これはミラと有栖の再会より少し前……。
二つの戦いの間……。
ドートに移住して数日のゼン達は息を吐いていた。
「二人とも、馴れた……?」
「ぜんっぜん、こうも建物が高いと落ち着かないよー……」
「なんていうか……見上げすぎで肩こっちゃいそうじゃん、かったる……」
三人はまだドートへ来たばかりなのもあって、ビルなどのある町並みに馴染めないのだ。
多くの建物が城郭かそれ以上の高さ……。
ここ最近は平屋ばかりの新イラソル村で暮らしていたのもあって、目が回ってしまう。
三人はドートでも以前と同じく三人暮らしをしているのだが、こんな理由も有って選んだ家は平屋だ。
場所は旧世界でいう徳川町、徳川園という伝統ある庭園も近くにあるのだが……まあ、旧世界のことなど知らない三人には関係のない話だ。
「ビルだっけ、あのでっかい建物、フィロ先生はよく住めるよねー」
「ね、大人の順応力ってすっごいわ」
歩道の縁石に座り、三人は空を見上げる。
しかし……ビルに遮られて一面の青とはならない。
そんなことを考えて辟易していると、三人の視界に一人の少女が入ってきた。
真白の養女、稲葉晴だ。
「三人とも何で空見上げてるの?」
「あ、ハルちゃんだ、ビルって中々馴染めないなーって」
「なるほど、分かるなあ、私も最初そうだったもん」
晴もまたこの地にとって外様の人間。
というより……思えば北部禁足地にとって外様でない人間などロックぐらいのものだ。
そう考えると、皆頑張って馴染んでいるのだなあ……と感じて三人は感心の息を吐く。
「で……馴染めなかったハルはどうやって馴染んだの?」
「ここだけの楽しさを見つけたんだ! よかったら、皆も一緒にやりに行く?」
問いかけながら、晴は背中にしょっていたカバンを見せる。
カバンと言っても一般的なリュックサックの類いとは異なるものだ。
なんというか……縦に長い。
「これ……何が入っているの?」
「へへん……これだよ!」
「何これ、鉄の棒……? 鈍器?」
「これはね、バットっていうんだ! かつてこの北部禁足地が愛知だった頃……超古代文明の時代に使われてたスポーツ用品なんだって!」
「へー……じゃあ、この鉄の棒が北部禁足地自体と同じような歴史的遺産なんだー!」
「そう言われると……なんか途端に凄いものに見えてくるじゃん」
晴の取り出したバットをしげしげと眺める三人。
ごく普通の銀色をしたスチールバットに、黒いゴムが持ち手として巻かれている。
シンプルイズベスト、を形にしたかのような無地のバットだが……それでも、かつての世界を知らない子供達からすれば新鮮なアイテムだ。
「で……これを使ってどうやって楽しむの?」
「専用の施設を使うんだよ、この近くにあるんだ、一緒に行く?」
「うん、見てみたい!」
晴の提案にゼンが目を輝かせる。
どうやらこのまま四人で行く事で決定になりそうだ。
まあ、ヒルデガルト達も暇をしていたのは事実。
向かうこと自体に文句はない。
「じゃあ、こっちこっち!」
「走んないの、転んで怪我したらかったるいよ」
バットを仕舞い走り出す晴。
そんな彼女をセルマが注意し、ヒルデガルトが続く。
彼女達の後ろでゼンも慌てて立ち上がり、三人へ続いた。
「そういえば……北部禁足地の道って、なんで区切られてるんだろう? ハルちゃんは知ってる?」
「うーん……確かに何でなんだろ、もしかしたら昔は馬の行き来とか有ったのかも」
かつての世界なら車の危険もあったが……ガソリンは流石に劣化しきっているため、今の世界ではそんなものはない。
真白の与え動かす力により無限動力化したアスペンケードが一応有るが、そちらは搭乗訓練をしたもの全員に「市街地での使用禁止」が厳命として言い渡されている。
そのため、四人は道路の真ん中を悠々と歩き、目的地へと向かっていく……。
かつてこの道が、道の隅っこで朽ち果てている車のために使われていた物だなんて知りもしないのでお構いなしだ。
「この先にね、バッティングセンターっていうのが有るんだ、そこで汗を流した後のお風呂が気持ちいいんだよ」
「バッティングセンター?」
