人はいつも、歴史の隙間に何かを残す。
時代という長い長い歌劇の合間、間奏の一幕に……。
決して歴史に残らずとも、その一幕は確かに存在した瞬間なのだ。
これはそんな時間のお話……。
「あ、それロンね! チンイツ!」
『ロンにゃ!』
「は!? おまっ、ダマテン!?」
「ふふん、ダメだよ有栖ちゃん、能ある鷹は爪を隠す……って言うでしょ?」
かつて羅美吊兎叛徒がまだ3人だった頃……。
よく有栖、真白、玉兎は暇な時にスマホを持ち寄って、麻雀アプリでサンマをしていた。
サンマといっても魚ではない、三人で行う麻雀を俗にそう言うのだ。
かつては卓や牌がなくては麻雀ができなかったが……今やスマホさえ持ち寄ればアプリを使い無料で遊べるのだから、良い時代になったものだと感じる。
「いやあ……こういうデカいのが揃うと気持ちいいねえ、この子が言ってる台詞を借りるなら……天下無双にゃって感じ?」
「な、何が天下無双だよ! こ、こっちは阿鼻叫喚だ……!」
ちなみに真白の出した役は手牌を一種類の物だけに染める役。
真白はどうやら、今回マンズという種類の牌を揃えていたようだ。
有栖も川という捨てた牌が流れる場所の様子を見てチンイツを警戒していたのだが、まさか門前でマンズを揃えているとは思わなかったらしい。
そのため、見事なまでに鮮やかな振り込みを行ってしまった。
「だああぁぁぁっ!!! 飛んだ!」
「あらら……姉御、ご愁傷様!」
「親なんだからもっと慎重に動かないと、いやあ……賭けてなくて良かったねえ」
ちなみに、賭け麻雀ではない。
そういうのは友人同士でも違法になるので行わないのだ。
有栖達は確かに不良ではあるが、飽くまで拳を以ての解決でしか守れないもの救えないものをこぼさないため不良になった身。
なので必要外の違法行為は一切行わない、酒やたばこだってしない綺麗な身体だ。
有栖のそういうこだわりは細かく真面目……というより、真面目を通り越して堅物の域と言える。
「いやー、しかし真白さんは強いですね」
「でしょ、さっきも言ったとおり能ある鷹は爪を隠すからねえ」
能ある鷹は爪を隠す、そう言われて玉兎は真白がよく使う戦術を思い出す。
真白は基本、不意打ちを好むのだ。
時に巻き込まれた一般人のフリをしてわざと人質に取られたり……。
また別の時には、正面きって戦うと見せかけて伏兵を配備したりもした。
何故そうも不意打ちにこだわるのかと聞かれれば、彼女はいつでもこう答える。
「不意打ちが最高率だからねえ、馬鹿正直に戦って怪我をするくらいなら最高率で痛まぬ勝利をだよ、それに馬鹿正直がウリのリーダーを補助する必要もあるしね」
「ば、バカで悪かったな……」
「別に悪くないよ、そういうとこ大好きだから、あと……不意打ちって実はね、相手の反応が楽しいんだよ」
そう言いながら彼女が有栖へ不意打ち気味にキスをした時の衝撃ときたら……今も忘れられない。
玉兎の前で初めて「乙女の顔」を見せた有栖の衝撃は中々のものだった。
そりゃ不意打ちにもハマるわ、と思うくらいには……。
「隠すといえば……お前、子供の頃から隠し事が多いよな」
「んー? そうだっけ?」
「そうだよ、プレゼントだっていつも不意打ちだったしな」
最初からプレゼントを予告しているパターンなど、誕生日のような来ると分かりきっている機会だけ。
その場合も、何を送るかは当日までの秘密にしてばかりだったな……などと考える。
何を聞いても内緒とはぐらかして、それでいて当日には予想外の物を毎年くれるのだから驚きだ。
「徹底した秘密主義、そういうのって楽しいじゃん?」
「楽しいねえ……それもどこまで本当なのやら」
「楽しいっていうのは本音の本音だよ? 嘘じゃないもんね、もう一つ本音もあるってだけで」
どうやら、この頃はまだ「有栖のために本性を隠し、敵対する者には死角から牙を剥けるよう牙を磨いでいる」とは気恥ずかしくて言えなかったらしい。
そんな彼女達を、玉兎は微笑ましそうに眺めている……。
これでも年上、真白の本音くらい理解できるのだ。
