羅美吊兎叛徒、最初は二人のコンビ名だったそのグループは次第に大きくなっていった。
これには有栖の方針が大きく関係している。
力により悪を成敗し、警察では対処しきれないことに対処する……それが基本方針なのだが、その際に成敗して和解できた子供や、恩義を感じてついてきた子供に対して来る者拒まずの姿勢で有栖は対応していたのだ。
幼稚園時代に培っていた根っからのリーダーシップが発揮された形とも言える。
これに関して真白は特に異論を出すつもりはなかった。
活動において重要なものの一つ、それは組織力だ。
頭数を増やすということは二人だけではできない色々な事ができるようになるということ。
例えば陽動作戦だったり、人海戦術だったりだ。
これは真白だけの考える最終手段ではあるが、いざという時に有栖のための贄として消費することができるコマ……。
それを多く持っておくのも悪いことではいと思っている。
さてさて、何はともあれそんなわけで、羅美吊兎叛徒はどんどん頭数を増やしていった。
賑やかな日々はまるでクラブ活動の一種のようでもあり、沢山の人と過ごす時間というのは有栖から少しずつ傷を減らしていった。
のだが……それがかえって悩みの種でもあるのだから、人生は難しい。
有栖は少しずつ戻ってきた味覚を頼りに、食レポメモを作りながら息を吐いていた。
「ふう……」
「あれ、有栖ちゃんどうしたの? 浮かない顔だね」
「ああ……見ろよ真白、食レポメモ……味覚が結構回復してきてさ、少しは詳細に書けるようになってきたんだ」
「ほんとだ、前は甘いとか辛いとか簡潔だったのに、どう甘いかとかまでしっかり書けてる! でも、それがどうして悩ましいの?」
真白の問いに、有栖はペンを口元に持っていき顔をしかめる。
そして……手元のココアを飲むと、雪が降る窓の外を見つめた。
今居る場所は、真白提供により羅美吊兎叛徒のアジトにしている借家だ。
普段暮らしている家ではないが……しかし、それでも雪を見ているとあの日を思い出してしまう。
「……羅美吊兎叛徒を初めて、楽しい思い出が増えたよ、おかげで少しずつ味覚も戻ってきた、チョコの甘さとイチゴの甘さの違いが分かるようになったんだ」
「うんうん……」
「それでさ、少しは昔を思い返す余裕も出たかなって美羅との日々を思い出そうとした……でもダメだったんだよ」
有栖はそう言うと、立ち上がって窓に息を吹きかける。
白く曇ったガラスを拭い、そして外をじっと見つめた。
白い、白い雪……。
全てを包むかのような雪だ。
「この雪で美羅と遊んだことも有ったはずなのにな……もう全然思い出せない、楽しい記憶は全部薄れて、気付けば辛い思い出ばかりしか思い出せないんだ、アイツとの時間は救いの一つだったはずなのに……」
「……そんなもんだよ、人の脳には限界が有るもん、全て覚えてるなんて神様でもなきゃ無理だ」
「……ま、そうだよな……そうだけど、そうだからって割り切れないんだ」
人であるが故の限界、それを受け入れられないのは人であるが故の弱さか。
ある種、誰よりも人間らしい顔つきで有栖は苦しむ。
そんな彼女を真白は抱きしめ……そして、窓際のソファーへと静かに押し倒した。
「忘れさせてあげようか? 少なくとも今は私のことしか感じられなくしてあげれるよ?」
「……バーカ、今はそういう季節じゃないだろ」
「どうだろ、寒いから暖め合うんじゃない? 冬のせいにしてさ……」
「ん……」
唇を奪われ、有栖は目を細める。
感じ慣れたキスの味、ホットココアの熱と味が少しだけ残った甘いキス。
古人曰くキスはレモンの味がするそうだが、ところがどっこい二人のキスはいつだってチョコの味だ。
薄らと感じるようになってきたその味に、有栖は頬を少し赤らめる。
まあ悪い気分ではない、ここが共用住宅でなければ……だが。
今はここに二人しかいないとはいえ、いつ他の者が来るかも分からないのだ。
舌を絡め合い互いの唾液を啜るような深いキスも悪くはないが、まあ今はそこそこで済ますとしよう。
そう考えながら真白の官能的な舌遣いを味わっていると……部屋のドアがノックされた。
「姉御! 姉御! 緊急事態!」
「ん……おっと、時間切れか」
