これは、旅の道すがらどこかの街で有ったかもしれないし無かったかもしれない、どちらかというと無かった率の方が高かろうお話……。
その夜、ステラは寝付けずに暇だった。
暇は良くない、暇とは時間の無駄遣い……実に不自由なものだ。
不自由、分かるだろうか、ノットフリーダム……それは悪、ダーク。
ステラは自由が好きなのだ、フリーダム、リバティー、スヴァボーダ。
それらを心から愛しているのだ。
(うーん、寝れないなら何かぶっ飛んだことをしたいなあ……!)
企みながら、ステラは宿の部屋をこっそり抜け出す。
とはいえ今回はデネボラによる潤沢な資金だって有るのだ、それにより一部を除いて個室泊まりなのでこっそりする意味など何も無いのだが。
それはそれこれはこれ、ノリと気分と勢いと塩味を少々というやつである。
そんなことを考えていると……用足しから戻ってきた真白と鉢合わせた。
「あれ、ステラちゃんじゃん、どうしたの?」
「あっ、マシロさん、寝付けなかったんです! それでどうしても暇で暇で!」
「ふうん……というか夜なんだから声は抑えなって」
「はい! 静かにします!」
声を抑えるように言われ、勢いを保ったまま声を小さくするステラ。
具体的に言うと、ちゃんと喉から声を出さずに、吐息で音を出しているような状態だ。
真白は内心で本当に分かっているのか怪しいなこいつと考えるが、まあ仕方が無いだろう。
動くのをやめれば死ぬ一部の魚のようなものだと思えばいいのだ……そうしようと心に決めた。
「寝れないんなら……軽く運動でもしてみたら? 程よく疲れると寝れると思うよ」
「運動ですか!? 踊りますか!?」
「踊りは床に音を立てるからダメ、んー……柔軟体操とかかなあ?」
家では夜に帰宅すると、母が寝る前の柔軟体操をしていた……そんなことを思い出す。
親は嫌いだが柔軟体操の有用性は理解しているつもりだ。
そんな真白から、関節を動かすタイプの静かな運動だと説明されステラは目を輝かせる。
「私、間接凄く柔らかいんですよ!」
「おー……! 流石ダンサー、確かにこれは中々……」
直立状態から直接ブリッジに移行する動き。
俗に言う立ちブリッジを見せるステラに興奮する真白。
確かにこれは、体幹と筋力と柔軟性が全て備わっていないと出来ないことだろう。
真白は思わず拍手をしながら見入っていた。
そんな音を聞きつけて、真白達の部屋から有栖が出てくる……。
「もう、うっせえですわよさっきから……寝てたのに、ふわあ……目が覚め……た……?」
「あっ、ごめんね有栖ちゃん!」
ここで、有栖視点から見える風景を紹介しよう。
宿屋の廊下は床に置かれたランタンによる微弱な明かりだけで照らされている。
そんな中、有栖から見たステラはというと……。
上下逆さの状態となった顔を下から照らされているのだ。
寝起きの頭でこんな存在を正しく認識などできようか、いやできない。
有栖は口をわなわなと震わせて……宿の入り口へ脱兎の如く走り出した。
「ぎゃああああああ!!!! 邪神! 邪神の類があああああ!!! 石化光線で石にされる!!!」
「えっ、有栖さん!? 邪神じゃありませんよ! 可愛いステラです、もっとよく見て下さい!」
「その手には乗らねえぞ邪神っ!!! 触手でなぶるんだろ!!!」
パニックを起こしたまま宿の外へ走る有栖。
そんな彼女をステラが追い掛けていく……。
ブリッジ状態のまま、四足歩行で全力ダッシュしながら。
……これはなんの悪夢なのだろうか。
昔、73年に放映されたというアメリカのホラー映画を見たことがあるのだが……。
それを語ると必ず話題に出る有名なシーン思い出す光景だ、真白はそう考えながら二人を追う。
兎にも角にも止めなくては大騒ぎになるのは間違いない。
しかしどう止めるべきか……宿の周囲を走り回る二人を見ながらそう考えていると、突如ステラが両腕から宙に吊り上げられた。
……よく見ると月光に照らされて糸が少し見えている……。
