何の因果か異世界転移! スケバン令嬢の筋通し

The Sukeban Lady Adventure
光陽亭 暁ユウ
光陽亭 暁ユウ

箸休め

間奏の物語その11 商業化5か月記念 虫は平気な連中です

公開日時: 2021年7月31日(土) 12:01
文字数:3,342

「そういえば、有栖さん達って不思議ですよね」

「は、何がですの?」


 これは旅の一幕、とある場所での休憩時にて……。

 有栖は突如、ステビアに不思議だと言われてしまった。

 確かに世間ズレしているきらいは自分でも感じていなくはないのだが、こうも面と向かって言われてしまうと若干傷つく。


「ああ、いえ、悪い意味じゃないんですよ! ただ、蜘蛛獣人の見た目って長い付き合いにでもならないと敬遠する方が多いのに、有栖さんや真白さんは平気そうだなあって、不思議で」


 多腕を全力で振り、大慌てになるステビア。

 どうやら、彼女は有栖達が見た目でステビアを敬遠しないことに興味を持っているらしい。

 確かに初対面では驚いたものの、それ以降は普通に接している……。

 そのきっかけは何だろうか、有栖はふと考え込むのだった……。




 時は遡り、羅美吊兎叛徒として活動していた時代。

 有栖達の仲間には一人の変わった女の子がいた。

 名はふるあん、見た目としては中肉中背で身長も平均的な普通の少女だ。

 性格的にもごくごく優しい、良い子としか言いようがない女の子。

 だが、杏里には一つの特殊な能力があった。


「ほらお食べ、喉を詰まらせちゃダメよ?」

「杏里、今日もちゅの餌やりか?」

「ええ、この子達もいっぱい喜んでいますよ」


 後ろから声をかけた有栖に対し、穏やかに笑いながら振り返る杏里。

 その後ろには虫カゴが置いてあり、中には彼女が飼っている虫が居た。

 どんな虫なのかというと……大きな蜘蛛だ、それもタランチュラ。

 最初はみな、この蜘蛛にビビっていたものの……いざ触れてみると穏やかで可愛いし毛並みも綺麗と段々人気になっていき、今や羅美吊兎叛徒の一員として数えられている。

 そんなわけで、このタランチュラは種名に入るチュラとウチナーグチの美らをかけて、綺麗な蜘蛛の美ら子と呼ばれているのだ。


「しかし、未だに蜘蛛の気分は分からんな、杏里みたいに便利な能力が有れば良かったのだけども」

「ふふ……確かに私は虫の声を理解できるけれど、でもそれだけじゃないんですよ、虫たちに表情がないのだとしても、それでも感情は有りますから、些細な動きの一つ一つから感じ取っていくんです」


 杏里はそう言いながら、美ら子を優しく撫でる。

 その様子を見ながら有栖は少し微笑ましいと感じていた。

 きっと、タランチュラの温厚さや可愛らしさを知らなければこうは思わなかったのだろうな……と思うと、こうして経験を得られたことに感謝が芽生えてくる。

 良い経験をさせて貰ったものだ、心からそう感じるのだ。

 この経験を何かしら明日に役立てるにはどうしようか、有栖はそんなことを考えながら目を細めるのだった。




 ……時は戻って現代。

 有栖は手を勢いよく叩き、思い出したと言わんばかりの顔をする。

 玉兎の一件などもあって羅美吊兎叛徒に関する細かな記憶が少し曖昧になっていた部分があるが、振り返ることでしっかりと思い出せてきたのだ。


「そうだ! 羅美吊兎叛徒の仲間に虫好きで虫の言葉が理解できる子が居たんですわ!」

「様々な虫の言葉が、ですか?」

「ええ、少し過去の記憶が曖昧になってた関係で忘れてましたけど、すっかり思い出しましたわ!」


 喉の中のつかえが取れた、そんな気持ちで笑みを浮かべる有栖。

 一方、ステビアは少し訝しげな様子だ。

 蜘蛛獣人の表情はあまり分からないが、しかし杏里の言っていたとおり一挙一動から訝しげな様子が見てとれる。


「……ん? どうかしましたの?」

「いえ……虫の言葉、って……各種の虫に共通する人間のような言語は有りませんし、どういうことなのかなって……」

「え?」


 虫に共通の言葉はない、確かに言われてみればその通りだ。

 共通の言語で意思疎通を交わしている生物など、人間や獣人、魔物などを除けばあとはカラスくらいしかパッとは出てこない。

 では何故、杏里は様々な虫の考えを理解できたのだろうか?


