白は会計を済ませてペンダントをこっそりと鞄にしまう。

 そして有栖が出てきたところに振り返ると、何食わぬ顔で笑みを向けるのだった。

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