ステビアが自室の外壁からステラを釣り上げたのだ。
「よしっ、愚妹一本釣り! もう……うるさいと思ったら、あなたはこの時間に何をしているの?」
「あっ、姉さん! 何やら誤解があったので汚名をそそごうとしていたのですが!」
「愚妹の汚名は気にならないんだ……」
馬鹿扱いは自覚があるので気にならないのか、多腕の一つで締め上げられながら平然と会話するステラ……。
そんな二人を呆れ気味に眺めながら、真白は有栖を探す……。
どうやら有栖は、草むらにぶっ倒れて気絶しているようだ。
うわごとで「が、ガタノ……が……アトラク・ナクアに……邪神大戦争だ……滅ぶ……」などと呟いている。
有栖の居る位置から見るステビアは確かに月光に照らされて中々にホラーチックだが……だからといって蜘蛛の邪神として扱うのはあんまりだろう。
やれやれと苦笑しながら、真白は有栖を担いで部屋へ戻る。
何はともあれ、明日になれば全ては夢となっているだろう。
そう考えながら、真白はとっとと寝ようとあくびをするのだった。
……翌朝。
「ふああ……なんかアタシ、昨日ヤバい夢見たわ……むっちゃ寝覚めわりい」
「ヤバい夢ねえ……ま、夢ならちゃちゃっと忘れるといいよ」
「おう……ん? なんで震えてんだよ」
「いや、なんでも……なんでもないよ」
笑いを堪えながら有栖と話す真白。
一部始終を知っている身として話すべきかどうか迷うのだ。
そんな事を考えていると……ふと、廊下からオノスの声が聞こえてきた。
「だから店長さん、マジで居たんだよ上下逆さの怪物が! 夜の散歩してたら女を追っかけ回してたんだって! けど、急にそれが空に浮かんでさ! 宿の壁に張り付いたデカい何かと融合したんだよ! ありゃヤバかった……オレの家じゃ神は良いもんだけじゃなくて悪いのも居るって聞いたけど、あれはまさしく邪神の類だったって、他の人も見たらしいし、お祓いした方が良いと思うぜ!」
熱弁する声……それを聞いた有栖は昨日何を見たか思い出す。
そしてそのまま、ベッドに倒れ込んでしまった。
完全に目を閉じ、意識を飛ばしてしまっている……。
その姿を見ながら……とりあえず今は二度寝ということでそっとしておいて、起きたらちゃんと説明してあげようと真白は考えるのだった。
「うーん、どうやら私の行動がフリーダムなレジェンドを生んでしまったようですね……! 自由こそジャスティスなんて気持ちで居ればいずれこうなるデスティニーだったようです……!」
「……とりあえず、ちゃんと宿屋へ説明するのよ?」
「邪神の出た宿屋か……これは集客に使えるな、邪神まんじゅう邪神せんべい、邪神縫いぐるみも作るか……」
「あっ、必要なさそうだった」
商魂たくましいと言えば聞こえは良いが、がめついとも言える……。
そんな店長を見ながら、ステビアは自分よりも呑気なのではとあきれかえる。
こうして……とある街の宿屋には、上下逆さの邪神伝説が残るのだった……。
巻末(?)オマケ
シャルパンティエ式フリーダム体操
まず、運動の前にはしっかりと柔軟体操を行って体をほぐしましょう。
ほぐし終えたら本番開始です。
最初に両腕を大きく挙げて、今ここにある自由を感謝するポーズ。
次にそのまま上体を後ろへと反らし、手を地面に付けてブリッジ状態となります。
その状態で気が済むまで延々と走った後は逆に下腿を大きく挙げて逆立ちに移行。
逆立ちの状態で気が済むまで歩いたら頭を地面に付けて、グルグルと回転し始めます。
気が済むまでブレイクダンスを繰り返したら最初に戻る。
これを気が済むまで繰り返しましょう。
なお、シャルパンティエ家の人間は特殊な訓練を受けています。
一般の方がこの体操を行い関節痛、頭部挫傷、首骨折、回転しすぎによる嘔吐、血液が頭に集中してしまうなどのトラブルが起きたとしても、シャルパンティエ家一同は責任を取れないことをご了承ください。
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