「ふう……何とか何事もなく売れましたわね」
「だねえ、ちょっと退屈だなあ、なんかトラブル起きない?」
「またそんなこと言って……口は災いの元ですわよ、そういう事言ってるとロクでもねえ事が起きちまうんですからね」
のみの市にて、今日こそは売り捌くという決意が功を奏したのか、服はきっちり売ることが出来た。
しかし真白はそれがかえって退屈なようで、少し不満げだ。
トラブルなど起きない方が良いはずだが、それでもトラブルに飢えることというのも時には有るというわけだ。
「トラブルなら……もう起きてんだろ!」
「お疲れ様です、オノスさん!」
一方、退屈を持て余している真白とは真逆にオノスは荒い息を吐いている。
そうなるのも仕方がないだろう、彼女はつい先ほどまで女の子に囲まれて化粧品や服の出所などを問いただされていたのだから。
年頃の好奇心というのはどうもたくましいもののようだ、初対面の相手にも恐れず話をしにいけるのだから侮れない。
もっとも、それに振り回される側としては迷惑千万としか言いようがないのだが。
「なんだよアイツら、ほんとに……!」
「でもおかげさまで、デネボラ様がご用意くださった化粧品と服を広めることが出来ました」
「そのおかげで私達の服もデネボラさんが用意した限定商品って事になって一気に売れたもんねえ、いやあ万々歳万々歳」
「ちくしょー……でもこうなったのもオレが盗みなんか働いたせいだもんなあ……諦めるしかねえか……」
どうやら、今回の出来事を通してオノスは自分の行いを改めて悔いているらしい。
振り回される姿はかわいそうではあるが、それが反省を促したというのであれば良い薬になったといえるだろう。
これでしっかり、雇用関係と併せて筋は通されたと言えるかもしれない。
「なあ……儲けたんだろ、もう昼じゃん、飯にしようぜ」
「食事かあ、良いですね、この近くに良いお店があるんですよ」
「へえ……良いお店ってどんなお店ですの? シャハルさんの種族的にやっぱり、ガッツガツと食いつけるような肉料理とかそういう?」
「それもありますけど、一番良いと思ったのは海鮮ですね、炎魔法であぶった貝は身が引き締まっていてとても美味しいんですよ!」
会話をしながら街を歩く四人。
そんな中、ふと真白が肘で有栖を小突いた。
何か気になることがある、そんな顔だ。
「そういえば、異世界の食べ物でも普通に食べれるんだから不思議だよね」
「確かに……思えば変な話ですわね、動物の体がどんな造りになってるか、植物の育ち方、環境……何もかも違うはずなのに、普通に似た生物が居る」
「ん? 何ぶつくさ話してんだよ」
「あー、苦手な白身魚は食べれるようになった? って聞いてたんだあ」
「それ、食べれないのは真白でしょう? 小学校の給食でいつも「いらない、あげる!」って押し付けてきたじゃねえですの、おかげで体重増えちまって大変でしたわ」
「だって、白身魚やたら出てくるんだもん、もっと名古屋らしいの食べたいよね……鶏とかさ、ああ唐揚げ食べたいなあ……胡椒ぶっかけて白米とさ」
目を閉じ、大好物である名古屋コーチンに想いを馳せる真白。
また食べたいと思っているのか、口からはよだれが出ている。
その姿を見ながら有栖は肩をすくめた。
どうも真白は偏食が激しくて困る。
「唐揚げっていうのが何かは分かりませんけど、鶏なら店で出してたはずですよ」
「そっかあ、じゃあそれで我慢だね」
「鶏ねえ……でも鶏って大丈夫なのかよ、最近コカトリスの肉を鶏って偽って出してるとこあんだろ?」
コカトリス、その聞き慣れない響きに二人は顔を見合わせる。
その様子を見ながら、シャハルは少し腕を組み悩む。
そして「ちょっと食欲が落ちるかもしれませんけど、重要な話なので」と念を押すと、覚悟を決めたように話し始めた。
「コカトリス族は魔物の一種族ですね、鶏と蛇を混ぜたような姿で石化を使います、目と目が合う瞬間石になったと気付くんですよ」
「その肉を出してるとこがあるって事? でもさ待ってよ、魔物ってモストロ国の種族で、れっきとして知的生命体なんでしょ? 人間形態だって有る……」
「……そうだよ、でもそれを出しちまうような店もあるって事さ……どんなツテで手に入れたかは誰も知らねえけど、ある日見ちまった奴がいたのさ、店の奥に転がってる死体を……で、問題になった際に店主は口走った、うち以外にもやってる店は有ると、勿論そんなの冷戦状態のモストロに知れたら開戦だ、だから公にはなかったことにされたけどさ」
