「いいかげんにしろよ、テメエら! とっととオレを放せよ!」
夕方、デネボラ邸にて……。
縛られたまま盗賊の女が叫び声を上げる。
それを見ながら、有栖は肩をすくめた。
「ったく……状況分かってやがりますの?」
「うるせえよ、バーカ! ガキのくせに偉そうな口きくな!」
「大人なら大人相応の振る舞いをしろって話ですわ、いい歳して泥棒なんかしやがって、まったく……大人が聞いて呆れる、ちゃんちゃらおかしくってよ」
何故こんな状況になっているかというと……衛兵に突き出す前に、どんな理由があってこんな事をしたのか聞くという事になったわけなのだが。
どうも女性は反抗的で口を開こうとしないのだ。
このままでは埒が明かない、その状況に苛立ってきたのか、真白はマフラーに手を伸ばす。
「私、拷問なら得意だよ?」
「ひ……! ば、バカやめろ!」
「じゃあ言う? なんでこんなことしたのかとか」
真白に顔を近づけられ、女性は力強く頷く。
どうやら首を絞められたことが相当なトラウマになっているらしい。
まあそれもしょうがないだろう、首を絞められて呼吸が出来なくなり、そのまま気絶したのだ。
死ぬかと思うような経験をすれば嫌でもそうなる。
「じゃあまず名前と年齢ですわね、それと親御さんはいらっしゃいますの?」
「オレは、オノス・トレンマ……21歳、家族なんかとっくにいねーよ、ふん……!」
「トレンマ……あっ!」
トレンマという苗字を聞き、シャハルは何かに気付いた顔になる。
その様子に、オノスは「ハッ!」と笑い声を上げた。
どうやらこの近辺の人間にとっては、知っていて当然の名前らしい。
「へっ、アンタは知ってるみたいだな」
「ええ……元々貴族の監査役として色々な家とパイプを持ってたので……トレンマ家のお嬢さん、生きてたんですね」
「ねえ……トレンマ家ってなんですの? 外様の私達にも分かる説明をお願いしますわ」
「あ、はい!」
トレンマ家、その家が何故特別なのかを説明するにはこの国の暗い歴史を語る必要がある。
この国……レプレ領やプシュケーが所属している小国プルミエは元々結構な大国だった。
最初の国、という意味を持つ国名の通りこの国は元々原初に近い歴史を持つかなりの強国……。
しかしその歴史の長さと強さが慢心を生み、他国へと無軌道に戦争を仕掛けた結果返り討ち、国土はほぼ奪われ尽くし現在はかなりの小国になってしまった。
その際には戦争による疲弊、また指導者が戦死したことによる混乱などがあり、国内各地で飢餓が起きたのだ。
飢餓が起きればどうなるか、それは言わずとも分かるだろう。
人が飢え、苦しみ、そうなれば……口減らしが起きる。
それをこの国は、一部人種の捕食という形で行った。
戦争に協力しなかった人種を、お前達のせいで負けたと差別し家畜に貶めたのだ。
「うえっ、つまり……カニバリズムかあ」
「それは……なんというか、胸糞わりい歴史ですわね……」
「それからも、家畜扱いされたオレ達の人種、ペクス人は散々差別されたんだ」
「戦争による飢餓は100年前、それはもう乗り越えたのに……です」
続く差別……しかしある時、それは一つの区切りを見せるかと思われた。
ペクス人の中から、国への貢献を認められて貴族の爵位を得た者が居たのだ。
被差別階級の政治進出、これは本当に大きな一歩。
これにより、彼らへの差別も少しはマシになるかと思われたのだが……。
今から数えること十年前、その出来事は起きた。
「爵位を得たオレの家系トレンマ家は焼き討ちに遭い、オレ以外全滅だよ! その後は草や虫を食ってでも生きてきた!」
「たぶん……差別がなくなると都合の悪い人達がいたんだと思います」
「は……? 都合の悪い連中ってなんですの!? どこにそんなふざけた野郎が!?」
「どこにかは分からないけど、そういうのはいるよね……災害が起きたとき、何か悪いことがあったとき、その責任をなすりつけられる存在が必要な人って言うのは」
「じゃあなんですの!? そんなクソ雑魚野郎共が自分のために人を殺したって言いますの!?」
「恐らくは、そうでしょうね……じゃないと説明がつかないですし」
納得がいかない、といった様子で頭をかきむしる有栖。
その様子に、オノスは不思議そうな顔をしている。
自分のためにここまで怒ってくれる人など珍しいと考えているのかもしれない。
「アンタ……よくわかんねえ、なんでキレてんだよ」
「当ったりめえですわ、こんなふざけた歴史、納得がいきませんわよ!」
