さて、助っ人としてやってきた女、戸西朧……急ぎ足で進んでいく彼女に有栖達はついていくが……正直かなり足が速く、ついていくだけで精一杯だ。
とっとと帰りたいという気持ちは伝わってくるが、正直周りへの配慮が足りないだろう。
そう感じながら、有栖は肩を怒らせた。
「ちょっと、早足すぎませんこと!? もう少し周りを気遣えって話でしてよ!」
「……ふう、あなた達って足遅いんですね」
「いやいや、そっちが早すぎるんだと思うよ」
立ち止まる朧に、真白が肩をすくめる。
その様子を見ながら……朧がため息をつく。
そして、しょうがないなあと言わんばかりに有栖と真白を小脇に抱えるとそのまま歩き出した。
細めのナリからは想像も出来ない力だ。
「ちょ、ちょっと! 何しやがんですの!?」
「おー、楽ちん楽ちん」
「もうこれが一番手っ取り早いと思うんで、これでいいでしょ……」
二人を小脇に抱えたまま、通路を進んでいく朧。
その前に恐らく先ほどの盗賊の中まであろう男達が現れるが……次の瞬間、彼女の蹴りが炸裂し男達の一人を伸してしまった。
一瞬の出来事に声を上げることすら出来ないもう一人の男、そんな彼に向けて朧の頭突きが炸裂する。
結果、激しい一撃で頭を揺さぶられた男は昏倒……伸し盗賊二人前の出来上がりだ。
「早い……! なんて腕だ!」
「ま、軍人やってんでこの程度はね……盗賊の雑兵なんてチョロいもんですよ」
ふふんと胸を張り、悠々と奥へ進む朧。
中間管理職だという彼女がこのレベルなら、その上はいったいどのくらい強いのだろうか?
正直興味はある……もし転移を行ったと思われる人物……窮奇のもとへ向かえば、それを知る事も出来るのかもしれない。
もっともそれは荷物を取り戻し、デネボラへの恩義を返してからだ。
「よし……あそこ、首領の部屋ってわざわざ表札を付けてますね」
「ほんとだ、通路は結構長かったけど人員はいなかったね、留守なのか元々少数なのか……」
「まあ、いずれにせよ首領が逮捕されればならず者の集まりなど烏合の衆、シャバ僧共は霧散して終わりですわね、とっと荷物を取り返しちまうとしましょう」
考察する真白と、提案する有栖……。
小脇に抱えられていなければ様になるのだが、小脇に抱えられていると中々にシュールだ。
朧はそんなことを考えながら、ここが終着点ならと二人を降ろしてドアを蹴破る。
そして中に入り込むが……奥にいる盗賊長と思しき男へとすぐに襲いかかりはしなかった。
むしろ、呆然と立ち尽くしている……。
彼女が入り口でそんな状態になれば、いったい何が起きているのか後ろにいる有栖達には分からない。
なので、何とか隙間から部屋の中に入り込んだ。
「はー、狭い……! 隙間通るなんてどんだけぶりだろ、ポリから逃げるときによく通ったよね、狭いとこ通れるのって若さの特権だわ」
「ふう……ですわね、ったく何が起きてますの……? 急にフリーズしやがって……!?」
入って真っ先に目についたのは、大きな狼が皮を剥がれた状態で縛り付けられている姿だ。
その横では、皮なめし台の前で一人の男がいきり立っている。
恐らくあの男が盗賊長なのだろうが……。
その隣の狼は、どうやらただの狼ではないらしい。
手足、乳房……ともに人間のように見える。
そう、獣人だ。
「なんだお前ら! どこから来やがった!?」
「助けて! あなた達部外者なんでしょ!? お願い!」
叫びを上げる獣人の女性。
その声を聞き、有栖はこの男が知的生命体の皮を剥いでいた事に気付いて愕然とする。
朧が硬直していたのはそのせいかと考えるが……しかし、少し様子がおかしい。
呆然としているのかと思っていた朧は、憎々しげに盗賊長を睨み付けているのだ。
その拳は力強く握りしめられている。
「貴様……何をしている……!」
「何? 決まってるだろ、こうして大量の毛皮を調達し、治癒術士に回復させ、復活した毛皮をまた調達し、売り捌く! ビジネスだ!」
治癒術士、そう言いながら指さした先には小ぶりな牢屋がある。
そこには一人の女性が繋がれていた。
ボロボロの服、傷だらけの体……白い髪はバサバサで、栄養が行き渡っていないことがよく分かる。
こんな騒ぎの中も眠る姿は快眠というより、疲れ切って起きられないのだろう。
「こ、この女の子も無理矢理働かされて! 私達を助けて、お願い!」
「分かりましたわ! このクズ野郎は、アタイらがギッタンギタンに成敗して……!?」
言い終えるよりも早く、大きな音がする。
アジトの床……石造りのそれを、朧が砕いたのだ。
そのまま、彼女の体に力が込められ……綺麗な白い肌が白い毛に覆われていく。
なめされている毛皮よりも上質な白い毛……これはどう見ても獣の毛だ。
それに呼応するかのようにして、顔貌が変化し前へ前へとマズルが伸びていく。
鼻は黒くなり、ズボンからは尻尾が飛び出て、耳は三角になって頭頂部へ移動し……更に、爪牙が伸びる。
