羅美吊兎叛徒……かつて有栖達が興したそのグループは、彼女達を慕う者を引き入れて大きなグループとなった。
となれば、有栖達が一足先に引退したとて活動は続くもの、それもまた必定だろう。
そして、活動が続けば新たなリーダーも必要となる……。
では、正義のレディース羅美吊兎叛徒、そのリーダーを引き継いだのは誰なのか?
それは……三人の少女だった。
一人目は、明るく熱血漢なスカーフェイスの少女、姫宮オト。
二人目は常に何かを食べているおっとりとした大食いの少女、ヘレナ・ヴィスカス。
三人目は虫と意思疎通を行う能力を持つ少女、古谷杏里。
この三人が当代の羅美吊兎叛徒リーダーとなり、チームを率いているのだ。
何故三人もリーダーになったのかは簡単。
次期リーダーを決めるとなった際、有力候補となった三人が仲良しだったため、全員で譲り合ったのだ。
そして煮え切らない状態がしばらく続き、妹分の一人が言ったのがこの一言である。
「じゃあもう三人でリーダーやりゃ良いじゃないっすか」
別に周りは三人が一番向いていると思ったから薦めただけであり、別にリーダーが一人という決まりがあるわけでもない。
だから一人に絞れないなら三人でやれば良いじゃないか。
そう言われた三人はしばらく固まった後、互いの顔を見ながら大笑いしたという。
そりゃそうだ、どうしてこんな簡単なこと分からなかったのだろう、悩んでいたのが馬鹿みたい、と……。
そんなわけで、現在の羅美吊兎叛徒は三人のリーダー……通称三本柱が率いている。
基本的にはグイグイと積極的に進んでいくオトが二人を引っ張り、二人が要所要所でフォローを出すような関係性だ。
所謂凸凹トリオ……そう言うとしっくり来るだろう。
さて……そんな凸凹トリオのリーダーは現在、大いに悩んでいた。
「ふう……やな時代になったな、それも仕方のない事だろうが……」
愛知を覆う光の壁、その外には戦乱が広がるという現実、そしてこの愛知は本物の愛知では無くいずれ来たる戦いに備えて戦うための血を育てる蠱毒壺……。
マガとマナより一年前に告げられた真実は人々を大いに混乱させ、いずれ来る戦いを受け入れるもの、受け入れないもの、みんな気持ちがバラバラとなってしまった。
こういう時に起こりうるのが多数派ではない思想に対する弾圧だが……見回りを強化しても中々防げないのが現実。
アイドル醍醐円の「自分は力を鍛えるのではなく、皆の心を支えるためにアイドルを続けたい」という宣言が各所にバッシングを受けているのもそれだろう。
皆不安だから、だから何かを叩く事で、的にすることで自分の心を慰めたい、安定させたいのだ。
くだらない考え方……だが、気持ちが分からないわけではない。
誰だってそういう弱い気持ちは持っている、だからなくならないのだ、見世物のようなリンチは。
しかし否定はせずとも肯定もしない、誰にでも有るからと受け入れてしまえば無法地帯になるのだから。
だから、力尽くで押さえつけることの出来る自分達が抑止力となる。
不良……まあ悪事をしているわけでもないが、私刑、決闘罪、暴行罪、そういったジャンルに分類されるから付けられたこの称号が役に立つのだ。
(心苦しくはあるが、な……)
ネクタイを整え、オトは息を吐く。
きっちりとネクタイを締め、男性もののスーツとメガネを身につけた姿はおおよそ不良には見えない。
ボーイッシュなショートカット、そして壁に掛かった黒のフェドーラ帽も組み合わせれば、さながらその姿は不良というより探偵だ。
これは俗にいうカムフラージュというものであり、不良らしからぬ格好をしている者が不良とはそうそう思うまい、という意図がある。
本性、狙いは常に隠し不意を打つことで最効率を心掛けよ、という奴だ。
もっとも……真白の受け売りであるこの理屈をやってみても、オトの場合右目にある一本傷が目を引くのだが。
そんなことを考えながら、オトはゆっくり目の傷を指でなぞる。
オトの母は故郷である瑞穂区でバーをしており、この傷は酔った客に付けられたものだ。
客と言っても常連ではない、未だに母を旧姓で呼ぶくらい長い付き合いである元学友以外は殆ど客の来ない店……そんな我が家にふらりと現れた客。
どうもマナーの悪さからブラックリストに続々入れられている客だそうで、案の定他の客とトラブルを起こし、止めに入ったオトをグラスで殴ったのだ。
その際に砕けた破片でオトは目を怪我した、幸い眼球には傷がつかなかったものの傷跡はくっきりと残ってしまい今も消えない。
そこまでした挙げ句逃亡した犯人を一人追いかけていた際に出会ったのが有栖達……有栖、真白、そして亡き玉兎だ。
母は警察に任せるように言ったが、オトはどうしても自分の手で捕まえたくて犯人を追っていた。
三人はその気持ちを汲み、追いかけるのを手伝ってくれたうえに、捕らえるための決定打は譲ってくれたのだ。
この恩をきっかけに、オトは羅美吊兎叛徒のメンバーとなった。
