羅美吊兎叛徒双翼の義侠心から人を殺してそうな方、古里有栖。
羅美吊兎叛徒双翼の笑いながら人を殺してそうな方、稲葉真白。
かつてはそんな風にも呼ばれたことがある二人だが、一応殺人の前科はない。
真白は「いやあ、犯罪者相手は殴っても怒られないからいいなあ、オラもっと鳴け! 鳴かないとエンコ詰めっぞ! なんちゃって、あはは」などとよく言っていたが……ないったらない、いや本当に。
しかし喧嘩歴は何だかんだで長く、基本的に参謀役である真白も荒事の経験はそれなりに有している。
先ほどのひったくりくらいなら、真白も簡単に倒せることだろう。
その為、相手の力量というのはある程度互いに測れるのだが……。
しかし……世の中には上には上の観察眼、というものも存在するのだ。
案内された客室でベッドに座りながら、有栖はそれを実感していた。
「へえ、シャハルちゃんって相手の力が見て分かるの?」
「はい! 私、天の慧眼という魔法が使えまして……それで相手の能力をある程度数値化できるんです!」
「それはすげえですわね……私達とかどうなってますの?」
場慣れしているとはいえ、飽くまで観察眼は人間の範囲内……神秘の領域には敵わない。
しかしその事に敗北感を覚えるでもなく、二人は興味津々だ。
この辺りはまさに好奇心が痛みより勝る若さと言えるだろう。
一方、どうなってるのかと言われてシャハルは考え込む。
どの情報までなら開示しても問題ないか考えているのだ。
そして……ポンと手を叩くと「ではやってみますね!」と魔法を発動した。
「えーと、じゃあアライメントを……アリスさんはChaos-Lightで……マシロさんはChaos-Dark……あっ」
「ん? 私の部分聞こえなかったけどどうだったの?」
「いえそれはその、あー……あっ、年齢とか分かりましたよ! お二人は17歳で、私の一つ上なんですね!」
「おお! 言ってないのにそれが分かるなんてすっげえですわね! 本物の魔術ってやつですわ!」
興奮する有栖によって、真白の疑問が流されていく。
その様子に真白は「ま、いっか」と諦めたようだ。
同時にシャハルも少しホッとする。
まさか「あなたは法に従わないし極悪な人なんですね!」などとは口が曲がっても言えないのだ。
「そういえば……お二人は、魔法のない地方から来られたんですか?」
「ええ、私達の国では魔法なんてもう伝説上の存在でしてよ」
「代わりに技術力が発展してるんだけどね」
技術力、そう言われてシャハルは「へえ……この日本、愛知県名古屋市熱田区って場所は技術が凄いんですねえ」と感心する。
どうやら彼女の魔法は在住地も丸わかりのようだ。
流石に町や番地まではそれぞれ違うからか省かれているが、きっとそこも知られているのだろう。
市区町村まで丸わかり……本当に凄い能力だと言える。
だが……こういう能力に触れると、少し気になることも出てくるものだ。
「ねえねえ、どうしてこの能力を持ってるの?」
「確かに……先天的なものなのか?」
「あー、これはその……」
問いかけられ、シャハルは頬を掻きばつが悪そうにする。
そして下を向いてもじもじすると……意を決して顔を上げた。
内緒ですよ、と言いながら恥ずかしそうにしている姿は、とても可愛らしい。
深刻な秘密を抱えているとは思えない顔だ。
「実は私、昔は貴族だったんです、それも他貴族の内偵をして腐敗貴族を国に報告するような良い家で……私も若くして内偵をしたりしてたんですよ」
「へえ……凄い家なんだ、でもなんでそんな人がメイドをしてるの?」
「見たところ、デネボラさんは貴族ではありませんわよね、大商人ではありますけど」
「それは、そのお……」
先ほど決心はしたが、それでも言いにくいのだろう。
少しモジモジして言いづらそうにする。
しかしここまで言ったのだからもう良いと思ったのか、シャハルは顔を引き締めた。
ある種の開き直りか、決意か……それは分からない。
「ある貴族の不法賭博疑惑をですね、カジノについていく形で確かめたんですよ……結果まあ真っ黒だったんですけど、その時誘われて一緒にやっちゃいまして……」
「あっ、なるほど……そういうことかあ……」
「お察しの通り……ミイラ取りがミイラになっちゃったんです、娯楽の少ない義務ばかりの子供時代でしたから……本来告げるべきカジノの存在を秘匿し、小遣いを使い込み、終いには親の金にも手を出して……」
そこまで言い、シャハルは肩を落とす。
半ば親のせいで有るとはいえ、自分がギャンブル依存症だったなどと言いたくなくて当然だろう。
有栖は内心、悪いことを聞いたと後悔する。
自分だって自分が昔何をしていたか聞かれたくないのだ。
「この魔法も熱中のあまり、ディーラーの傾向とかを確かめるべく身につけたものでして……まあそこまでしたんですが、結局親にバレて勘当されました……民の税を何だと思っているんだと殴られまして……ははは、当然ですよね……ギャンブルの世界でもサマがバレた者は退場する運命ですから……家からもご退場、です」
乾いた笑いを漏らすシャハル。