(良いなあ、恋愛って……ふふっ)
玉兎は恋愛関係に恵まれなかった。
悪い男に捕まり、金目当てで無理矢理交際を迫られ……。
そのトラウマがある限り、生涯恋愛をするつもりはない。
ただ……代わりにこうして、人の恋愛を楽しもうと思っているのだ。
脇から見る恋愛というのは、それはそれで楽しいもの。
今はそう感じている。
(壁になりたい……だっけかな、うん……今ならあの気持ち、理解できる)
ネットでよく言われる、好きなカップリングを見守る壁になりたいという言い回し。
それはまさしく、今の自分が感じている気持ちと同じもの。
玉兎はオタクというわけでもないが……しかし、今やオタクの気持ちがよく分かる身となっていた。
「さて……じゃあ今日は特に困ってる人の話もないみたいですし、私はそろそろバイトに行きますね」
「おう、また遊ぼうな!」
「気を付けて行ってきてね」
二人に手を振り、玉兎は歩いて行く。
そしてスマホをしまおうとするが……着信メールがある事に気付いてその手を止めた。
落水卯月様、と書かれたメールだ。
実のところ、落雁玉兎などというまんまお菓子じゃねーかと言いたくなるような名前が本名なはずもなく、彼女の本名はこの落水卯月の方なのだ。
落雁玉兎は言うなれば、羅美吊兎叛徒のメンバーとして使うペンネームのようなもの。
彼らの内にいる時は落雁玉兎であり、外にいる時は落水卯月である……といえる。
「えーと……明後日が目の相談日か……」
呟きながら、玉兎……いや、卯月は息を吐く。
彼女は先天的に、人に見えないものが見えてしまうのだ。
はじめは幻覚かと思っていた。
だが……周りに認知されていないとある壁を認知し、実際に触れてからは自分が変な目を持っているのだ……と確信。
以来、自分の目に関して時々相談を行うようになったのだ。
(あの男に連れて行かれた弥富市……あそこで見たもの、忘れられない……)
説明のつかないものが有るのは気持ちが悪い、だから説明を付けたい。
そんな気持ちで相談を行ったのは、自己主張が出来なかった時期の彼女が持つ数少ない自己判断だった。
思えばあの頃から、胸の内に好奇心という強い感情が秘められていたのかもしれない。
そんなことを思いながら、卯月は目を細めた。
(あの日姉御に見た蒼い光、そして時々真白さんに見える紅い光、か……)
今や好奇心の対象は、有栖と真白も含まれている。
どちらかと言えば、助けられた時に目にした光として鮮烈な記憶が残っている有栖の方が印象深い為、ふと思い浮かべた際に真っ先に浮かぶのは彼女だが……。
しかし、真白の光もそれはそれで興味深い。
彼女が光を放つ時は有栖よりもそれなりに多く……まとめていけば何かしらのタイミングや基準を見出せるかもしれない、それをよく理解していけば彼らの持つ光を理解しきれるかもしれないのだ。
(えーと、まず真白さんが初めて紅い光を見せたのは、姉御にキスをした時で……次はいつだっけ、えーと……確か姉御と一緒に不良を相手してる時に……)
頭の中でデータをまとめながら、卯月は小さく笑みを浮かべる。
こうして、起きた出来事の情報をまとめて一つの結論を導いていく……。
そういった作業は中々に好きだ。
もしかすると、こういった風に目の前の症例を一つ一つまとめて結論を導く仕事……。
医者など、自分に向いているのかもしれない。
玉兎はそう考えながらゆっくりと歩いて行く。
あんな仕事が自分に向いているかも、でももしかするとこっちの方が……。
そんな取り留めない想像を行いながら歩く時間はまさに青春だ。
将来の夢は尽きることなく溢れ出し、彼女の内を満たしていく……。
満たされ、浸り、彼女は山のような夢を抱いていくのだ。
自己主張を出来るようになったのだから、どれかは絶対に叶えてみせようと。
その夢が、どれも叶わないとも知らずに……。
死よりもずっと前……自分の運命など、知る由もない頃の話だった。
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