オノスとシャハルの話を聞き、有栖は思わずえずいてしまう。
当たり前だろう、異種族とはいえ知的生命体なのだ。
言葉が通じる相手で、人間形態だって持っている存在。
そんなのを食うなんて……吐き気を催して当然の邪悪なる行いとしか言いようがないだろう。
しかもそれをこの国は秘匿しているのだ、そんなのは筋が通っていない……。
怒りと吐き気に有栖は震えるしか出来なかった。
そんな有栖の背中をシャハルがさする。
「あ、一応よほどの僻地アングラ系のヤバい店じゃなきゃ平気だとは思いますよ、各領地の認可を受けて出店しているような店は、ちゃんとした内偵が入っているはずですので、肉の仕入れ先確認から在庫確認まで役人がきちんと行っているはずです」
「そ、そうですのね……それは良かった、この国全体がそんな胸糞わりいことしてるのかと思いましたわ」
「そんな国だったら、今頃滅びてるって……気にしすぎなんだよ」
苦笑するオノスに、有栖もまた苦笑する。
なんとか吐き気は落ち着いてきたようだ。
これなら昼飯を食べることも出来るだろう……。
そう思ったのだが……。
「本当にそうなんですかね」
突如、後ろから声がかかる。
振り返るとそこには、盗賊のアジトで協力してくれた人物……。
モストロ国の戸西朧がいた。
「あっ、アンタは……! 朧、なんでここにいますの?」
「……? 誰なんですかこの人は、お知り合いですか?」
「えっと、私はオボロートニ……そちらの盗賊を追ってる最中に少し協力した、しがない中間管理職です」
ハンチング帽を目深に被り、モストロ人特有と思われる金の目を隠しながら挨拶する朧。
どうやら名前も偽名で通すらしい。
もしくは、戸西朧が軍人としてのコードネームか何かで、こちらが本名なのだろうか。
何はともあれ穏やかに挨拶をするが……一方、オノスは彼女を訝しんでいるようだ。
「協力って……こいつらを転移させたとかそういう?」
「いえ、私はあなたがスケープゴートにした盗賊を伸しただけですよ」
「盗賊って……ますます怪しいな、あんな男だらけの集団をこんな細いねーちゃんが? マジで怪しい……ツラくらい見せてみろよ、アンタ」
説明を受けるが、なおも訝しむオノス。
その様子を見ながら、真白が「しょうがないなあ」と間に入った。
こういう時は、やはり参謀役として一番頼れる真白に任せるべきだろう。
若干愉快犯気質でサディズムに満ちた悪人な所が問題だが……それに目をつぶれば非常に頼れる非情な女の子だ。
……若干目をつむるべき問題点が多すぎる気がする……かもしれないが、まあそれはさておいて。
真白はしっかりと、助け船を出すつもりらしい。
「あのね、朧さんは特務軍人で素性を隠して行動する必要があるから、素顔を晒したりできないんだよ」
「……そうなんです、私はプルミエの特務部隊……ようは裏の仕事を行う軍人の一人でして、ちょっとした任務の最中に知り合いを見つけ、声をかけさせて頂きました」
「ふうん……なるほどね……特務軍人ならまあ強いのも納得だけど」
渋々とは言え、納得した様子のオノス。
だが、今度は逆にシャハルが疑問符を浮かべているようだ。
入れ替わり立ち替わり浮かぶ疑問符に有栖は内心「めんどっくせえな」と苛立つ。
それは真白も同じようで、笑顔が若干引きつっている様子だ。
「あの……さっき、なんで急にそれはどうなんですかねなんて……?」
「……今から行こうとしているところ、名前からして潮風と海鳥亭でしょう?」
「はあ、そうですけど……そこがどうかしましたか?」
なおも疑問符を浮かべるシャハルを、帽子越しに見つめる朧。
彼女は一行の先に歩くと、ゆっくり手招きをした。
ついてこいと言いたいのだろう。
「実際に行けば分かりますよ、行きましょう」
朧の言葉に、訝しがりながら進んでいくシャハル、息を吐きながら続くオノス……。
一方で有栖と真白もまた、少し疑問を抱いていた。
彼女は何故ここに来たのか、それが分からないのだ。
冷戦状態のモストロに住まう民、しかもその軍人である彼女が密入国をしていると知れれば開戦が待ったなしとなる。
そんな面倒くさい場所に彼女が来たのは、十中八九窮奇ないし他の上席に言われたからなのだろうが……。
恐らく有栖達と三人にならなくては話せない理由なのだろうが、それにしても手がかりの一つ寄越してくれないので何も分からない。
そんな疑問を抱きながら……有栖と真白もまた、彼女へついていくのだった。
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