そんな彼女に有栖は絶句するしか出来ない。
明るく可愛い犬獣人、そう思っていた彼女は存外生々しい過去の持ち主だったのだ。
一方、真白は「ほーん、なるほど」とあっけらかんとした様子。
その辺は家柄の関係か人格の関係か……そういう違いが有るのかもしれない。
「すまねえですわね……そんな重い過去を聞いちまいまして……」
「い、いえ! でもこの過去のおかげで、私はデネボラ様のもとで更生できたので!」
ギャンブル依存症からの立ち直り、それは容易いことではないはずだ。
本人だけの問題ではない、周囲から如何に歩み寄り手を貸すか、時に歩み寄らず手を貸さないか……それも大事になっていくのだ。
その一助になってくれたというのなら、デネボラはやはり立派な人なのだろう。
気付けば有栖は彼にリスペクト……つまり敬意を抱いていた。
「失礼、入っても良いかな」
「あ、どうぞ! 大丈夫ですわ!」
噂をすれば影、デネボラのおでましだ。
彼はベッドに座る三人を見て「仲良くなれたようで何より」と笑う。
この穏やかな人物のもとでなら、確かにギャンブルなどせずとも生きていけるかもしれない。
勿論それ以外の努力も沢山あったのだろう、しかしその努力が続いたのは周囲の環境……つまりは彼の存在も大きいのだ。
「今後のことを伺いたいのだが……再確認ですが、お二人は諸外国の方ということでよろしいのかな?」
「ええ、その通りでしてよ」
「なるほど……そしてこの国の文字には通じていない、つまりは来たばかりということ……鎖国状態のこの国にどうやって?」
「鎖国状態!? え、マジで!? あ、いや、ええと……あー、それは……」
しどろもどろになる有栖、そのまま彼女は真白を見る。
まさか鎖国状態だとは思わなかった、そのため彼女に助け船を求めたのだ。
しかし真白は肩をすくめて首を左右に振るばかり。
もう観念するしかないじゃん、と言いたげだ。
こうなれば事情を打ち明けるしかないだろう。
「私達、遠くから飛ばされてきたんです、転移って奴ですね……でもどうしてここに来たかも分からなくて、帰る方法を探したいんですよ」
「なるほど……その顔は嘘ではありませんな、もしこれで嘘ならマシロさんはよほどの役者だ」
「ほっ……信じてくださるんですのね、ありがてえですわ……」
「その服はこの周辺国のものですらありませんからな、信じるに値するでしょう」
うんうんと頷くデネボラ、その姿には安心感を抱いてしまう。
彼に限って二心を持っているなどと言うことはきっと無いだろう……そのはずだ。
有栖は思わず安堵するが……しかしその安堵は、現実的に打ち破られた。
嬉しかろうが悲しかろうが、現実というのはいつでもついて回るのだ。
「しかし、路銀はどうなさるのですかな? この近くで手がかりがありそうな場所といえば東の魔法都市プシュケーですが、そこまでざっと3日はかかるかと」
「う……!」
「あー、それ考えてなかったなあ……」
流石に路銀の援助までねだるのは筋じゃないだろう、有栖と真白は悩む。
幸いずっと犯罪者を殴ってきた拳、犯罪者を殴ることに躊躇いはないので傭兵業などできればいいが……見た目が問題だ。
こんな見るからに良いとこのお嬢さんなんて見た目かつ、実績が無い連中に依頼を出す者などいないだろう。
そう考える二人……その姿を見ながら、シャハルは手を叩いた。
我ここに天啓を得たり、とでも言いたげなドヤ顔だ。
「そうだ、良いことを考えました!」
「ん? まさかギャンブル……? 元手から倍にするって言ったのを、0倍にして返されちゃう?」
「違いますよ!? この街にはのみの市が有りますので、そこで異邦の地の物品を高く売ってみてはいかがでしょうか?」
「なるほど……その服などちょうど良いかもしれませんな、代わりの服は差し上げますので、この地でより馴染むためにも一度試してみては?」
のみの市……ようはフリーマーケットだ。
確かにそこで服を売るのは良いかもしれない、旅には向いていない服だし浮いてもしまうのだ。
二人の提案に、有栖と真白は見つめ合う。
どうするか迷うが……他に選択肢はないだろう。
有栖は力強く頷き、デネボラの提案を受け入れた。
「いい目です、きっと上手くいくことでしょう……では私は代わりの服を商品から持ってくるとしますか」
「では私は、ある程度長さなど調整するために尺を持ってきますね!」
どうやら二人は準備のため、部屋を出て行くようだ。
その姿に有栖は「良い方でよかったな……本当に」と小さく呟く。
一方、真白は自分の服をじっと見つめ……。
「現役女子高生使いたての服を洗わずに売るって、言葉だけだとブルセラショップみたいだよね」
「ぶっ!? ば、馬鹿なこと言ってんじゃねえよ!!! 洗えバカ!!!」
品のない呟きを漏らす真白に、有栖がツッコミを入れる。
一方、真白は「だってほんとにブルセラみたいじゃん!」と笑い顔だ。
こうして彼女達の夜は慌ただしく進んでいくのだった……。
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