「私、思ったんですけど……杏里さんという方は一種の異能者だったのでは?」

「異能者……?」

「ええ、だから虫との意思疎通が図れたんだと思います」


 異能者、そう言われると何も否定は出来ない。

 有栖達の世界に異能の存在が居るのは、有栖自身が身を以て証明しているのだから。

 意外と異能者とはありふれた存在だったのだろうか?

 有栖は混乱しながらも、かつての仲間達に思いをはせる……。

 そこへ、真白がやって来た。


「あれ、二人ともどうしたの深刻そうな顔しちゃって」

「ああ真白、いや……羅美吊兎叛徒と仲間にさ、杏里っていたろ? 虫好きの」

「あー、なるほどね、杏里ちゃんや美ら子の話をしてたんだ、それで?」

「いやさ、様々な虫の言葉が分かるって言ってたけど……虫に共通の言語なんて無いし、もしかしたら異能者だったのかもって話になってさ」


 有栖の言葉を聞き、真白は「あー、確かに」と呟く。

 当時はまだ中学生だったのもあって、虫の言葉というものが存在しているのだと思っていたところが有った。

 だが、確かに今となっては異能者と言われた方がしっくりくるだろう。

 真白もまた、異能者って存外ありふれてたのかもねえと呟きながら腕を組んでいる。

 そして……ふと、一つの可能性を思いついて指を鳴らした。


「そうだ! 実は杏里ちゃんのお友達はみんなステビアさんみたいな虫獣人でさ、みんな人の言葉を話していただけとかもあり得るかもよ?」

「みんな虫獣人、ねえ……」


 真白の言葉を聞きながら、有栖は過去に杏里が言葉をぶつけていた虫を思い返す。

 蜂に対して「お願い、刺さないで」と言った結果蜂が唐突に引き返したり、蜘蛛といつも語らったり、アジトに入り込もうとした蟻へ「この中に入ると殺されちゃうよ」と言ったら蟻の編隊が突如動きを変えてよそへ言ったり……。

 ゴキブリへと「ごめんね、ここはあなたたちが居る場所じゃないの」と伝えると、ゴキブリが外へ出て行き以後一匹も……なんて事も有った。

 アレが全部虫獣人だったのならば、そうそうたる顔ぶれと言えるだろう。

 特にゴキブリ、二足歩行のゴキブリ獣人などというのは中々世間受けのしない逸材だ。

 だが……有栖達は、不思議とゴキブリ獣人と言葉を交わす自分達が想像できる。


「……ゴキブリ獣人、思い浮かべると存外平気だな、アタシ達」

「だね……やっぱこれって、あの子のおかげかなあ」

「あの子って、先程仰ってた杏里さんですか?」


 ステビアの問いかけに、有栖達二人は同時に同じ早さで寸分乱れず首を振る。

 ステビアが思わずビックリするほどの、圧倒的速度……。

 それくらい強烈な相手がいたのだ、記憶が曖昧になろうとも忘れないくらいの……。

 どれくらい強烈かというと、恐れ知らずの真白ですら少しトラウマになっている程だ。


「羅美吊兎叛徒の仲間にサバイバルマニアがね、いたんだよね」

「……非常時のタンパク源は虫が一番手っ取り早いってクチでさ……」

「なんですか、その末恐ろしい思想は」


 末恐ろしい思想、そう言いながらステビアは身を震わす。

 確かに、蜘蛛獣人からすれば虫食など恐怖そのものだろう。

 言うなれば、人間が食人について耳にしたようなものだ。


「……災害などの非常時に備えた訓練で食わされたんだよね、調理済みの……虫」

「蜂はまだ良かった、蟻だってまだマシだった……問題は、最大の問題は……ゴキブ」

「言わなくても大丈夫です! 大変でしたね……お二人とも……同情しますよ……私だって、人間とか食べたくないですもん」


 どうやら、人間にとっての虫食は蜘蛛獣人にとっての食人と似た感覚らしい。

 どちらも共通して言えるのは「食用の認識がない異種を食べさせられる」ことだろうか。

 決して、蜘蛛獣人にとって人間は虫のようなものという意図ではないはずだ。

 何はともあれ……これで有栖達が虫を恐れない理由がよく分かった気がする。


(……良い顔ぶれに、恵まれたなあ)


 共に暮らしてきたステラ、山育ちのミラ、貧民街育ちのクリス、下水道育ちのオノス、しっかり者のデネボラとシャハル、そもそも虫など恐れないラーミナ、虫以上の異形も多く存在するモストロ生まれの朧と矢車……。

 そして有栖達、色々な意味で虫になれている二人……。

 虫は平気な連中が旅の仲間で良かった、ステビアはそう考え、深く感謝する。

 そして……全世界のみんなが、これくらい虫を平気ならなあと考えるのだった。

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