何の因果か異世界転移! スケバン令嬢の筋通し

The Sukeban Lady Adventure
光陽亭 暁ユウ
光陽亭 暁ユウ

第十筋 何の因果かポリのお世話、異世界でもパクられる女!

公開日時: 2020年10月11日(日) 21:03
更新日時: 2021年1月12日(火) 09:22
文字数:3,609

 潮風と海鳥亭、そこは名前の通り海産物をメインとした料理を出す料亭だ。

 レプレ領から少し西へ向かうと、そこには大きな海がある。

 大海を通っていけばその先はモストロ領……。

 その為遠出をしての漁は行っていないが、幸い近海であろうとも豊かな海産物が獲れるため漁業には困っていないのだ。

 比較的穏やかな気候を持つ海で有り、荒れることはそうそう無いのも大きいだろう。

 水揚げされた海産物は主にレプレ領で販売され、食卓や店に回る。

 だが一つ問題があるとすれば……やはり冷戦中の領地と隣接する海だ、決死の覚悟で漁に行くことになるだけあり、漁師は年々少なくなっていく。

 となれば水揚げの量も減り、更に値は上がり……そんな事情もあって海鮮系の料理を扱う店は年々減少傾向を見せていた。

 そんな世情の中で未だに海産物を料理に使用している店、それが潮風と海鳥亭ということになる。


「営業していらっしゃるのは、デネボラ様の古いご友人でして……信頼が出来る方だと思いますけど」

「本当にそうなのかは、行ってみて確かめましょう」


 朧に導かれるように、一同は料亭へ進んでいく。

 見えてきたその店はどう見てもごく普通……。

 多くの客が並ぶ、小さな店だ。


「うひゃあ、すっげえ並んでますのね……」

「このご時世に値上げすらしてないですからね、皆海産物を食べたいときはここに来るんですよ」


 海産物は値上げをする一方だというのに、店は値上げをしない……。

 そんな営業スタイルを維持するのはきっとかなりの苦労があるのだろう。

 そう考える有栖達……その目の前で、朧が客を押しのける。

 大分苛立っている様子だ。


「おいおい、マナーわりいぞ!?」

「今はそんなこと言ってる場合じゃ有りません、感じないんですか……このゲス野郎の臭いを!」


 怒鳴る朧に萎縮するオノス。

 シャハルもまた気迫に圧されているようだ。

 一方、喧嘩慣れしている有栖と真白は気圧されずに近付いていく。

 この辺りは経験の差が出た形だろう。


「ちょっとちょっと……こんな事して良いと思ってやがんですの?」

「これはあなたの大好きな筋とけじめのために必要なことなんですよ、黙って見ててください」

「は? 筋とけじめ……? それって?」


 問いかける真白……そこへ、店のスタッフと思しき男が入ってくる。

 店長と思しき人物も一緒だ。

 種族は共に人間……穏やかな中年の男性と大人しそうな青年で、とてもではないが朧の言うゲス野郎には思えない。

 だが……朧は彼らを力強く睨んだ。


「これは何の騒ぎですか?」

「……同胞がお世話になりましたね、店長殿」

「は……同胞? 何を?」


 戸惑う店長、恐らく同胞というのは盗賊のアジトで保護した狼獣人の女性なのだろう。

 それを知っている有栖と真白は、この料亭が何を隠しているのか大体察してきた。

 だが店長達はキョトンとした顔をしている。

 そんな中……朧はシャハルに問いかけた。


「この街に住んで長い貴女ならご存知有りませんか、この料亭のスタッフと客が数ヶ月前に行方不明となった事件を」

「ええ、それは知っていますけど……もう片方はここの客だったんですか?」

「ええ、流浪の治癒術士の女性……彼女が世間話の最中にその情報を口にしたとき、きっと朗報だと思ったでしょうね?」


 朧の言うとおり、この街では数ヶ月前に二人の行方不明者が出ている。

 一人は潮風と海鳥亭の従業員であった狼獣人の女性……住み込みで働いていた、元は店長に拾われた孤児の女性だ。

 そしてもう一人はこの街へプシュケーから旅に来ていた治癒術士の女性。

 同時期に起きた行方不明事件ゆえ、関連性が疑われるも手がかりは得られず迷宮入りと化した事件……。

 勿論潮風と海鳥亭だって厳重な調査がされた、しかし何一つ不正の証拠など出なかったのだ。

 鑑定魔法の一つに、その物品の名……つまり肉であれば元が何の肉であったかを確かめるものがある。

 それを使い肉の詳細を確認するも肉は全て動物のもの、人肉や獣人の肉は使用されていなかったのだ。


「我が店に人肉を使用しているなどと言う事実はございません……風評被害を店頭で流されるならば、衛兵に来て頂きますが」

「それはそうでしょう、あなた達がやったのは人肉食じゃない、あなた達は人身売買で金を得たんだ! 皆さん、この店は人身売買で営業資金を得ています! 食べちゃいけない!」

