「そういえば……」
「ん? なんですの、人の顔をじっと見て」
これは有栖達が何が起きたかの説明をしていた際に、話の合間で少し休憩をしていた時のお話。
一宮は有栖達を見ながら、ふとした事に気付いたようだ。
一つ気になれば突き詰めたくなるのが技術屋のサガというものだろう。
部品一つへ抱いた疑問を突き詰めなかったことがいざというタイミングでの瓦解に繋がることもあるのだ。
まだ若く未熟な一宮だが、その点はよく理解している。
とりあえず聞くだけ聞いて、杞憂ならそれで良しとしておこう。
聞いて問題が無いと分かったならば、それは聞き損ではなく問題が無いと分かったこと自体が成果なのだから。
そんな考えを胸に、一宮は一つの疑問を口に出すことにした。
「ふと思ったんだけど、文明レベルが大きく衰退した世界に行ってたんだろう? 衛生面は大丈夫だったのか? 水とか……体を壊しているかの診断はいらないのか?」
真白がイモータル……ようは不老不死者となり死があり得なくなったのは知っている。
しかし有栖はそうではない、なら聞いておくべきだろう。
一宮はそう考え、有栖に質問をする……。
一方……質問をされた有栖は「そういえば……」と言わんばかりに顎をさすった。
どうやら気にしたことが無かったらしい。
「そういえばティエラの水ってどこも澄んでましたわね……」
「ああ、それは私から話すよ」
首をかしげる有栖の隣で窮奇が前足を上げる。
どうやら、窮奇が何かを知っているらしい。
流石は3万数千歳、亀の甲より年の功といったところか。
「私達の世界はこちらよりも技術が進歩した世界というのは言っただろう? それが大きな要因なんだ」
「技術の進歩……でもそれは飽くまで元々は、という話ではなかったのか?」
「うんうん、いい質問だ真理子ちゃん」
年上相手とはいえ、ちゃん付けに慣れていない真理子は顔をしかめる。
だが窮奇はお構いなしといった様子で説明を再開した。
……というよりは、ちゃん付けを嫌うといった若さ故の反応を、果てしなく年をとりすぎて忘れた……が正解かもしれない。
それはさておき重要なのは話の続きだ、窮奇の老け込みではない。
「ティエラになる前の地球ではね、環境浄化ナノマシンなんていうのが研究されていたんだ」
「環境浄化ナノマシン……? それってどういう効果なのです?」
「まあ読んで字の如くだよ、小さな機械が様々な雑菌を処理し、水質や大気といった様々な環境を浄化する……そんな装置」
曰く、当時作られていたナノマシンはまさしく最新鋭のものであり、自己修復とある程度の自己増殖により永遠に行動し続けるよう出来ているらしい。
そんなナノマシンが世界融合の衝撃で一斉散布。
然らばどうなったか……は言うまでもない衛生面最強世界ティエラの誕生だ。
ナノマシンは排泄物すら自らに取り込み動力へ変換する。
その為排水の類いもあっという間に綺麗になるし、ティエラの便所に至ってはボットン式だというのに排泄物は自然に消えて臭い一つしないのだ。
というより……実のところティエラの者達は少なからず体内にナノマシンを取り込んでいるため、排泄物などは余程体調が悪いときでもなければ出すまでもなくナノマシンが食す……つまりトイレの必要も殆ど無かったりする。
それを聞いた有栖は、そういえばティエラで食事をしてから排泄をする事が少なくなったなと腹を見た。
オノスが下水路にてネズミを食べながら暮らしていた身の上でありながら、栄養不足だけで病気などは持っていなかったのもナノマシンによりそこまで衛生面が悪くなかったからなのだろう。
「なるほど……しかしそんなのが入った水なんて腹に含んで大丈夫なのか? 増え続けるんだろう? 腹ん中でほら……グレイグーが起きるんじゃないか?」
「それは大丈夫、ナノマシンは空間内に増えすぎたと判断されると古い物から自壊し、その残骸は他のナノマシンが取り込んでいくんだ」
