その日、ドートでは……。
晴と真白の家にゼン達が遊びに来ていた。
晴、ゼン、ヒルデガルトの三人はテレビで旧世界の特撮映像記録を見ており、セルマは前日疲れていたらしく横になって寝息を立てている……。
実に平和な風景だ。
……しかし、そんな中で晴が「あっ」と声を上げる。
「ん、どうかした?」
「うん、昨日から数日ね、お母さん居ないでしょ? それで、日下さんと水行寺さんのとこに泊まる予定なんだ」
「へー、良いなあ、美味しいもの出してくれそう!」
水行寺夫妻の家に宿泊する。
そう嬉しそうに話す晴……。
裏に真白のちょっとした過保護が絡んでいる、なんていうのは知らぬが仏だろう。
「そろそろ準備しないと、ごめんね三人とも」
「いや、大丈夫、今日は一日楽しく遊んだし、お泊まり楽しんできてね!」
「うん、ありがとう!」
「ほらほらセルマ、起きるよー」
「ん……もう朝?」
「残念夕方ー、起きてご飯食べに行こ?」
「ああ、夕方……じゃあもうすぐ明日か……」
握手するゼンと晴、その後ろでセルマが起こされる。
……すっかり寝ぼけているようだ、今がいつで明日がいつかの区別も付いていない。
そのまま再度寝息を立てようとしたが、ヒルデガルトに高速で揺さぶられて顔をしかめながら起き上がった。
……大音量の特撮が流れても寝ていたのだ、よっぽど疲れていたのだろう。
「酔うからやめて……ふああ……稲葉家のソファ、柔らかすぎない?」
「うーん、そう? でもね、旧世界にはもっと柔らかい、それこそ人をダメにするようなソファがあったらしいよ?」
「うっは、マジ? それ最高じゃん……」
「全くもう、猫は寝るのが好きなんだからー」
猫獣人らしいと言うべきか、寝るのが好きなセルマ。
そんな彼女に呆れながらヒルデガルトは入口へ歩く。
そのまま三人は晴に見送られて家を出た。
「んん……はあ、よく寝た」
「もう、昨日のあれくらいで疲れちゃってー」
「いや、ヒルデガルトが体力有りすぎなだけじゃん……? こっちはついてくだけで精一杯だったのに」
どうやら、セルマが疲れていたのは昨晩何やらヒルデガルトとしていたから、らしい。
ヒルデガルトは狩人としての体力でセルマを振り回してしまったようだ。
……一体何をしていたのかは見当も付かない、いや全く突かない、もとい付かない。
それはゼンにとっても同じ事で、彼女はただ困惑している。
「ねえねえ、夜に二人で何してたの? ボクにはよい子はベッドで寝る時間とか言ってたのに、なんか声が少し聞こえたよね」
「……」
「……」
「な、なんで黙るの? 二人で秘密でも作ってたの……?」
ゼンに問いかけられ、二人は見つめ合う。
そして……互いの腹を小突き回しはじめた。
その状態で、何やらひそひそと話しだす……。
「だから、やるなら外の廃車でシート倒してしよって言ったじゃん」
「それでこの間は車内が酸欠になったでしょーが」
「それは……満月のせいって事にしておこう……」
「獣人は月齢で色々変わるもんねー、普段は色んな意味でネコ獣人なのにあんなに息を激しくしちゃってー」
「だってまさかヒルデガルトがハチミツであんなテクニックを……」
コソコソと話し合い、ゼンの方を数回見る二人。
あまりの挙動不審にゼンは大絶賛困惑中だ。
一体何を隠しているというのだろうか。
「……えーと、子供には早い遊びだよー」
「そうそう、もっと大きくならないと教えてあげない」
「ええ、何それ、ズルいなあ……」
苦しい誤魔化しを行うヒルデガルトとセルマ。
だが、ゼンは不服げながらも一応納得してくれたようだ。
二人はほっと胸をなで下ろす……。
「今度ママに聞くかな……」
「はあっ!?」
「や、やめといた方が良いと思うかなー!」
「な、なんで……」
矢車に聞こうとするゼン。
その大胆極まりない行動に二人は目を見合わせる。
そして……「何か誤魔化してよー」「無茶振りするじゃん?」と囁きあう。