「な、アンタは何を言ってるんだ! 本当に衛兵を呼ぶぞ!?」

「しらばっくれても遅い! お前達は狼獣人と治癒術士を盗賊に売ったんだ! 無限に毛皮を生成する機関として、そして密輸組織に毛皮を売った事で得た金銭を山分けする契約を交わした!」


 朧の言葉に周囲一帯ざわめきが起きる。

 シャハルは状況に追いつけない様子で、オノスは「え、あの盗賊団って密輸組織と繋がってたのかよ」と囮にしようとした者達の繋がりに戸惑い、真白は「だから金品が少なかったのか」と納得して頷く。

 そんな中、有栖は大慌てで朧の腕を掴んだ。

 そして引き寄せながら耳打ちをする。


「ちょっ、ちょちょちょ、待てや! アタイらは分かってるけどよ、証拠は出せんのかよ! しらばっくれられたら終わんぞ……ますわよ!?」

「いや、そこまでいったらもう取り繕っても意味ねえだろ」

「やかましい! で、有りますの証拠!」


 うろたえながら問いかける有栖。

 そんな彼女へ朧は静かに頷く。

 そして……怒り顔の店長を指さした。


「背中です、盗賊は協力の証しとして……そして裏切られた際の協力材料として自分達と同じ入れ墨を背中に彫るよう命じました、服を脱げば背中に鷹の入れ墨がありますよ、勿論二人とも……誘拐なんて一人で出来るわけありませんもんね」

「う、うう……それは、その、店長!」

「うるさい、私に振るな!」

「……何もないなら脱げば良いよな、なんで脱がないんだ……?」


 オノスの問いかけにざわめく客。

 その視線に耐えきれず店長と店員は汗を流す。

 そんな中、朧は息を吐いた。

 彼らの哀れさに耐えきれなくなったのかもしれない。


「今なら間に合いますよ、大人しく背中を晒して衛兵に出頭すれば罪は少し軽くなる、でも……ここで抵抗すれば罪が重くなるんです」

「ぐ、ぐう……!!!」


 歯ぎしりをする店長。

 最早彼に残された道は、抵抗するか逃げるか素直に出頭するかだ。

 それを実感するも、やはり今の立場に未練があるのか服を脱げない店長。

 そんな中……声が響いた。


「もういいです!」

「……その声は!」


 声の主は、黒い毛並みを持つ狼獣人の女性……。

 どうやら、声からして治癒術で毛皮が元に戻った店員の女性のようだ。

 彼女はじっと、店長を見つめている。

 そんな彼女を店長もにらみ返した。


「そうか、お前か……お前が全部ばらしたのか! 入れ墨も、人身売買も!」

「ええ、全部明かしました……最後の客だった治癒術士の彼女を、私共々盗賊に売ったこと……当然ですよね」

「何故だ、育ててやった恩も忘れて! 何故!?」


 軽蔑の目を向ける女性。

 そんな彼女に店長ががなり立てる。

 その厚顔無恥な振る舞いを目にした瞬間……有栖は体が熱くなるのを感じた。

 許されない発言をした、そう感じたのだ。

 育ててやった恩……それを盾にし、振りかざす。

 そして理不尽を強いるなど、到底許せるものではない。

 立派な父親を持つからこそ、羅美吊兎叛徒の仲間達が理不尽な親に苦しむのを見ていたからこそ。

 そして……母親“の一人”との理不尽な思い出がよぎるからこそ……許せなかった。

 許せない、そうだ許せないのだ。

 そう実感した瞬間手に痛みが走る。

 気付けば有栖は店長の胸ぐらを掴み、その顔面を殴っていた。


「テメエ! 本気で言ってんのかこらあああぁぁぁっ!!!」

「やべっ……! 有栖ちゃん落ち着いて!」

「親が、義理とはいえ親がテメェのガキを! 私利私欲のために! ざけんな! 死に腐れボケナスが! 死ね!!!!」


 叫び、何度も何度も顔面を殴りつける。

 相手の顔が変形しても、歯が抜けても、手から血が出ても、何度も何度も何度も。

 その顔は純粋な怒りというよりも、心の中の触れてはいけない何かを踏みにじられた……そんな色が浮かんでいた。


「衛兵隊、到着し……!? 君は昨日の盗賊団を壊滅させた子か!? 何をしているんだ、やめなさい!」

「放せ、このクズ野郎を! このクズ野郎を! もっと殴らせろ! 放せ!!!! クソが! 地獄に落ちろ、ゴミが!!!」


 叫びながら尚も店長を殴ろうとする有栖。

 そんな彼女を衛兵隊が連行していく。

 それを見ながら、真白は大きなため息をついた。


「あーあー、異世界でまでパクられちゃった……まーた前科持ちになっちゃったよ……もう、もっとクレバーに生きなって……」


 呟く真白の傍らで、オノスとシャハルは激しい怒りに怯えながら顔を見合わせる。

 一方、衛兵隊の残りには朧と店員の女性が詳しい事情を説明しているらしい。

 その声を聞きながら、自分達はもう終わりだと自覚する店長と店員。

 そんな中……有栖の怒号はずっと響き続けていた。

 店長を殺すことを諦めきれないといった風に、ずっと……。

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