「はあぁー、おにぎりうまっ! 鮭も梅も鶏肉もー! んー、ふぁまらなふぃ!」
「よく食べるなあ……アンタ、てか食いながら喋んなってーの」
「真白の大好物ですものね、おにぎりは」
道を歩き続けること数時間、日も暮れ始め時節は夕暮れ時……。
完全に日が沈めば街路は真っ暗闇となり、たいまつ片手に衛兵が見回りを行うものの……野盗が出回る時間だ。
そんな時間が来るより前に宿に泊まろうということで合意した一行は、話に出ていた穀倉地帯リーゾ村の宿を訪れていた。
チェックインを済ませ、宿の食堂で食事をする一同……。
食事内容は勿論このリーゾ村穀倉地帯の名産物、米による料理だ。
「最近は米狙いの密輸組織が襲撃に来ることもあると聞いてますけど、結構平和なんですね」
「ああ……オレが接触を図った組織だな、珍しいモンか価値の有るモンを用意すれば門を開くらしいけど……そのお眼鏡にかなう価値あるものが結局盗賊したがるような一般人崩れには分かんねえから、分かりやすく価値の有る食料に手を付けるんだよ」
「むぐむぐ……ゴクッ、如何にもなバカってわけだねえ」
唇を親指で拭い、合掌をする真白。
彼女は腹をパンパン叩くと満足げな笑みを浮かべた。
もしこの場に爪楊枝が有れば、すぐにでも歯間掃除を始めそうなくらい……なんといえばいいのだろうか……。
「……おっさん臭いですわよ」
「な、おっさんくせえ」
「えー、酷くない? 好きなもの食べたら皆こうなるって」
口をすぼめてぶーたれる真白、そんな彼女に有栖が「はいはい」と返す。
そんな彼女も既に食事は終えたようで、手元の皿には米粒一つ残っていない。
米粒がまばらに残っているオノスや、米食になれていない様子で皿にこぼしては再度すくってを繰り返すシャハルとは対照的な、まさしく日本人といった食べっぷりだろう。
ちなみにそれぞれのメニューは、有栖が鶏ムネ定食、真白がおにぎり三種セット、オノスが豚肉定食で、シャハルがお新香と牛丼の定食だ。
「しかし、付け合わせの味噌汁に漬物までついてますのね……」
「ますます日本食、って感じだよねえ」
やはりここには日本人がいたのだろうか、そう考えながら周囲を見る有栖。
その時……ふと、ボロボロの本が目に入った。
綺麗な店内には不釣り合いの古びた本……その表紙には、明らかにアルファベットとは異なる言葉が書かれている。
そう……日本語だ。
肥田帆の日記……そう書かれている、極々普通の日記帳だろうか?
何故こんな本がカウンターに置かれているのだろう、そう考えていると店員が有栖の視線に気付いたのか近寄ってくる。
「あ、お客様も解読チャレンジに挑戦しますか?」
「解読チャレンジ?」
「ああ、デネボラ様から聞いたことが有ります、確か未知の言語で書かれた謎の書物を拾って、皆で紐解こうという挑戦を百年単位で続けてる宿屋が有るとか」
「百年単位……!? それ、マジですの!?」
百年単位、そう言うがあの日記帳はどう見ても最近のデザインだ。
つい先日、文房具屋で見たことが有る……確実に間違いない。
それが百年前……そう言われて混乱してしまう。
そんな有栖の手に、店員が日記帳を差し出した。
「どうぞ、お客様も是非!」
「え、ええ……どうも」
最初のページをめくる有栖、そこには可愛らしい文字で日記を買った旨が書かれていた。
日記を購入し、これから毎日付けていくと……365日の記録を刻むという意気込みだ。
購入日は……2020年5月10日。
「2020年……!? 5月……!?」
「……同じだねえ、私達の時代と」
そう、真白の呟きの通り……自分達の時代もまた、2020年、転移した月は8月……。
なら何故この日記帳は百年前からここに有る?
後ろに書かれた住所は、愛知県愛知郡東郷町和合と書かれている。
しかし、その辺りで神隠しが起きたなどという話は聞いたことがない。
そんな事件があれば……神隠しを気にかけている有栖の耳に入らないわけがないのだ。
ならば、この住所は……この日付は一体何だというのか。
気になりつつもなんとか読み進めていく……。
日記帳自体はごく普通の物だ、ボールペンで書かれたシンプルなもの……。
学校でこんな事があった、あんな事があった……そんなことばかりだ。
だが……。
「……2020年、7月10日……別世界に飛ばされた……」
「なるほどねえ……ここでこっちに来たのか」
「帰りたい、戻りたい、誰か家に帰して、か……なんてえ話ですの……」
そこからのページは、また米が食べたいなどといった内容ばかりだった。
だが、そんな中……文章の様子が突如変わる。
切羽詰まった様子の内容になってきたのだ。
「助けて、人が人を食べる、嫌だ、怖い……!?」
「これって、百年前にあったっていう……」
「ですわよね……この子は、それを見た?」
ボールペンの文字は段々かすれていく、恐らくインク切れが起きたのだろう。
□が何をした、なんで□が食べられないといけない?