「……そう! 明かすよ今から、あの夜私とヒルデガルトは、コーヒー作ってたんだよ」
「コーヒー?」
「夜明けに飲むためのコーヒー、その試行錯誤で声がしてたわけ」
「でもさあ、寝に入ってすぐ声が聞こえた気がしたんだけど」
「それは、一回寝てたけど寝てないと思ってたんだよ、記憶がごちゃごちゃだったってこと」
「ううん、なるほど……?」
ゼンが何とか納得し、サムズアップするセルマ。
そんな彼女にヒルデガルトもサムズアップを返す。
……一応、夜明けのコーヒー自体は作っていたのだから嘘はついていない、嘘は。
「夜明けのコーヒーかあ、なんか特撮でも言ってたよね、夜明けに飲むコーヒーってなんか特別なの?」
「まあ……特別な味わいというか、なんというか……」
「他の状況とはひと味違うよねー」
「ふうん……そういうもんなんだ、確かに苦いの得意じゃないからボクには早いか」
納得し、一歩引くゼン……。
どうやら難を逃れたらしい……。
しかし、安堵する二人とゼンのもとに足音が近付いてきた。
「おや……ゼン、それにお友達の二人も、こんな路上で何を?」
「あっ、ママ!」
矢車陽子だ。
彼女は現在、まだゼンと暮らしてはいない。
家を借りるための手続き、家具選びなど色々難航しゴタついているためだ。
斥候として駆り出されることも多いため、集中してそれらを行えないのも大きい。
そんなわけでゼンはまだヒルデガルトやセルマと共に暮らしているのである。
「色々話してたんだ!」
「へえ、どんな話を?」
「えーっと……」
問いかけながら、腰に下げていた木筒を手に取る矢車。
……ヤバい、まずい、ろくでもない。
ヒルデガルト達はそう察するが、割り込むより早くゼンの口が開いた。
「夜にね、先に寝てたら二人の居る部屋から変な声が聞こえてきて、聞いたら夜明けのコーヒーを作ってたんだってさ」
「おぶっふぉ! かはっ、ごほっ、げほっ……!」
「ママ!? だ、大丈夫!?」
「だ、大丈夫……むせただけだから……」
むせ返り、飲み水を噴き出した矢車。
彼女はゼンに大丈夫と言いつつ、ヒルデガルト達を見る。
……が、その視線が合う前に二人は勢いよくダッシュした。
「脱兎!」
「脱猫!」
「待ちなさい」
走り去ろうとする二人だが……矢車に襟を掴まれて猫を持ち上げるように動きを止められる。
……逃げられなかった。
二人は知らなかったようだが、子を想う母からは逃げられないものだ、瞬発力が違う。
「す、すいません、その……」
「……若いうちはそういう事をしたくなる気持ちも分かる、私だって……妻とした、それも毎度毎度ジャッカル形態で、変身すると人数名を乗せられる大きな獣になれるんだ」
「へ、へー、そりゃまたなんともワイルド……」
「だが、ゼンはまだ10にも満たないのだから、その事はよおおおく理解しておくように、せめて……私がゼンと暮らし始めるまで待てないか」
「き、肝に銘じておきます……」
「よろしい……」
ジャッカル形態で、そう言いながら……矢車は牙を剥き出しにして警告する。
……まあものの見事に強迫である、流石に実際に噛み砕いたりはしないだろうが。
しかし、ゼンに変なものを見せたら承知しないぞ、という言外の圧を感じる。
「何々、なんで走り出したの? というか何の話をしてるの?」
「ああ……なんというか、コーヒーを作るのも良いけれど、夜はちゃんと寝ないと体に悪いぞ、という話をしていたんだよ」
「はは、そうそう、そんな話ー」
「私たち、結構夜更かしして疲れてるじゃん? ははは……」
冷や汗をたらしながら笑う二人……。
こうして二人は……たまらなく互いが欲しくなったとしても、しばらく我慢しようと誓うのだった。
……君子危うきに近寄らず、それに尽きると肝に銘じながら……。
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