「へっ、ド三一が! あたしの相手をしようなんざ、二十年早いぜ!」
「ち、ちくしょー……お前、二十年もまだ生きてないだろうが!」
勝ち誇る有栖へと、不良が叫び声を上げる。
今日の相手は違法麻雀で近隣の子供から金を巻き上げていた不良だ。
彼らの噂を聞きつけた有栖は、駆けつけて警察が対処するよりも早くその拳を振るったのである。
行為の是非はさておいて、自分のおかげで救われる人間が出るのは良い気分だ。
そう考えている有栖のもとへ、妹分の一人落雁玉兎が走ってきた。
「姉御ー! みてみて! こいつらこんなに金持ってるよ!」
「でかした、じゃあその金……ガキどもに返してきな!」
「はいよ、アタイにお任せ!」
駆けだしていく玉兎、その背中を見送った後有栖は不良達に向き直る。
そして彼らへゆっくり歩み寄り……不良達は、とどめを刺されるのでは無いかと目を閉じる。
だが、一向に痛みはない。
恐る恐る目を開けると、目の前には屈んで顔を覗き込む有栖がいた。
「……で、テメエらはなんでこんな事したんだよ?」
「な、なんだよ……とどめ刺さないのか……?」
「バーカ、金はガキどもに返して、仕置きもして……通す筋は通したろ、これ以上なんでやる必要があんだよ、ったく……」
有栖の温情に彼らはただただ戸惑う。
悪党を片っ端からボコると噂のスケバン……。
そのご本人様にしては、優しいと感じたのだ。
「で……小学生が持ってるなけなしの小遣いを毟ってまで金を集めた理由、言ってみな」
「それは、その……」
「お前ら確か、駅前の雀荘でバイトしてる高坊だろ?」
「はっ、中学生に高坊扱いかよ……いや、ガキから巻き上げるくらいおちぶれりゃ、確かにお前らよりもガキか……」
肩を落とす不良達、彼女達にも事情があるのだろう。
それを聞かずに即断で警察に突き出すほど、堅物というわけでもない。
聞くだけ聞いて納得できるなら、受け入れてあげる……。
それが有栖のスタンスだ。
「……あたしらが働いてる雀荘、そこの店長に脅迫されてるんだよ」
「脅迫って?」
「金だよ、分かるだろ……金を集める理由なんてそれくらいだ、あたしらの小遣いや給料だけじゃ足りない金を、脱衣所の盗撮写真と引き換えにって脅されてるんだよ、あたしらが警察に言えばばら撒くって……」
彼女達の言葉を聞き、有栖はなるほどと頷く。
そして腕を組むとゆっくり顔を上げた。
その顔は何をすべきか分かった様子で決意に満ちている。
「分かった、任せろ」
「……なんだよ、何をするんだ?」
「ようは……アンタらが動いたと思われなきゃ良いんだろ? なら……こっちにも手段がある、真白!」
「オッケー、とっくに準備できてるよ」
真白は笑いながら、目出し帽と紋付きのドス……そして明らかに実銃にしか見えない特注品のモデルガンを取り出す。
明らかにカタギの物ではない。
それを見た瞬間、少女達は二人の意図を察した。
少女達が報復に走らなければ盗撮写真をばら撒かれることはない。
故に、通りすがりの若い鉄砲玉二人組が店を破壊し尽くしたように見せかけるのだ。
勿論若すぎるきらいは有るのだが……しかし、明らかにカタギではない装備でいけば信憑性はある程度高まるはず。
この行為には当然相応の危険があり、リスクもまた存在する。
だがやる価値は十二分に有るだろう。
そう考える有栖を二人はまるで恐ろしい物を見るかのように畏怖の情を込めて見つめた。
「……な、なんだよ……どうして見ず知らずの人間にそこまでする?」
「そうすべきだと思っただけだ、何も特別なことなんて無い」
「おかしいだろ! そうすべきと思ったのと、実際にそうするのは普通繋がらない!」
彼女達の言葉もごもっともだ。
リスクを負うことを考えれば少しでも躊躇するのが普通だろう。
だが有栖も真白も普通ではない。
有栖は強い……強すぎる後悔を抱え、もう後悔をしないためなら躊躇わずに動く。