やめろ、やめてくれ、もう帰りたい、元いた□□□□に戻してくれ。
□る□□なんて□□にも□□のか。
といった具合に、ところどころ歯抜けが起きている。
そんな中、最後のページは……。
「……! こ、こいつは……!」
「赤い……血で書かれてるねえ、死に際にやった最後の手段かな?」
「次に来る者へ、世界を疑え……?」
「んだよ、どうしたんだ? さっきから二人で深刻な顔してブツブツ……知恵熱でも出たのかよ?」
呟く有栖、その隣からオノスが覗き込む。
その瞬間、有栖の背筋が凍った。
こんな内容を見た直後に後ろに来られてはそうなるだろう。
そこからは咄嗟だった。
「寄るなっっ!!!」
「うおわ!?」
つい、オノスを突き飛ばしてしまう。
まずいと思ったときにはもう遅い。
オノスは尻餅をつき、痛そうにしている。
だがこれだけで済んだのは幸運だっただろう、もしイスを巻き込んで倒れたり頭を机にぶつければ、最悪死んでいた。
「あ、わ、わりいですわね……ちょっと、パニックを起こしちまいましたの……」
「ってえ……なんなんだよ、ったくよお……なんか読み解けたのか?」
「……違うよ、血文字が怖くてパニクっただけ」
「は? お前らみてえな不良がんなわけ……」
んなわけないだろ、そう言おうとするが真白が放つ無言の圧力にオノスは黙り込む。
その間、シャハルは何も出来ず震えていた。
そんな彼らの元へ店員がやって来る。
「あ、あのお客様……他の方にご迷惑となりますので、喧嘩はおやめ頂けると……」
「ええ……すいませんでしたわね……」
息を吐き、席を立つ有栖。
その後ろに真白も続く。
そして……二人は宿の外に出るべく歩き始めた。
「おい、どこ行くんだよ、もう外は夜だろ?」
「少し頭を冷やしてきますわ」
「うん、そうしよう有栖ちゃん」
「……なんだよあいつらは」
「さあ……」
困惑する二人を置いて、有栖と真白は日記を返して宿を出る。
そして牛糞臭い厩舎のバイクに歩み寄ると両手をバンと叩きつけた。
何もかもが分からない、そんな気持ちで一杯の様子だ。
何故同じ時代の人間が百年前にいるのか、何故消えたはずなのに元の世界で話題になっていないのか、日記の主は何を見たのか、何故世界を疑えと書いたのか。
次に来る者、それは恐らく自分達のような転移者だ。
しかし世界を疑えとは何なのか?
何故世界を疑わなくてはいけないのか理解できないが、あの日記の主は死の際に立たされて必死で日記を書いたはず、その証拠が血文字だ。
何があったのか、何故死にかけたのか……。
何一つ理解できなくて頭がイライラする。
そんな中、真白が抱きつきながら耳元で囁いた。
「ねえ……どうする、このまま逃げちゃう……?」
「……!」
恩はまだ返しきっていない、それに何も言わずに逃げるなんて不義理だ。
だがもし、この世界は大きな秘密を隠していて死の危機が間近にあるとしたら、シャハル達は自分を騙しているとしたら……?
その場合は、命を守ることを最優先し逃げる権利がある。
そこまで考え、キーに手が伸びそうになるが……。
しかし真白は、首を左右に振った。
「……もしアイツらがアタイらを殺そうって腹づもりなら、ずっとチャンスはあったろ……今はまだいい」
「オッケー、でも警戒は怠らない……いざとなったらもう喧嘩じゃない、ケジメでもない……アイツらでも殺すから」
「……」
真白の冷たい声に、有栖は息を呑む。
真白は笑いながら人を殺していそうとすら言われる女だが、殺人経験は無い。
だが……未遂までいったことは有るのだ。
だから分かる、真白は……やると言ったらやりかねない……いや、確実にやる女。
もしかしたら、彼らの命を守るためには彼らから離れるべきなのかもしれない。
そんな葛藤を抱きながら、有栖は宿に戻っていく。
その頭上から冷たい雨が降り始めていた。
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