ギャンブルにはまり、スリルを求め……。
そこまではさておいて、そこからが問題だ。
背筋を伝うスリルの快感、勝ちへの渇望……。
それを求めること自体はさておき、求めるにも具合というもの、加減というものがある。
シャハルは……求めすぎたのだ。
「……ここが、民の租税を保管する場所……」
少しだけ、ほんの少しだけ……。
カジノで使う金が欲しい、ただそれだけだった。
そんな悪心からシャハルは家の金庫に手を出し……。
そして、あっさりと親に見つかった。
実に子供らしい話だ。
できることの限界を弁えず、自制も効かない。
子供なら誰でも持っていて当然の愚かさだ。
しかし親はそれを許さなかった。
「お前は! 私達の期待を裏切って……! お前を育てるのに幾らかけたと思っている! その源流は民の金なのだぞ!? お前は私達だけではない、民をも裏切ったのだ!」
父の言うことももっともだ。
だがシャハルは納得しきれなかった。
確かに自分は罪を犯した、しかしその原因は自分だけではない。
父も母も自分を民のための道具として扱ったのだ。
何の娯楽も与えずただ貴族という社会の部品として完成させようとした。
それ故に初めての娯楽へと夢中になったというのに。
なのに自分だけが責められるのか?
一方的に頬を殴られ、腹を蹴られ……。
シャハルにはどうしてもそれが受け入れられなかった。
「そもそも……あなた達は私に押し付けるばかりで、何も与えようとしなかった! そのせいじゃないか、だから私はようやく得たカジノという楽しい物を手放せなかった! あなた達が何もくれなかったから! なのに……!」
そこまで言ったところで、また頬を殴られた。
突き刺すような痛みを堪えながらシャハルは父を睨む。
そんな彼女に父は冷たかった。
普通の親子のように対等の喧嘩すら存在しない。
一方的な怒りと断絶がそこにはあった。
この日を境に、シャハルは親に勘当され令嬢であることを捨てさせられたのだ。
弱冠13歳、誕生日数週間前の出来事だった。
(……世界は理不尽だ、腐敗貴族だと言われていたカジノ仲間は誕生日が近いと言えば祝ってくれた、でも親からはそれすら貰えず、今まで押し付けられてきた物すら奪われた、全部、全部……もう私には何もない)
家を追い出され、身一つで家を見つめるシャハル。
彼女に残っていたものは身を襲う痛みと睨み付ける衛兵の冷たい目だけだった。
この間までは令嬢ともてはやしていたくせに、立場が変わればこうなるのか、と軽蔑してしまう。
誕生日を祝ってくれたカジノの友は、腐敗貴族として罰されてもういない。
優しくしてくれたディーラーもきっと摘発の末に投獄されたのだろう。
今まで、13年……貴族として教育されてきた。
しかしその意味すらもう無い。
今までの人生など全て、何もかも無意味だった。
押し付けるだけ押し付けて奪うのが世界の本質なら、もう生きていたくなどない。
シャハルはそう考えながら、商家の馬車の前へ飛び出した。
痛みと共に意識が飛ぶ、しかしこれでもう痛みを感じることもないのだろう。
そう思ったが……しかし、次に意識が戻った時、彼女は痛みを感じながら目を開いた。
つまりそれは死んでいないということ。
シャハルは内心絶望しながら静かに目を開く。
そんな彼女の目に飛び込んできたのは……心配そうに顔を覗き込む兎獣人の紳士、デネボラの顔だった。
「……目が覚めたようで良かった、私の馬車と衝突した時はもうダメかと思いましたぞ、若い子が自殺などするものではありませぬな」
「……すいません、ご迷惑をおかけして……」
シャハルはこれでも博徒として活動していた身だ。
人の善し悪しを見分ける力……審美眼、観察眼に近いものは持っている。
だからだろうか、目の前の男デネボラはいい人だと言うことがよく分かり……だからこその辛さというものがあった。
罪を犯し、何もかもを奪われ……何も持っていない自分とは違う。
そう感じたのだ。
「……その、すぐ出て行きます」
「いえ、その必要はありませんよ、子供が何一つ持たず馬車の前に飛び出す……それも服装を見るに貴族の子供だ、そんな子供が自殺を試みるなどよっぽどの事情があるのでしょう? いたいだけここにいれば良いのですよ」
「……は、はい……」
父も母も他の家族も、自分には何もくれなかった。
だが彼はこうも良くしてくれる……。
それが温かく感じて、悪い気分ではなかった。
……だからこそ、鼻がツンと痛くなってきて涙が出てくる。
気付けばシャハルはかけられていた布団に顔をうずめて泣きじゃくっていた。
そんなシャハルをデネボラは深く問い詰めず、ただ見守ってくれている。
何も押し付けない、何も奪わない。
それが凄く嬉しかった。
「行く当ては有るのですかな?」
「いえ、それは……」
「ではここで暮らしませんかな、ちょうど……私も一人暮らしは寂しいと感じていたところでしてな」
願ってもない申し出だ。
だが……ただ世話になるというのはシャハルの価値観に反する。
何かできることは無いか……そう考えたシャハルは、家には何人か使用人がいたことを思い出す。
「あの……こちらのお屋敷に、使用人の方は」
「お恥ずかしながら……先ほども話したとおり使用人も妻子も無し、完全な独り身の30代ですな」
「じゃあ……私、ここで働きます! メイドとして雇ってください!」
深々と頭を下げ、急に体を動かしたせいで「いたた」と声を出すシャハル。
そんな彼女に、デネボラは一瞬面食らう。
しかし、すぐに頷くと彼女の頭を撫で「これからよろしくお願いします」と笑うのだった。
こうしてシャハルはデネボラと暮らしはじめたのだ。
二人で暮らす日々は、実に楽しいものだった。
最初は慣れない家事全般に苦労したが、何度もやり直すのは不思議と苦ではない。
やはり、顔も知らない民達などという漠然とした存在では無く、目の前にいる恩人という隣人のためだから……だろうか?