「続きはまた今度な、分かった今行く!」
口では平然としつつも、顔を赤くしている有栖。
そんな彼女が愛おしくて、真白は二人の口紅が混じり合った唇を艶めかしくなで回す。
桃色の口紅はまるで甘い魔法のようだと誰かが昔言っていたが……。
互いの紅が混じり合って生まれた桃色は、確かに甘美な味を感じる……。
しかしこれだけではまだ足りない。
今度は、とっておきのオーデコロンでも纏って更なる誘惑をしてみようか。
そう考えながら、真白は伸びをするのだった。
「で……緊急事態って何かと思えば……」
「やあ、有栖」
「親父……何か用かよ、あたしの活動には関わらない約束だろ」
「いや……そういうのじゃなくて、仕事上がりに近くまで来たから様子を見に来ただけだよ、怪我してないかとかさ」
どうやら、緊急事態というのは有栖の父がやって来たということらしい。
仲間が焦っていたのは「大変、パパが来た!」とでもいった理由だったのだろう。
父曰く、ちょっと寄っただけだから良いと言ったのに、有栖を呼びに行かれたらしい。
有栖は「余計なことを」と内心呆れ、息を吐いた。
「にしても……こんな駅から遠いとこによく来たな、親父は神宮西から地下鉄通勤だろ?」
「ああ……今日は一緒に帰ろうって車に乗せて貰ってたんだよ」
「よっ、相変わらず無茶ばかりしているのか?」
「……! 鹿野山のおばさん!」
鹿野山のおばさん、父の幼馴染みであり現在の上席でもある大社長。
そんな彼女が車にもたれながらウインクをしている。
どうやら彼女が父を送っていたらしい、もしかすると一緒に食事をしがてら……といった流れなのかもしれない。
「え、有栖ちゃんって鹿野山社長と知り合いだったんだ」
「ん……? ああ、誰かと思えば稲葉組の、これも数奇な運命という奴か」
「は? おばさんと真白って、知り合いなのかよ」
「ビジネスパートナー……の娘さ、おっと……でも飽くまで私は建設会社としての稲葉組の力しか借りていないからな、鹿野山グループは頭からつま先まで清廉潔白、ユニコーンも微笑む綺麗な体だ」
有栖は正直、父以外の大人に対して若干の不信感を抱いている。
だが鹿野山は別も別、俗に言う特例措置というやつだ。
彼女は両親や真白と同じくらい付き合いが長く、そして筒本の一件以来落ち込んでいた父を献身的に支え、社会復帰までさせてくれた恩人……。
愛はあれど、罪悪感に端を発するギクシャクした気持ちを抱えた自分ではできなかったことをしてくれた立派な人物。
そんな人物に不信感を抱いては流石に失礼というものだ。
一方、真白は鹿野山と父の二人を見比べて「ほーん」と呟いている。
ただの幼馴染みと有栖は考えているようだが……。
しかし、異端者ではあれども同時に恋を知る乙女である真白には分かる。
何故社長という立場である彼女がビジネスパートナーたり得ない貧乏な幼馴染みをこうも気にかけるのか。
身内人事と言われたろうに、それでも雇用したのか……何となく察してしまう。
ビジネスの繋がりしかない稲葉組と話している時と比較して、どうも顔つきが優しいのも彼女の確信に拍車をかけていた。
「にしてもおばさん、どうやって稲葉組と繋がりなんて持ったんだよ?」
「元々、若頭……真白の親父さんが大学の同級生だったんだよ、それで結構な付き合いがあってね、表向きはリーズナブルが売りの建設業って話も聞いてたわけだ、だから親の会社を引き継いでからは良いビジネスパートナーになってね」
「なるほど、次期社長と次期組長で通じる物があったわけだ」
こうして親しげに話す二人……。
その関係が、果たして今後どう変わっていくのか……。
それは然しもの真白にも一切予想はできない。
まあ何にせよ、それが有栖を苦しめないのであれば有栖第一主義の真白はただ見守るだけだ。
急に社長令嬢となる……そこまで環境が大きく変化すれば、きっと戸惑うだろうし、辛いこともあるだろう。
しかし総合的に見ればこれはマイナスではないはずだ、真白はそう思っている。
何はともあれ、有栖はそんな目算も知らず鹿野山と笑いあうのだった。
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