ふと思うときがある、一年後の自分は何をしているのかな、と。
もちろんその時が来るまで何がどうなっているかなんて分からないが、それでも思うくらいはタダだろう。
だから思い浮かべることがある、どんな未来が待っているのか……。
「んー、お店屋さんとか?」
「店屋ね……あんまりピンとこないかな」
親友と肩を並べ、同じ星を見上げながら……沢山のことを話した。
一年経って職を探すとしたらどんなことをしてみたいのか、何なら自分に合っていると感じるか、何をすれば親への恩を返せるのだろうかと……。
それでもやりたいことも夢もまだまだ沢山有って、抱えきれないほどの願いが両手にあふれかえっていて……。
それを取りこぼしそうになる度に、話し合うことでより確固たる物に変えていくという普通の日常。
だが、そんなごく普通で穏やかな日々は長く続かなかった。
……ある日の夜……彼女達にとってごく普通だったはずの夜。
その日、少女達は外から聞こえてくる物音で目を覚ました。
「……? 何の音、これ……衛兵隊長さんの声……?」
「ねえ、どうしたの?」
「分からない、なんか外が騒がしくて……雷の音もした……なんだろう」
平和なはずの街、なんてことない筈の1日。
その夜を引き裂くかのように聞こえてくる物音。
その事に少女達は戸惑い、外に出るかも迷っていた。
夜の街は危険だから外に出てはいけないよ、と親によく言い聞かされていたからだ。
それでも外の物音は不安の塊、故に少女達は意を決して窓を開いた。
そして……。
蒼い光が街を包むのが見えた、そこから少し遅れて開く黒い穴、吹き荒れる虚無の嵐。
……先ほどまで少女だったはずの肉塊達は、四肢を悉く引き裂かれて血も骨も全てが黒い穴の中へ消え去った。
親の罪業も、己達が親の行いによる巻き添えを食らったことも知らぬまま……。
一年後の未来を語り合った少女達は未来無き存在へと変わり果てていった……。
「……夢?」
その夜、愛知の我が家にて。
有栖は汗に濡れた服が肌に張り付く嫌な感覚で目を覚ました。
……まだ朝には程遠い時間だ、傍らの真白はすやすやと健やかな寝息を立てている。
「……ブリガンの街を消した時の夢なんて、なんで今更……」
味覚、痛覚、温感冷感、それらを喪失した今でも健在な触覚が張り付く服の嫌な感触を告げている。
冷たくなくとも、このべっとりと張り付く感触はさながら誰かにしがみつかれているかのような不快感を与えてくるのだ。
有栖はそれが嫌で、一旦寝間着を脱ぐと大きく息を吐いた。
「……あれは夢だ、現実じゃない……未来を語り合っていた子供があそこにいたとは限らない……」
己に言い聞かせながら、有栖は胸を掴む。
先ほどは……何を今更と言ったが、本当は何故夢を見たか分かっている。
ここのところ、己が業と向き合い……自分がこの場所に居て良いのかと考えているからだ。
自分に安穏と平和を楽しむ権利など本当に有るのかと、自分はここに居てはいけないのではないかと。
そう悩む度に心の中から叫びが聞こえてくるのだ、知りもしない者達の存在しない叫び声が。
夢を語り合う二人の少女などあの街に居たのかは知らない。
だが、あの街で子供を見た覚えはある。
子供が親達の罪を知らなかったのかは定かではない。
だが、有栖の力は罪の有無も定かではない子供達を呑み込んで殺した。
一人残らず、跡形もなく、全てまとめて。
腹の中に重くのしかかる罪の感触に有栖は歯ぎしりをしながら、まだ健在である左目を細める。
この目がもし代償だとすれば、それは甘い代償だ。
命を奪われ未来を奪われた者達と比べて、運命とはなんと優しいことだろう。
真白を傷つけられた怒りが有ったとはいえ、有栖はそれだけのことをしたのだ。
それだけの罪を犯し、背負った。
「……こんなこと、一年前には想像もしなかったな……」
一年前の今日、自分が何を考えていたかなんてもう思い出せない。
今日から一年経てば、こうして苦悩していたことも忘れていくのだろうか?