「飛んできた球をバットで打って、野球の練習をするの」
「ふうん、訓練場みたいなもんか」
他愛もない話をしながら、四人は目的のバッティングセンターへ向かう。
そんな中、セルマがふと上を見ると……標識に大曽根と書かれているのが目に入ってきた。
いわゆる指示標識、青看板とも呼ばれる標識だ。
「この大曽根ってところが目的地なの?」
「うん、そうだよ! そこにバッティングセンターが有るんだ」
「ふうん……しかし、わざわざモストロ語とプルミエ語の二つで書かれてるなんて、昔はどっちも同じ国で使われてたのかな」
漢字表記とローマ字表記、それをただ並べているだけでも子供達からすれば滅びた世界の未知なる表記だ。
そんな風景を眺めながら歩く子供達……。
その頭上を、大きな影が通る。
特訓帰りの有栖とステファニーだ。
「あっ、有栖さんとステファニーさんだ」
「よくビルとぶつかったりせず飛べるなー、おーい!」
両腕で手を振るヒルデガルト。
彼女の声に反応し、二人が空中で静止する。
そしてゆっくりと舞い降りてきた。
「お、四人で何をしてるんだ?」
「三人をね、バッティングセンターに案内してあげるの!」
「バッティングセンター? そんなの有るのか」
バッティングセンター、そう言われた有栖は意外そうな声を出す。
有栖の知る名古屋市では、バッティングセンターは数えるほどしか存在しないのだ。
そのどれもがどちらかと言えば僻地寄りの位置に存在し、大曽根近辺になど無かったはずなのだが。
「こういう所で、慣れ親しんだ場所のようでも異世界だと感じるもんなんだな」
「どうかしたの?」
「いや、なんでもない、力いっぱい握りしめて楽しんで遊んでこいよ」
「うん、またね!」
有栖やステファニーと互いに手を振り、そのまま歩き出す晴達。
その様子を見ながら、有栖は少し感慨深げに息を吐いた。
ステファニーは何となくその顔を覗き込み、首をかしげる。
「おや……どうかしましたか?」
「昔を思い出してたんだ、羅美吊兎叛徒の仲間達とバッティングセンターでよく遊んでたなって」
当てる度にホームランを出す強打者の姫宮。
当てはするがボテボテのゴロ玉ばかりのヘレナ。
完全ノーコンの杏里。
そして……平均的な打率の真白と自分。
……懐かしい話だ。
「皆はこの5年、どう過ごしているんだろうな……元気に、幸せにいてくれればいいんだが」
「幸せ、ですか……誰もがみな平等にその権利を持ち、しかしその基準が全員で違うからこそ皆簡単に幸せを掴むことはできない……難しい命題です」
「だな……一人の幸せが他の幸せを乱すことだって有る、本当に……難しい話だよ」
誰だって幸せになる権利が有る、それはそう。
生きている限り希望はある、それもそうなのだが。
しかし……幸せを、希望を掴むというのは険しい道であり、いつだって難しい。
「せめて……あの子達は上手く幸せに生きて欲しいものですね」
「そうだな、四人仲良く、どこまでも幸せに……」
バッティングセンターへ入っていく四人を見守り、ステファニーは目を細める。
件のバッティングセンターはどうやら、有栖達の世界ではパチンコ屋のあった場所に存在するようだ。
元の世界と同じく、隣には銭湯が備わっており……恐らく、電力の復旧している今、問題なく入浴することも出来るのだろう。
バッティングセンター汗をかいた後、風呂で汗を流す……。
実に理想的な流れだ。
「……風呂か、そういえば怪獣になってから海で体を洗うことはあっても風呂には入れてないな……またいつか、真白と入りたい……そうできたらな」
遠い日に想いを馳せ、有栖はうつむく。
……だが、遠い日は結局過去、もう戻ることなど出来ない。
それを覚悟の上で怪獣になった、それに怪獣となった体でも幸せは掴める。
だとしても……それでも、少しだけ辛いと感じてしまう。
そんな自分を少し恥ずかしく思いながらも……有栖は、ならば自分の得られる、得るべき幸福な未来とはどんな形なのだろう?
そう、真白と自分の未来に向けて想いを馳せるのだった……。
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