今回は雀荘店主を放置してこれ以上子供達からの巻き上げが続けば警察が流石に動き、そうなれば彼女達の画像が晒される可能性があると考慮しての行動だ、故に迷いはない。
真白はそんな有栖のしたいことを有栖に不利益のない範囲で行う、その為なら何人傷つけようが構わないと考えている。
故に二人は躊躇わない……彼女達は一種異常な存在なのだ。
「いいから、ここはあたし達の厚意に甘えておけよ、早速作戦会議だ」
「オッケー、腕が鳴るねえ」
笑いながら歩き出す二人、その背中を見ながら不良は「狂ってる」と呟く。
そう思われるのも仕方がないのだろう。
現代においては、そういう仕事でもない限りヒロイックな行いなどしようとはまず想わない。
一般人から湧いて出たヒーローなど何かしら異常な精神性を抱えた存在なのだ。
そう思っても素直に善意を受け取れば良いじゃん、とは真白の弁だが。
それもまた確かに一理あるだろう。
しかしそんな理屈で感じた恐怖を流せるほど人は強くできていないのだ。
それもまた人らしい在り方だろう。
……なんて話はさておいて、彼らが恐怖を感じている中でも会議は進む。
舎弟達との間で、雀荘についての情報をまずまとめているのだ。
「誰かあそこの情報持ってる?」
「はい! アタイ知ってる! あそこの一人娘が同じ学年なんだけど、雀荘の二階が家だからタバコ臭いって愚痴ってた!」
手を挙げる玉兎、どうやら娘の顔写真も持っているようで、有栖達に見せながら名前などを説明する。
娘……彼女に罪はないが、彼女自身を利用せずともその名と姿を知っていること、また写真を利用することもできるだろう。
ちょうど玉兎の見せてくれた写真は、撮影対象の後ろを通っていてまるで横から盗撮したかのようになっている。
これを印刷すれば、面白いことができるかもしれない。
雀荘の営業時間は夕方から夜にかけてだ、朝から昼までは準備時間となる。
もし勝負をかけるならその時間だろう。
有栖は拳を手の平に叩きつけると、ゆっくりと顔を上げた。
そして作戦内容の説明を開始する。
その姿を、玉兎はうっとりと見つめていた。
そんな彼女を見つめ、隣に座っている仲間の一人が首をかしげているようだ。
「……玉兎さん、姉御が好きなんすか?」
「ん? ふふ……好きではあるけど、ただの好きじゃないかな」
そういえば、今声をかけた子は新入りだったな。
などと思い返し玉兎は目を細める。
自分の過去を少し話してあげるのもいいかもしれない。
「私はね……彼女に初めて救われ、その力に魅入られたんだよ」
「初めて?」
「人生最初に述べられた救いの手って意味でもあるし、同時に……姉御にとっての初めてでもあるんだ」
全てのきっかけは、有栖と真白が立ち上がってすぐのこと。
その時、玉兎は学友の男と付き合っていた。
当時彼女は、おどおどした大人しい性格で、無理矢理交際を迫る男に強く出られず……ズブズブと関係を続けていたのだ。
そんな彼女のことを、男は都合の良い金づるとしか考えておらず、暴力によって従え金を搾り取っていた。
自殺すら当時は考えていた、そんな暗い日々……。
だが……ある日、暗黒の時間は終わりを告げた。
有栖という太陽が全ての暗雲を取り払ったのだ。
「お願い、これは私の大事なお給金で……」
「良いから金を出せってんだろ!」
「ひ……!」
「そこまでだ!」
拳を振り上げる男、そんな男と玉兎の間に有栖は無理矢理割って入り、その顔面で拳を受け止めた。
そして怯むことなく男を睨むと……自分より背が高く年も上である男に臆することなく、力強いアッパーカットでたたき伏せたのだ。
曰く、彼女は悩みがないか聞いて回っていた際、玉兎の友人に「最近、変な男に路地裏へ連れ込まれている」「メイクで隠しているけれど、顔に青あざができていた」という話を聞いたらしい。