人狼……そう真白が呟くが、変化はこれで終わりではない。
最後に大きな翼が生えたのだ、黒く大きな鳥の翼が。
確か悪魔にこんなのが存在した気がする。
そう考える真白の隣で、朧が大きく跳躍した。
「お、お前……魔物……!」
言い終わるより早く、盗賊長へと放たれる一撃。
それにより盗賊長は壁に叩きつけられた。
鼻血を出しながら、男はあっさりと昏倒する……。
だが朧の歩みは止まらない、彼女はつかつかと男に近寄っていく。
これはまずい、絶対に殺される。
真白がそう思った瞬間……有栖が間に入り込んだ。
「待て! 殺すな!」
「ちょっとちょっと……! 無茶するなあ、もう……!」
止めに入った有栖に対し、朧が金色の目で睨みながら手で退くよう促す。
言葉を発せないのか、単に発するつもりがないのかは分からないが……ジェスチャーだけだ。
だが有栖は退こうとせず、首を左右に振った。
「ダメだ! 殺すかどうかを選ぶのはここの法だ、これ以上やる権利はアタイら外様にはねえ!」
「うるさい……この男は私の同胞にここまでの無礼を行った、なら殺すのが筋だ!」
「いいや、そんなのは筋が通っちゃいねえ! 絶対に退かん!」
目と目を合わせて睨みあう二人、そのまま数秒が流れ……朧が爪を振り上げる。
そして……そのまま勢い良く振り下ろされた爪が有栖に当たる寸前、その動きを止めた。
だが有栖は目を逸らしも動きもしない、ただじっと朧を見つめている。
流れる無言の時間……それを断ち切るように、朧はまるで逆再生の如く人間形態に戻り息を吐いた。
そして……面倒くさいと言わんばかりに頬を掻いた。
「……これだから中間管理職は嫌だ」
「わりいな……でも、これがアタイの通したい筋ですの、ワガママ……付き合って貰いますわよ」
「はあ……ヒヤヒヤさせるなあもう、ほらお姉さん大丈夫?」
事態が解決したのを見て、真白は獣人の女性を解放する。
しかし……女性は怯え顔だ、真白にではない……どうやら朧に怯えているらしい。
何故怯えているのか、それは分からないが……真白にはそれが失礼に思えた。
「ちょいちょい、あの人は確かに殺そうとしたけど、それはあなたのためでしょーが、怯えるのは筋違いじゃない?」
「そういうことじゃないのよ……あの人、魔物なんでしょ? なんであなた達魔物といるの!?」
「はあ? 同胞なんじゃないの?」
「同胞なもんですか! この国と冷戦中の敵国民よ!」
怒りをむき出しにする女性、しかし牙は抜かれているようで牙を剥くことは出来ない。
その様子を哀れみながら、朧は歩み寄った。
女性は怯えて逃げようとするが……一瞬で距離を詰められる。
「ほら落ち着いて、私はただ同じ狼として放っておけなかっただけだよ、毛も爪も牙も奪われたかわいそうな同胞を……」
「お、同じなんかじゃ……同じ、なんかじゃ……」
否定しようとする女性、だが朧の瞳を見ていると不思議と心が落ち着いて抗えなくなってくる。
そのまま女性は舌を垂らして荒い息を吐いていた。
何やら朧の瞳には特殊な効果があるらしい。
「ほら、落ち着いて眠って……もう辛いことは何もない、大丈夫だから」
「あ、はい……」
催眠術だとでも言うのだろうか、女性はあっさりと寝息を立てはじめる……。
その姿に、有栖は流石ファンタジー……凄い力もあるんだなと息を吐きながら盗賊長をロープで結ぶ。
有栖もまた、便利な力に感心しているようだ。
「これでよしっと、悪いですけど私達モストロの民がここに来てるのバレちゃいけないんで、この人は連れて行きますからね」
「えっ、誘拐するの……?」
「しないと戦争が起きるんですよ、不可抗力ですね……」
「まあ……なら、仕方がないですわね……ちょっと納得いかねえですけど……」
ギギギと歯噛みをする有栖。
その耳に「総員突入!」と声が聞こえてくる。
どうやら、衛兵達がやって来たようだ。
朧にも聞こえたようで、彼女は舌打ちをする。
「あー、ったくもう! しょうがないか……本当は我が国の説明をしたいんですけど……私は逃げます! どうせ盗賊はもういないですしね、やれることはやったから助っ人もおしまいです、それじゃ!」
「え、あ、おい! お待ちなさいな!」
光の道が開かれ、中に入っていく朧。
有栖が止めようとするが、あっという間にその姿が女性共々消えてしまった。
真白は「慌ただしいなあ」と肩をすくめ呆れている……。
本当に、全くもって慌ただしい。
だが、これでようやく服も取り返せるだろう。
そう確信しながら有栖は息を吐くが……しかし彼女は気付いていなかった。
門番の盗賊も通路の盗賊もみな男だ、盗賊長だってまた男。
しかし荷物を奪い去ったのは女だったということに……。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!