同じように、このティエラの大地において有数の柔術家であるデネボラから、柔術を教わるのも苦ではなかった。
押し付けられた勉学ではない、自ら望んでの習熟というのはこんなにも楽しいのだ。
それを感じるのは賭博にハマった時以来……。
今はひりつくようなスリルに変わって、自ら新しいものへ手を出す快感を楽しんでいた。
それを与えてくれる存在であるデネボラへの恩義は当然深まっていき……。
シャハルは気付けば、彼のことを新たな父と感じ始めていた。
失った家族の代わりというのは失礼だが、彼ならば自分の穴を埋めてくれる……そう感じるようになってきたのだ。
それはデネボラも同じようで……段々と敬語は薄れ、シャハルには自然体で接するようになってきた。
……そんな中、シャハルは少しずつ自分の素性を彼に明かして良いかもしれない、そう思うようになってくる。
彼ならば、自分が廃嫡された理由を聞いても軽蔑せずにいてくれる、頬をはたいて責め立てたりなどしないはずだ、と……。
だが……奇しくも彼女が覚悟を固めるより早く……その日はやって来てしまった。
「あれ……デネボラ様、どうかされましたか? お早いお帰りですね」
「ああ……少しね、今日は南の街……アーデルまで商いに向かおうと思っていたのだが……取りやめにしようと思って」
アーデル、それはシャハルが暮らしていたシャレム家の領地だ。
その名前を聞いてシャハルは顔を強ばらせる。
あの時感じた感情は憎悪か、怒りか、それとも不安か……今ではもう分からない。
何故なら……。
「……アーデルで何か?」
「……シャレム家の嫡男が両親を殺したらしい」
「え……?」
デネボラの言葉に、シャハルは手に持っていたグラスを落としてしまう。
自分が廃嫡された以上、弟が後を継ぐのは当然だと思っていた。
その弟が、両親を殺害した。
そう言われて動揺しないわけはない。
「今も、彼は妹を連れて逃亡中で衛兵達は必死の捜索をしているらしい……そう始原新聞社がね……早馬で号外を出していたよ」
始原新聞社、それは最新の魔術印刷技術を用いてプルミエ国西部地域に情報伝達を行う組織だ。
主な移動手段は馬であり、その情報伝達速度は国内随一とされている。
そんな彼らが、急いで号外をばら撒くのだ。
信憑性の高い緊急事態と見て間違いないだろう。
「……私のせいだ」
「シャハル……?」
「私が、勘当されて廃嫡されたから……今まで私に押し付けられていた教育が弟に行って、弟はきっとそれに耐えきれず……弟は、私のように最初から押し付けられていたわけではなく、途中からだから……きっと、疑問に思って……耐えきれなくて……」
シャハルの言葉に、デネボラは彼女の生い立ちをだいたい察する。
そして首を左右に振るとシャハルの肩を掴んだ。
それだけで、少しだけ動揺が収まった気がする。
「落ち着いて、聞いた限りでは……余程厳しい教育が行われていたと見える、それも虐待の域に達するような……冷たいようだが、弟の彼に刺されたというのは……」
「はい……自業自得だとは私も思います……良き父も同然であるあなたを知り、私は彼らがしていたことが虐待だと理解したのです、ですからその言葉には頷かざるを得ません、でも……その虐待から私が逃げたせいで弟は……私がデネボラ様に保護されてから、ちゃんと向き合って告発すれば罪を犯すこともなかったのに……」
自責の念に胸を締め付けられ、シャハルは涙を流す。
しかし、彼女にできることは家族の無事を祈ること……ただそれだけしかない。
弟が無事でありますように、妹が無事でありますように。
できれば衛兵に捕まらず、どこか遠くへ逃げて欲しい。
この国の外でも、いっそモストロくらい遠くまでも……。
ただただそう祈るしかできないのだった。
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