……恐ろしいのは、これから罪を背負い続けることではないのかもしれない。
本当に恐ろしいのは、罪を忘れていくこと……やがて、風化して消えていくこと……。
そう、少しだけ感じた。
「……一年後、か……その時もアタシは自分の罪を考えているかな、それとも……その時には痛みも苦しみも忘れているのかな……」
未来のことなど何も分からない。
だからこそ夢と同時に不安もある。
不確定要素の先からそのまた先に、望まぬ未来が待つのではないかという不安が。
……それでも一つ言えるのは……。
確定要素は逆に不安を消してくれるという事だ。
一年後も確実な存在と言えば……一つしかないだろう。
「……どんな時でも、真白はずっと傍にいてくれる……今は、それだけがこの不安を掻き消してくれる」
真白は今や不死者……イモータルだ、有栖により死を奪われて永遠に死ぬことも傷付くこともない存在となった。
そんな真白だけが、唯一無二の「一年後も有栖の傍らにいてくれる」と明言できる存在……。
真白ならば、どんな選択をしようとも一緒にいてくれる、この世界に残ろうとも……別の選択肢を選ぼうとも……。
「……そうだよな、真白……」
眠る真白の頬に口づけをし、有栖は問いかける。
不確かばかりのこの世界で、唯一の確実。
死に近付く現象である老化すらなくなった、文字通り無尽にして永遠の存在……。
それがたまらなく愛しくて、有栖は真白の頬を撫でながら優しく笑った。
「……一年後、アタシは何をしているのだろう、何を考えながらどこに居るのだろう、ただ……どんな形を選んだとしても……傍らに真白が居てくれることだけは確かだ」
目は潰れ、手足は片方ずつ異形となり、感覚もどんどん潰えてきて……自分は絶え間なく変化していく不確実性の塊だ。
だが真白は不変の存在であり、きっといつだって自分を思ってくれる。
自分は果報者だ、良い恋人に恵まれた……。
願わくば、一年先だけではなくて二年先も三年先も、ずっと傍らに在り続けたい。
その為には……自分もまたそれ相応の、傍らに在るに相応しい鹿野山有栖にならなくてはいけないだろう。
人生は自己革命の連続だ。
己という狭い世界の中で何度も何度も革命が起き、その精神も在り方も能力も変化していく。
これまで生きてきた16年、自分は絶えず変化してきた。
これからもその変かを怠ることなく続け、より良い自分になっていかなくては。
精神的向上心……俗に言う克己心を抱くことにより人は進んでいけるのだから。
「……逆に言えば克己心を抱けなければ人は成長をやめ、その場に取り残されてしまう……怖い話だよな」
もちろん、そんな事になどなるつもりはない。
真白に置いていかれるのも置いていくのもごめんだ、どこまでも二人三脚で進んでいくのが一番良いに決まっている。
その為にも、傍らでずっと一緒に努力をし続けよう。
いつまでも、どこまでも、片時も離れることなく……。
そんな事を考えていると、段々と眠気が戻ってきた。
悪夢にうなされて流した脂汗も渇き、手に取った寝間着からは嫌な張り付きはなくなってきている。
再度寝間着を身に纏うと、有栖は大きく息を吸った。
……沢山の命を奪ったこと、大きな業、未来を消したこと……それは忘れない。
忘れず背負いながら、せめて彼らの命を無駄にしないよう……糧として成長していこう。
彼らの得られなかった一年後に、成長した自分として胸を張って立つことが出来るように。
愛する人の傍らで日々歩んでいこう、肩を並べて手を取り合いながら……。
(……一年後のアタシ、きっとこの日を思い出すときが来たら……笑って思い出せるよな? 真白と笑い話みたいに話し合って、そして……)
思考が眠気で虚ろになっていく……。
そう感じながら、有栖は目を閉じて寝息を立て始めた。
今は静かに眠ろう、一年後へ続いていく今日のために……。
そう、全てはより良い成長をした一年後を迎えるために……。
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