故に、この恩義有るチームの名を汚さぬためにも、心苦しくても正義を徹底しなくてはいけない。
義を重んじ、人を救う生き方を継ぐというのはそういう事だ。
そう考えながらアジトの椅子に座るオト……そこへ、誰かがやって来た。
「あぁ~、オトちゃん今日も早いねぇ、おはようぅ~」
「ん……ヘレナ、おはよう、って……もう昼だろ?」
「んー……そっかぁ~、朝も昼もなく食べてるから、つい忘れちゃうなぁ~」
オトの対面に座り、ヘレナは肉まんを頬張る……。
見た目だけなら清楚系のおっとりとした美少女で、プラチナブロンドの髪も綺麗なのに。
しかし漂わせている香りは、いつだって味噌やソースの香りだ。
「今日は何食べてきたんだ?」
「塩釜口のねぇ……沢山盛ってくれるお店で、味噌カツ定食をねぇ、食べてきたのぉ~」
「それ……昼からしかやってない店じゃないか、そこ行ったなら時間くらい把握しとけよ」
肉まんを食べ終えたのでカレーまんを取り出して再度頬張るヘレナ。
その頬についた肉の欠片を取ってやりながら、オトは苦笑気味に時計を確認した。
今の時間は13時、羅美吊兎叛徒はプライベート優先可能で余程の緊急事態でもなければ出動時刻なんて決まっていないためこの時間から来る者もいるのだ。
というより……基本マイペースな連中の集まりのため、全員揃うなんて事はよほどの緊急事態しかないのだが。
まあそれでも、受け継いだ志が心中に生きていれば常に最前の行動を行える。
だから良いのだ。
「えへへぇ……今日もお腹いっぱいで嬉しいなぁ~」
「はは、よくそれで太らないもんだよ」
初めて出会ったときのヘレナはもっと細かった。
とはいえ……今が太っているというわけではない、よく食べるというのに極めて平均的な体格だ。
ではどういうことかというと……当初のヘレナは所謂欠食児童で触れれば折れそうなくらい痩せ細っていた。
いわゆる虐待経験者、と言えば分かりやすいだろう。
ヘレナの義母は亡夫の連れ子であるヘレナを愛さなかった。
それどころか、自分に向けられるはずの愛を持っていく女として忌み嫌い、監禁していたのだ。
死なせてしまえば処分が出来ず露見すると最低限の食事だけ与えていた……と言えばまだマシに聞こえるかもしれない。
しかし実態は、ほんの僅かしかない冷えた米を一日一回、時にはロクに調理もしていない傷んだ野菜や肉と与えるだけ。
そんな状態で生かさず殺さず飼われていたのだ。
だがある日、開けてはいけないと言われていたカーテンの外がどうなっているのか気になった。
外に出れば死ぬと言われ続けてきたが……確か、物心つく前の朧気な記憶では亡父と共に楽しく歩いていたはずなのだ。
ほんの少しの好奇心だった、外はもしかしたら綺麗なんじゃないかという好奇心。
それを理由にカーテンを開けたヘレナは窓を塞いでいた段ボールも剥がし……。
そして、立て付けの悪いベランダから思い切りバランスを崩して転落した。
栄養失調かつ筋力も衰えていた彼女はロクに動けず困っていたが、そこに通りかかったのがオトだ。
オトはヘレナを助け起こし、明らかに虐げられているヘレナを、乱暴に連れ戻そうとする義母から守るために立ち向かった。
結果、大騒ぎになったことで虐待は見事露見。
ヘレナは新たな親に引き取られることになった。
そのため戸籍上は違う苗字なのだが、実父から貰ったもので唯一残った物として普段はヴィスカスの姓を名乗っているのだ。
しかし……それで全て解決とはいかなかった。
栄養失調の後遺症か、ヘレナの体は通常よりも多量の栄養を欲するようになったのだ。
かつ、ヘレナ自身空腹になればあの日々を思い出してしまうという一種のPTSDにも近い状態になっている。
そのため、ヘレナは常に食事をし続けなくてはいけないのだ。
ただ……この事を重く扱うのは本人が嫌がるため、こうして基本的には明るく扱っている。
腫れ物を触られるように扱われるのは嫌だ、という気持ちはオトにもよく分かるし、他の仲間達だってそうだ。
皆何かしら辛い思いをして、自分たちの手で誰かを救いたいという気持ちに至っている。
だから皆、哀れまれたくないと言われれば哀れまないし、支えて欲しいと言われれば支えるのだ。
誰が言い出したわけでもないが……これは羅美吊兎叛徒における暗黙のルールと言ってもいい状態になっている。
そんなルールを思い起こしながら、オトも食べ物の香りに空腹を感じ出前を頼もうかとスマホを取り出した。
だが……配達員不在の表示が並んでいる、どうも人手が不足しているらしい。
何故だろう……そんなことを考えていると、アジトのドアが開いた。
入ってきたのは……三つ編みの素朴な少女だ。
「こんにちは、今日も美味しそうなものを食べていますね」
「ん……杏里ちゃんだぁ~、おはようぅ~」
「よう杏里、昼は食ってきた? アタシはこの通り……なんか宅配エージェントが全滅しててお預けかな」