「ははーん、プログラムされた細胞死みたいな感じに? 本当に技術の進んだ世界だったんだな……一度その技術に追いついてみたいもんだ」
周囲を置いてきぼりにしながら話し合う一宮と窮奇。
その様子に有栖はちんぷんかんぷんになりつつも、まあ体に害はないのだと結論づける。
なら取り込んだところで問題はあるまい。
「そういえば……大気中に散布されているということは、体にも当然ひっついているよな」
「うんうん、そういうことになるね」
「……つまり、こっちの世界に来た時点でこっち側にも……」
「あっ」
……うん、一宮達が何やらとんでもない結論を出しているが、まあ良いだろう。
人体にも環境にも害はないのだ、なら構うまい、きっと多分メイビー。
そう考える有栖の隣で、二十間川が腕を頭の後ろへ回す。
なんとも不思議そうな顔をしながら、何やら考えているらしい。
「ん? どうかしましたの?」
「ぎゃはは! おっと、顔に出ちゃったかな? いやさ、不思議だよなあって思った、ファンタジーのような世界が実際は優れた技術を持つ世界の末路なんだから」
言われてみれば、二十間川の言うこともごもっともだ。
世界の真実が落ち着く暇も無く畳みかけてきただけに考えていなかったが、なんとも数奇な……運命の妙というやつを感じざるを得ない。
優れた発展の反動……とでも言えば良いのだろうか?
「もしかして、壁の外に見える世界は全部嘘で実際はこっちの世界もファンタジーになってたりして! そしたらケモノが愛で放題! ぎゃはは!」
「こらっ、私欲で縁起でも無いこと抜かすな!」
笑い声を上げる二十間川の頭を三重が叩こうとする。
だが、二十間川はあっさり回避……そして挑発するようにウインクをして笑った。
身長差9センチだけあって、二十間川から攻撃するのには向いていなくとも回避するのには向いているのだ。
「くそっ、相変わらずはしっこい!」
「ぎゃはは! そう簡単には当たらないもんねー!」
「すいません、うるさくて」
やかましい二人に代わり、四日市が頭を下げる。
人間二人よりもよっぽど人間の出来ているロボットだ。
まったく、これではどちらが人間なのか分からない。
一宮はそう考えながら、両手を叩き合わせてパンパンと鳴らした。
「ほらお前ら! 人様の家で騒がない!」
「はーい、ぎゃはは! 怒られちゃった」
「くそっ、悪かったよ、流されやすいところはなおさないとな……」
笑う二十間川の隣で三重が両の頬を平手で叩く。
どうやら、軽い痛みにより己を引き締めているらしい。
まあ一種の儀式のようなものなのだろう。
「はあ……まったく、そうやっていつまでも子供みたいなことしてると、私だけ先に大人になるぞ?」
「ぎゃはは! そりゃやだね! 置いていかれるのも置いていくのも絶対やだ!」
「だな、いつだって皆並んで歩いていきたい」
「そう、露没斗同盟は、四人で一つ、生きるも死ぬも、絶対一緒、ずっと一緒」
手を取り合い団結する露没斗同盟。
先ほどまで追いかけっこをしていたというのに極端なものだ。
だが微笑ましくもある、そう思いながら、有栖は羅美吊兎叛徒を懐かしみ目を細める。
なんなら、折角愛知に戻ったのだから彼らと久々に会うのも良いかもしれない、もちろん時間があれば……だが。
そんな話をしようと有栖は真白を見つめる。
真白も気持ちは同じのようで、笑みを浮かべながら頷いた。
そして二人は話の続きをしようと窮奇を見つめる。
だが……。
「美味しい水と言えば名古屋もそうじゃないか、私の世界の名古屋ではそのまま飲める水道水として有名で……」
「ああ、それはこちらの世界でも同じだな」
窮奇はどうやら、まだ水談義で盛り上がっているらしい。
これでは話の続きはもっと先になるな。
有栖はそう考えて、静かに息を吐くのだった。
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