怖くて手出しができないという彼女達に変わり、様子を見ることを引き受けて二人をつけ回し……そして窮地を救ったのだ。
「っでえ……! て、てめえ……! 舐めんなよ! クソジャリが!」
「っ……!」
「きゃあ……!? ナイフ……!?」
腕を切られ、有栖は痛みに顔をしかめる。
だが……心を落ち着けるように息を吐くと、男をしっかりと見つめた。
その強い視線に男は少し気圧されてしまう。
「……世の中には、筋ってモンがある」
「……!?」
「さっきの一撃は、彼女の分だ……勿論それだけじゃ足りねえがな……そして、ここからは……」
静かに語り、有栖は足に力を込める。
一瞬の跳躍……共に放たれた拳が男の腕に放たれた。
力強く勢いのある一撃に、腕が挫傷を起こし痺れ出す。
その痛みにナイフを落とした瞬間、有栖は取れないようナイフを蹴り飛ばし、そのまま振り上げた足のかかとで痛みにうずくまる男の肩を蹴り砕いた。
「あたしの分だっ!」
「ーーーーっ!!!!」
声にならない叫びを上げ、もだえ苦しみながら這って逃げる男。
彼を有栖は追おうとするが……しかしその瞬間、玉兎が有栖にしがみついた。
限界に達した緊張が、混乱を生んだのだ。
「あ、ありがとうございます……! すいません、腕……! 古傷になってしまうかも……!」
「あ、ああ……気にすんなよ、それよりもアイツを追わないと……!」
「このお詫びは、ええと……どうしよう……!」
「ちょっと! 聞いてるか!?」
本当は今すぐにでも後を追いたい、だが混乱する彼女をこんな路地裏に一人置くなどできないだろう。
仕方がないので、有栖は彼女を連れて路地裏を出ることにした。
逃げた男は挟撃のため反対側に待機している真白が何とかしてくれるだろう。
そう考えながら、ゆっくりと玉兎をなだめながら入り口へ向かうのだった。
さて……こんな劇的な出会いを経て、人生観が変わらない人間はそういない。
玉兎もまた常人であるが故に、自分に大きな変化を与えた存在に大きく心動かされたのだ。
(……私は、変わらないといけない……私のせいであの人は腕に傷を負った、私よりも幼い下級生の柔肌に……)
頬を叩き、玉兎は自分に気合いを注入する。
変わるのだ、変わらなくてはならぬのだ。
自分への檄を飛ばし、彼女は決意を強くした。
まずは形から入ろう、言葉、見た目……そういう物を強くし、そして彼女に弟子入りするのだ。
そう誓い、彼女は見た目から整え……そして有栖にアプローチしたという。
「どうか、アタイを弟子にしてください! ってね……」
「なるほど、じゃあ玉兎さんは羅美吊兎叛徒でも最初の舎弟なんですね」
「そういう事、副長は真白さんだけど……アタイは言うなれば……若頭ってとこかな」
恩義を胸に、熱を込めた視線で有栖を見る玉兎。
ただ……彼女の中には恩義と同じく、もう一つの感情があった。
それは……強い好奇心だ。
有栖の強さを見ているうちに、玉兎はその強さに魅入られ……彼女の行く末に興味を持つようになっていった。
例えば彼女がこのまま順当に力を増し……最強の力を手に入れたその時。
彼女はどこへ向かい、誰と戦うのか……。
それを見てみたい。
彼女は果たして、世界を変えるほど大きな存在になるのか。
それとも……ただの不良で終わるのか……非常に興味がある。
(……あの日、姉御の拳は蒼い光を纏って見えた、美しい……でもどこか悲しげな光、その源流は何なんだ? 彼女もきっと気付いていない、あの力の正体は? ああ、蒼き光の戦士よ……その行く末を見届けたい……)
好奇心に舌舐めずりをする玉兎。
彼女は、いつかこの好奇心の答えを目にする日を楽しみにしていた。
……そんな日など、終ぞ来るはずもないとも知らずに。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!