「……良い奴じゃん、そっちのは怖いけど……まあ、盗んで悪かった、職業斡旋所でもまともに仕事を貰えなくて気が立ってたよ……アンタらもどうせ差別主義者なんだ、じゃあ何だってしてやる、って気持ちだった」
「自分がされたから人にしていい、っていうのは短絡的だけど……まあ気持ちは分かるよ」
「ですわね……じゃあ、あとはどんな形で筋を通させるか、ですわ」
さて、こんな事情を知ってしまったからには衛兵に突き出すわけにはいかないだろう。
同情というのもあるが……ここで突き出しては無辜のペクス人まで立場が危うくなってしまうのだ。
それは大いに問題がある。
ならば別の筋の通し方はないか……そう考えている有栖。
その隣で、シャハルが手をポンと叩いた。
「そうだ、良いこと思いつきました!」
「お、何々? 人身売買して旅費の元手にでもする? 若くて綺麗だし買い手は多いかも!」
「違いますよ! そんな鬼畜じゃありません!」
「漫才してないで早く説明してくださいませんこと? そして真白オラァッ! お前はまーた話を混ぜっ返しやがりまして!」
「あだだだだだ、ギブギブギブギブ! 話逸らしてごめん! ごめんって!」
真白にチョークをかける有栖に、シャハルは苦笑する。
そして……オノスを指さすと、そのまま有栖達へと指を動かした。
まるで線を繋ぐかのような動きだ。
「アリスさん達が、オノスさんを雇えば良いんですよ! 旅仲間として!」
「は!? 私達無一文の状態ですわよ!?」
「そこは勿論、今後その服を売買して得たお金や、旅の途中に得たお金、また旅先での宿泊費食費とかを用いてその場その場で払えば良いんです」
シャハルの提案に、有栖は嫌がるのではないかとオノスを見る。
しかし意外とオノスは気にしていないようだ、むしろ乗り気かもしれない。
頭の中では既に試算が始まっているようで、時々食費に貰える金の計算がブツブツ聞こえてくる。
「まあ、オレは別にこの街には思い入れなんてないしな、アンタが旅に同行して欲しいなら同行してやるよ」
「だってさ、どうする有栖ちゃん」
「そうですわね……じゃあ良いですわよ、アンタとアタイらはこれから、同じ釜の飯を食って過ごすダチ公ですわ!」
縄を解き、がっちりと握手をする有栖とオノス。
一方真白は「喧嘩しても終わって利害が一致するならもうダチ公、羅美吊兎叛徒時代を思い出すなあ」と感慨深げにしている。
そんな彼らを見ながら、シャハルも一件落着に安堵し……。
デネボラ邸には穏やかな空気が流れていた。
服は売り損ねたが、そこはまあトラブルで売れなかったということだけ伝えて、また明日行くとしよう。
一宿一飯の恩義は一日足して二宿二飯の恩義になってしまうが、一気に返せばいい話だ。
そう考えながら、有栖は慌ただしい一日の終わりを感じて大きく伸びをするのだった。
その夜……。
灯りも消え、みな寝静まる時分。
有栖はぼんやりと天井を眺め、目を細めていた。
隣では真白も同じようにしている……。
ちなみにオノスは隣のベッドだ。
元々は有栖と真白で二つのベッドを借りていたが、もう一つ借りるのも悪いと同じベッドに入った形になる。
「なんか……不思議ですわよね」
「だね、なんか変な感じ、私達愛知を出たことすらなかったのに、今こんな知らない場所にいるんだ」
「羅美吊兎叛徒メンバーだった連中は元気してっかな……最後に会ったのは一月前か、もう少し会っときゃ良かったですわね」
ぼんやりと息を吐く有栖。
少しずつ、少しずつ眠気に瞼が落ちてくる。
こんな状態だと……普段言わないことも言ってしまいそうだ。
「アタイ、どうしても思っちゃいますの……」
「ん……? 何を?」
「……もしかしてあの人も、蒸発したんじゃなくて……アタイらみたいに、こうやって別世界に…………」
「有栖ちゃん? あらら、寝てら……今日は疲れたもんね、そんな普段触れようとしないことに自分から触れ出すくらいに……おやすみ、良い夢を……」
寝息を立てる有栖の顔を覗き込み、真白はキスをする。
そして掛け布団を胸の上までかけてあげると、自分も中に潜った。
そして静かに目を閉じ、考える……。
(ほんと……夢の中でくらい会えると良いよね、お母さんと……)
それは言うなれば、小さな祈り。
大事な相棒が……いや、自身からすればそれ以上の気持ちを抱く存在が、大事な人に会えますように……。
そんな祈りを静かに捧げる。
こうして、真白もまた静かに寝息を立て始めるのだった……。
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