スマホを見せて苦笑するオト。
彼女に杏里は面食ったような顔をする。
そりゃそうですよ、と言わんばかりだ。
そんな顔をする杏里の隣に、一匹の蜂が飛んでくる……。
それを手に乗せると、杏里は何か話し合っているように頷いた。
杏里は幼い頃からこうして虫と意思疎通する能力を持っている。
この能力を気味悪がられた杏里はイジメを受けて精神が不安定になり、力の制御が上手く行かなくなっていた。
具体的に言うと、彼女の憎悪に反応した虫たちがいじめっ子を執拗に襲う事件が起きていたのだ。
加入時には既に解決していたため有栖と真白も知らないこの事件……解決したのはなんとヘレナ。
家が近く騒動に居合わせたヘレナは、荒みきっていた杏里へ恐れず向かい、自分がかつてオトと出会い救われたこと……そして、彼女がしてくれたように杏里を救いたいことを説きながら歩み寄った。
どれだけ虫に攻撃されようとも、どれだけ拒絶されようとも恐れずに……。
今まで親ですら、杏里の能力に向き合ってはくれなかった。
そんな中、初めてヘレナが杏里を直視してくれたのだ。
荒みきっていた杏里もこれには心絆された、それはもう……ヘレナに対してべた惚れになるくらい。
そして杏里は惚れ込んだ彼女に迷惑をかけないよう、これからは激情を抑えようと。
そして彼女がしてくれたように、自分もまた誰かを救ってみせよう……そう決心したのだ。
そんな努力の甲斐有ってか、今や虫たちも杏里の怒りに突き動かされることなく穏やかに協力している。
その象徴、と言えるのが今のこの光景だろう。
「ありがとうね、おかげで助かったわ」
「また虫から情報が?」
「ええ、外はみんなそわそわしてるみたいです」
そわそわ……そう言うと杏里は窓を開いた。
その向こうでは、誰もがしきりに時間を確認している……。
何なのだろう、そう考えるオトに杏里はカレンダーを指さした。
その数字を見たオトは「あっ」と声を上げる。
「そうか……醍醐円が駅前ライブをやるんだっけか」
「ええ、もうすぐ……第二の真実が明かされるっていう話ですからね」
「第二の真実ぅ……ええっとぉ……壁の中ではみんなぁ、ほんとの種族が分からないけどぉ……それが正しく認識されるようになるっていう話だよねぇ~」
第二の真実、それは偽りの壁が持つ機能を更に制限し、壁の維持を少しでも長くすると共に、皆に自らの正しい種族を認識させることでより戦いに備えさせるということ……。
だが、それが起きた際に不安となるのは種族間の軋轢が起きる可能性だろう。
力ある種族に戦いを押し付けようとする、逆に力無き種族を見下す……そういう流れだ。
そんな不安を多くの人が抱き、そして不安は次々と伝播している……。
そこでだ、醍醐円は不安を少しでも和らげるためのチャリティーライブを企画。
勿論行政に許可を得たうえで、本日金山駅前で無償のライブをしようというのだ。
……そんなわけで、トップアイドルのライブを無料で見に行きたい近辺の配達員達はみんなお休み。
それが配達員全滅の真相である。
「よもや……熱田と金山の近さがこうも裏目ってしまうとは」
「ふふふ……私達も行きませんか? ね、ヘレナちゃん、オトさんも」
「んぅ……? 良いよぉ~……」
杏里の問いかけにヘレナがあんまんを頬張って頷く。
ヘレナはほぼ常時食べ物が必要なため、ライブハウスやホールには入れない。
そのためこういう機会でもないとライブなど見られないのだ。
杏里はそんなヘレナにライブを楽しませてあげたいのだろう。
……そんな二人を見ていると、昼飯もまだだというのにお腹がいっぱいになってきた。
勿論自分も一緒に行くが、しかしこれでは満腹は避けられず夜ご飯も通らないかもしれない。
まあそれでも……仲良きことは美しきことだよな、そう考えながらオトは立ち上がり、アジトの鍵を手に取るのだった。
そして……壁に飾られた旧メンバーの写真を見つめる。
(有栖さん、真白さん、玉兎さん……あの日私があなた達に救われなかったら、誰かを救いたいという願いを抱かずにきっとヘレナは救われなかった……そして杏里も救われなかった……あなた達がもたらした救いは連鎖して、繋がっているんですよ)
誰かを救えば、救いは次の救いへと繋がっていく。
繋ぎあう手と手のように、次の手へ、また次の手へと。
そうして多くの人が救われていく善意の連鎖は、一年経っても何年経っても終わらない……。
そう……たとえ命を落とそうとも、遠き世界に飛ばされようとも。
自分もまた……死ぬその日まで、次に繋げる生き方をしていこう。
そうすれば自分の行いは誰かの中で生き続け、命はどこまでも続いていく。
一年先も、その先も……。
オトはそう確信しながら一礼し、自分を呼ぶヘレナ達の方へ歩いて行くのだった。
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